2.16 教皇講話
「この度は私事により、皆様を驚かせてしまったことを心からお詫びさせていただきます。――そしてこの場をもって今回の出来事について説明させていただければと思います」
クロノス教の教皇であるエステルは、教会に内包された大講堂で、リベラルに住む住民へ向けた集会を開いていた。
これは昨日、結弦が山で作った巨大なステップの坂道が思った以上に噂となってしまい、住民たちが混乱してしまったからである。
「まぁ、いきなり空を走っている集団が湧いたら騒ぎになってもおかしくないか……」
「普通、真っ先に思い浮かぶと思いますけど……」
アリスが横で呆れている。
「今までの珍騒動に比べたらこの程度、騒ぐほどでも無いと思うんだけどな」
「まぁ民草なぞ些細なことで一喜一憂する生き物なのじゃ。気にするだけ無駄なのじゃ」
エステルの話に飽きたのか、白音も会話に参加する。――そういうものなのかね~
結弦は必死に説明をしているエステルを眺めながら、皆と下山した後のことを回想する。
♢
結弦たちは捕えた山賊を引き連れて下山すると、ファルネス率いる衛兵たちは揃って腰を抜かしていた。
「なんだこれは?」
「いえ、私たちはご主人様の規格外さに慣れていますが、一般の人には刺激が強いので……」
「ユヅル殿、文鳥からの伝書を受け取り、ここまで駆け付けて来たのですがこれは一体?」
騒ぎの中にいたファルネスが結弦の元へ寄ってくる。
「あぁ、賊の数が思ったより多かったからここまで転がしてきたんだが……不味かったか?」
「何といいますか何から正すべきか迷いますが……少なくとも『不味い』です。特に皆さんが空から駆け下りた所をここにいる多数の衛兵に見られた点が致命的かと。――恐らく街の方でも『天を渡る者』が現れたと大騒ぎになっているかと思われます」
『天を渡る者』か……いかにも教会じみた呼称だ。う~ん、これはちょっと困ったことになるかもしれない。
これまでに起きた非常識な出来事が俺の感覚を少しずつおかしくしているのだろうか?
「まぁ、なんとかなるか」
「そうだといいのですが……」
隣を歩くアリスがため息を吐く。
毎度のことながらアリスには苦労をかけていそうで申し訳なく思う。
「よいではないか。ぬしさまと童の大活躍、民草の者共に知らしめようぞ?」
一方、チョロく能天気な白音は結弦の悩みなどお構い無しに浮かれている。
「お前はお気楽でいいな……」
「なんじゃ、ぬしさまは目立ちたくないのかや? 有名人になれば肉や魚、童の好物の水菓子が食べ放題かも知れぬぞ?」
「にく食べ放題……じゅるるぅ~」
「うぬ♪」
さらに『肉』の単語に反応したレンが輪に加わる。
あとアリスとスーも食べ物の話題を察知したのか、目が輝きだす。
「それ以上に厄介事に巻き込まれるんだが……お前たちに言っても無駄か……」
「はっはっは。ユヅル殿たちは山賊を捕らえた偉業よりも食べ放題の方が大事と……深く考えすぎている私たちが馬鹿みたいですな。――お任せください、今晩は腕によりを掛けた食事を提供させていただきます」
事後処理について考えるのが馬鹿らしくなったのかファルネスも会話に加わる。
「かっかっか、言ってみるものじゃな」
「にくーにくーにくーなのー!」
「私たちはあまり働いていないのですがよろしいのでしょうか?」
「それこそ我もアリス嬢も『御一行様』なのだから問題なかろう。――うむうむ、教会から供される馳走は随分と久しい」
ファルネスの発言に四者四様の感想が出る。何と言うか頭が痛くなる一方なので止めて欲しい。
「お恥ずかしいところを……」
「いえいえ、私も少し考えすぎていたので彼らの存在はありがたいものです」
ファルネスはこう言うが、街へ帰った時はこいつらの分も含めて少し覚悟する必要がありそうだ。
♢
そして街に戻ると、結弦は自分の覚悟が足りなかったことを思い知る。
街の外門付近、混乱状態に陥った住人たちが荷車を引いて街から出ようとしているのを警備に残った衛兵たちが必死押し戻していた。
「うわぁ~ こりゃ想像以上だ」
「やはりこうなってしまいましたか。――ユヅル殿、帰って早々大変申し訳無いのですが、住民たちを落ち着けるのを手伝ってもらえませんか?」
「まぁやるしかないだろう。――ほら四人共、そろそろ食い物の話から離れて目の前の仕事を片付けるぞ!」
結弦たちは混迷を極めている住人たちへの対処に当たる。
そして、教皇より集会の通知があったのは結弦たちが街に着いてから実に二時間も後のことであった。
当然それまでの間、肉体労働に従事していた結弦たは心身ともに疲労困憊となっており、エステルに軽く事情を説明した後は何も考えずに宿のベッドへ直行した。
♢
そして現在に至る。
「何だかんだ昨日はクタクタになるまで拘束されて散々な一日だった……」
「そうなのじゃ! せっかく豪勢な晩餐が供されると思って楽しみにしておったのに、ぬしさまは疲れて速攻寝てしまうし、教会の者共も対応に追われてるとやらで誰も童のご飯を寄こしてくれなんだ」
「そうなの~ にく抜きだったの!」
どうやら中々にご立腹らしい。
「お前らの食い気は底を知らないな。――ただまぁ……すまなかった。今日は埋め合わせも兼ねて旨い物を食いに行こう」
「当然なのじゃ♪(にく~!)」
「ゴホンッ! 話がまとまったのなら三人共、エステル様が頑張って話されている最中ですので聞いてあげましょうね?」
「あぁ……すまん」
頃合いを見計らったアリスが笑顔で注意する。
「……以上の経緯より今回は知り合いの冒険者たちに山賊の討伐を行ってもらいました。」
ちょうど向こうも佳境に入ったようで、事の顛末とやらは粗方説明したようだ。
「どうやら集会ももう少しで終わりそうだな」
「そうじゃな。これでようやく馳走を食しに行けるのじゃ」
――ドゴォーン!!
白音が伸びをしつつ軽口にそう言うと、それが呼び水となってしまったのか、講堂の入り口から大きな爆発音がする。
「そうはいかないぜ! あの程度の拘束で俺たちを捕らえられると思ったら大間違いだ!」
爆発のした方を見ると、昨日白音にボコボコにされた山賊たちが武装した状態で押し寄せていた。
彼らは手当たり次第に住民たちへ襲い掛かり、講堂は一瞬で悲鳴と喧騒が支配する戦場に様変わりする。
そして『また童の馳走を掻っ攫いに来たのか!』と叫ぶ白音が我先に賊の元へ飛びかかっていくのであった。




