2.3 魔導書
市場や売店での買い出しを終えて宿に戻ってきた結弦たちは、アリスの希望に沿い、買ってきた魔導書を読み解く。
一応最初はレンも読書に付き合うつもりだったようで隣から覗きこんでは見たものの、三分でギブアップ。現在は頭から湯気を出しながらベッドで伸びている。
そんなことはさておき、今は魔導書についてだ。
本のタイトルは『初級空間魔法』と記されており、最初はそれほど難しくないと思っていたのだが、これが存外、本の厚さも中身もしっかりしていて、読むのに一苦労している。
ちなみに、魔導書に収録されている魔法は『ステップ』という何も無い空間に足場を生成するする魔法と周囲の光を屈折させて幻影をつくる『リファクション』の二つだった。――初級でこのような魔法なのだから、空間魔法はサポート系に特化しているのだろう。
その後、アリスと云々と唸りながら三時間ほどを費やし、ステップについて記されている章を読破した。
――読んでみて分かったことだが、この本の構成は初めに起こしたい現象を理詰めで解説していき、理屈を元に事象をイメージさせようとする書き方だった。――感想としては言い回しや表現がいちいち堅苦しかったのと、図表のような補助的要素も少ないと思った。ここまで不親切な著書なら読了者の二割しか魔法が使えないというのも頷ける気がする。
それともう一つ、こちらの方が大きな発見だったのだが、魔法というものはパソコンとかでアプリケーションを動かす時に用いられるプログラムに近い構成をしていることが分かった。――正確にはプログラムを動かす大まかなアルゴリズムを術者がイメージし、細かな構文を呪文によって補完するというのが俺の考える魔法という事象を生み出す仕組みだ。
まぁ一応はそこそこ有名な理工系の大学で学を納めていた身なので、この程度のルーチンなら必要な変数の定義やループする部分の理解はできた。――っというより、一度プログラムだと思ってしまうと魔導書の内容がスラスラ入ってきて後半は読むのが容易かった。
「いやぁ、終わってみてなんだが魔法一つ覚えるのに結構時間を掛けてしまったな」
「え~と、もしかしてご主人様は理解できたのですか?」
「あぁ、大体は理解した。最初は専門用語ばっかりでわけがわからんかったがコツを掴んでさえしまえば『初級』の名に相応しい導入本だったな、という感想しか湧いてこない」
「すごいですね。――私の方は単語を追うのに精一杯でとても理解には至れませんでした」
「う~ん、確かにアリスの年齢的にはまだ早そうな本だったかもな。――俺もまだ実際には使ってないし……よし! 少し実習といくか」
「大丈夫でしょうか?」
「多分大丈夫だろう。小難しい本を読むより体感的に教えた方が上手くいくってこともある。――とりあえず迷惑にならない宿の裏庭へ行こうか」
「はい!」
結弦とアリスは魔法の練習をする為に宿の裏にある小さな空き地へ移動する。
♢
「それじゃ、さっそく使ってみようか。――大気の凝結よ、ここに在れ『ステップ』」
結弦が魔導書に書いてあった呪文を唱えると突如、結弦の周囲にある空気の流れが一点に集中し、視覚的では渦のようにグルグルと回っているソレが目の前に現れた。
「ほぉ、こんなものか。――おっ乗れた乗れた。これは意外と楽しいな」
魔法欄を確認すると、ちゃんと『ステップ+1』の表示が追加されていた。――とりあえず実験の意味も込めて『+10』まで上昇させる。
再度ステップの魔法を詠唱すると先ほどより大きい十メートル四方くらいの渦が結弦の目の前に出現した。――どうやらステップは足場のサイズがレベルに比例して大きくなっていくみたいだ。
何も無い空間に立つのに刺激された結弦は、調子に乗って辺り一帯に大量の足場を作成してピョンピョンと飛び回る。
「ほんとに出来てる……ってご主人様! 呪文は?」
「あっ……そういえば忘れてたわ」
「『忘れてた』って無詠唱をそんな簡単な言葉で片づけないでください。――というより、もしかしなくてもご主人様は無詠唱で魔法が使えるのですか……どこまで才能が溢れているのですか……」
――恐らくだが魔法を織りなすアルゴリズムの組み立てをしっかりイメージ出来ているからだろう。フィリアが言っていた『イメージが大事』というのはこういう事なんだろうな。――プログラムを組む時に必死に考えていたアルゴリズムがこんな所で活きてくるとは思わなかったが、これで魔法習得へのハードルがかなり下がると思えば嬉しい誤算だ。
いつも通りジトっとした目を向けるアリスを横目に結弦は考察する。
「いや、今のところ無詠唱が出来るのはステップだけだ。ファイアボールやファイアショットも上手く理論が組み立てられればイケるだろうが、今は無理だ」
結弦は試しに両呪文を頭の中で詠唱する。――が、火球は現れなかった。
構成の手順が違うのだろう。――まぁステップについてはあれだけ事細かに書いてあったんだ。他の魔法が簡単に出来てしまったらそれはそれで魔導書のありがたみが薄れる。
「うん……できないな。まぁ俺は魔法を主体にしている訳じゃないし、出来なくても別に問題ない。――それよりも次は結弦先生の授業の時間だ。アリスはレンのお姉ちゃんだからな、レンを守ってやれるぐらい多彩な魔法使いになってもらうぞ?」
「うぅ……がんばります!」
実験から授業にシフトチェンジした結弦はアリスにステップのコツを叩き込む。――この魔法、特に空気を渦状に収束させる処理が初心者には難しそうだから、その辺りを重点的に教える必要がある。
教えること二時間余り、なんとかアリスは小さな足場を生成することに成功した。――まぁ成功したと言っても、本人は出来るまで何度も頭の中でイメージをグルグルと練ったせいか、まともに乗ることもできず原っぱで大の字になっているのだが。
「なんとか形にはなったな。――そろそろレンも起きるだろうし、宿に戻ろうか」
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ………はい。――帰ったらご飯ですね……」
そんな夕食に向けて必死に気力を振り絞っているアリスを結弦は後ろ手に背負い、レンが眠る客室へ帰る。




