2.9 宵の明星:魔王『白音』
宵の明星の奥深く、ドクロの印が刻まれた部屋で魔王『白音』との戦闘が始まった。
「アリス、レン、見ての通りこの世界の珍生物『魔王』さまだ。どのくらい強いのか知らないが、危ないから下がってろ」
「わかりました。ご武運を」
「ご主人様? 大丈夫なの? 多分ご主人様より強いの……そいつ」
アリスが首肯し、レンが心配そうな眼差しを向ける。――ちょうどゴブリン大将の時とは正反対な反応に結弦は一瞬驚いたが、すぐに目で制し二人を下がらせた。
それにしても『ご主人様より強いの』か。レベル的には俺の方が全然上だが、レンの直感は蔑ろにするべきではないだろう。――どうしたものか。
「作戦会議は終わったかや? 童を起こした事を反省してないばかりか珍生物呼ばわり……ぬしはよっぽど苛められたいと見える」
「すまんな。生憎とマゾの気質は持ち合わせていないから無抵抗でやられるつもりはないぞ?」
「かっかっか。弱い物ほどよく吠えるとはこのことよ。――さて、程よく体も暖まってきたしそろそろ始めようかのぅ」
白音は結弦と会話をしている間も、尻尾に青白く燃える炎を灯しており、着々と攻撃の準備を整えていた。
「揺らぎ揺らぎと廻り咲け、燃えよ『鬼火』」
白音は力ある詞を唱え、尻尾に灯った鬼火を一斉に発射する。
「どう見ても普通の火じゃないよな、ソレ。……っと!」
「その通りなのじゃ。これは一生消えない火傷を負わす呪われし炎。くれぐれも気を付けるんじゃな」
「たかだか人間如きにまた随分とご大層な。……それっ!」
「うぬぅ~ 口数が減らぬのぅ。――まぁ本物の童を見失っているようじゃまだまだ若造なのじゃ♪」
鬼火を避けるのに必死だった結弦は白音の言葉に我を取り戻す。すると今まで無造作に攻撃してきた鬼火が次々と白音と瓜二つに変化していき、気づけば本体を含めた十人の白音に囲まれていた。
「おいおい、ちょっとそれは反則じゃないか?」
「そうかのぅ? 童は『珍生物』らしいからこのぐらい普通じゃろ?」
「根に持ってやがる」
白音の攻撃は苛烈さを極めていた。
魔王と言うだけあって、やること成すこと全てがイカれている。
「う~む、このままやってもいつかは攻撃を受けそうだし、そろそろ手を貸して欲しいところなんだが……そこんとこどうよ? 過保護な女神様?」
結弦は腰元に下げている懐中時計へと話しかける。――すると眼前の景色は停止し、いつもの過保護な女神様が話しかけてきた。
『そろそろ天罰でも与えないと分からないのかしら? ――神使いが荒すぎるのよあなたは』
『そう言ってもなんだかんだと力を貸してくれるのが慈悲深いフィリア様だからな。――それよりアレ、お前が前に言っていた魔王だろ?』
『えぇ、それもかなり懐かしい顔ね。昔はよく私を慕っていたのだけど、反抗期に突入してから悪さばっかりするようになって、私の言う事も聞かなくなってしまったわ。――まさかジークと同じ場所に居たとはね』
『ジークか……それについては後でたっぷり話を聞かせてくれるんだろうな?』
『仕方ないわね。でも、今はあの子をなんとかしなさい。――結弦、神剣は使える?』
『当然だ。――前と違ってある程度訓練したからな……今回は情けないところは見せないぜ』
『あら頼もしいこと……じゃあもう少し力を上乗せしておくから、あの子の前に私の力でやられないでね』
フィリアは怪しげに微笑んだ後、気配を絶つ。
そして現実世界に意識を戻した結弦は右手に馴染み深い神剣《クロノワールド+45(フィリア)》を握っていた。
確かに前より強化値が上がっているな。何か追加効果でもあればいいんだが……
結弦が神剣を手にしたのを見ると、白音は狼狽し、動きが止まった。
「ほぉ……おぬし、クロノスの使徒か。忌々しい」
「そんな嫌そうな顔をしなくてもいいだろう。――慕っていたんだろう?」
「おぬし!? 何を聞いた?」
「たいした事はなにも……でもこの感じ、今でも慕っていそうだな、フィリア姉さま~って」
「ぬしよ……言ってはならぬことを言ったな? 童の名誉の為にもここからは返さぬぞ!! ――宵の狭間に生まれし闇『蜃気楼』」
一気に殺気が増した白音は新たな言霊を紡ぎ、部屋一面を白い霧で満たす。
そして霧が晴れるとそこには三桁は下らない数の白音が現れた。
「おいおい、マジかよ」
「これが童の真の姿ぞよ。――童を愚弄したことを後悔するがいい!」
本気を出した白音が一斉に攻撃を仕掛けてくる。
結弦は即座に神剣で空間転移をし、隙を伺い分身の一体に斬りかかる。
その時、結弦の脳裏に重度の倦怠感が生じた。
「うぐっ……なるほどこれが新しい力ってやつか。ようやく転移を易々と出来るようになったのに……うちの女神様ときたらスパルタ教育がお好きなようで」
神剣によって描かれた剣の軌跡は禍々しい黒い渦のような形で宙に残り、微かに触れた白音の分身は瞬く間に渦へ呑み込まれてしまった。
「空間裁断か。久々に見たが相変わらず凶悪な技じゃのぅ」
「知っているのか?」
「当然じゃ。っというよりおぬしは知らずに使っていたのかや? その黒い渦に触れたが最後、この世界と異なる世界との狭間に全てを吸い込まれる。ぬしも気を付けるんじゃな」
さながらブラックホールといった所か。――自分が吸い込まれるかもしれないとか諸刃の剣にも程があるな。
「一歩間違えたら俺が吸い込まれていたのか。――わざわざ教えてくれるなんて意外と優しいなお前」
「ふん! 童はこの手でぬしを倒したいからのぅ。――勝手に自滅してもらっては困る」
白音は頬をうっすらと赤くする。フィリアが反抗期と言うだけあって、本当は悪い奴では無いのだろう。
その後、若干の休息を挟むものの、白音との戦闘は続く。
そして、三十分が過ぎたあたりでその時は訪れた。
「少し息が上がっておるかのぅ?」
「こちとら一般市民なんでな……この化け物め!?」
「化け物で結構。それ! これはどうじゃ?」
無数に分身する白音へ対処するべく空間裁断を適所で使っていた結弦は、時間の経過と共に精神的な疲労が溜まり、いつしか白音たちが放つ鬼火を躱せなくなっていた。
「やべっ!」
「かっかっか、阿呆の干物の完成なのじゃ♪」
目の前に迫る危機に結弦の身体が追いつけない。――調子に乗り過ぎた。
「クソッ!」
「ご主人様! 伏せてください!」
「なんじゃと!?」
その時、部屋の端にいたはずのアリスが声を張り上げ、辺り一面は爆炎で焼き尽くされた。




