1.20 神剣《クロノワールド》
『どうやらお困りのようね』
結弦の頭の中に一週間ぶりに聞き慣れた声が響く。
そして、視界に移るすべての事象は極限まで速度を落とした。
『フィリアなのか?』
『そうよ、神使いが荒い男の子に寝ている暇も与えてもられない可哀想な女神様』
『いやぁその……大変申し訳ありません』
『これに懲りたらもう少し慎重に行動することね』
『できることなら……善処する』
『さて、お説教は後に回すとして今はこの状況を何とかしましょうか』
『頼む』
『あらいやだわ。何とかするのは結弦、あなたなのよ? あくまで私は手を貸してあげるだけ』
『そうなのか?』
まぁこんなギリギリになるまで鳴りを潜めていたんだ。そう簡単にはいかないよな。
『えぇ、私はこの世界を守護する立場の人間だから基本的には干渉はできないの。――神界にいる他の神族達がズルいってうるさくてね。ただ、今回は魔将クラスが相手みたいだし送還という大義名分で手助けはしてあげる』
『まぁそれでも助かるよ。恩に着る』
『まだ恩情の投げ売りは早いわ。勝つか負けるかは結局のところあなた次第なのだから』
『あぁ』
『さて、一通り纏まったところで具体的なプランについて話すわ。――と言ってもやる事は一つだけ……結弦、あなたには私の力が乗っている神剣を貸し与えるから、それでそこにいる傲慢な下級魔族をぶった切りなさい!』
わかりやすくてシンプルな作戦だこと……まぁ難しいことをやらされるよりかは何倍もマシか。
『そういうこと。道具欄を見なさい、剣を入れといたから』
そして『頑張ってね』と一言残し、彼女の気配は消え、俺の世界は元の速度に戻った。
◇
現実世界に意識を戻した結弦はフィリアの言う通りに道具欄を確認すると、一つだけ金字で《クロノワールド+25(フィリア)》と銘が打たれた剣があった。
剣は分類するならギリギリ西洋剣として見れそうだが、柄も刀身も黒く時計の長針と短針を組み合わせたかのような不恰好な成りをしており、唾の部分にはいつも腰から下げている懐中時計と思しきレリーフが型どられている。――見ようによっては大きなハサミに見えなくもない。
また、アイテム名を見る限りアリスの《日廻の杖+3(炎珠)》と同様、強化値の後ろに追加情報でフィリアの文字が表示されている。
本人が言っていた通り、『力が乗っている』ということなのだろう。――あと『+25』って強化値の最大記録を更新しているな。てっきり『+10』が最大だと思っていた。
流石はバランスブレイクに定評のあるフィリアさん。――神剣の出来もかなりの物のようだ。
新たな力を手にした結弦は、全速力で筆頭ゴブリンに向けて駆けだす。
当然、ゴブリン大将は行く手を阻んでくるが、ダメージ覚悟で突破を図る。
接敵するゴブリン大将に一太刀浴びせようと剣を振るうと、一瞬だが強い気だるさと共に前方の視界が大きく歪む。
そして、止まることを考えていなかった結弦は体制を崩し、歪んだ世界に飛び込んでしまう。
「ご主人……様?」
躓きつつも体制を立て直した結弦は、先ほど筆頭ゴブリンから強烈な一撃を受けて地面に伏していたアリスの傍にいた。――突然の事態に二人はぽかんとする。
これが神剣の力なのか? 瞬間的に三十メートルは移動したぞ!?
今の現象だけでは判断しづらいが、恐らく空間を切り裂いて自分が思い描いた場所と繋げることが出来るのだろう。――まぁ時空を操るフィリアなら造作も無いことなのだろうが、一般人の俺では感覚がついていけない。――あと、この急に襲ってきた倦怠感は精神的な何かを神剣に吸われている気がする。
それでも現状、最も欲しかった力を手にした結弦は目の前で困惑している筆頭ゴブリンと切り結ぶ。
筆頭ゴブリンの動きはゴブリン大将のそれとは違いどこか機械的だった。それこそNPCとプレイヤーぐらいの違いがある。
レベル差もあり且つ、ゴブリン大将との戦闘で感覚が研ぎ澄まされている俺にとっては敵ではない。
筆頭ゴブリンへ猛烈なラッシュを仕掛け、抵抗する間も与えず討伐する。
光の粒子に還元されていく筆頭ゴブリンを見送り、結弦はもう一つの敵と対峙し直す。
さぁ、これで仕切り直しだ!
「なにをした?」
「ちょっと知り合いに過保護な女神さまがいてな」
「女神か……ワシはその力を使う神を一人だけ知っておる。――お前、クロノスの使徒か?」
どうやら旧知の仲らしい。
「お知り合いで?」
「ワシの一族を魔界に封じた忌まわしき神だ。――ただそうか……今日はワシも中々に楽しませてもらった。だからお荷物をたくさん抱えているお前を見逃してやってもと思ったが、神の使徒相手なら別だ。悪いが地獄に落ちてもらう」
ゴブリン大将の様態が急変する。殺意が爆発的に強くなり、奴自体も禍々しいオーラを纏う。
そして時間経過と共にオーラは収束していき、安定する頃には重厚な鎧と大型の戦斧を手にしていた。
手下がやられて本領発揮とか……どこまで行ってもゲーム臭い設定だな。
変身と一緒に新たに生成した戦斧を振り回し、ゴブリン大将が結弦を襲う。
戦況はたった一つのきっかけで様相を変える。
結弦は先ほどまでとは打って変わり、非常に好戦的なゴブリン大将に避けるしか打つ手が無くなる。
まずいな、レベル差があるから負ける事はないけど、大振りなアイツの攻撃はアリスとレンを巻き込みかねない。
満身創痍な二人の為にもここは早期決戦で片付ける必要がある。俺の身体が耐えられるか怪しいが、なんとか気合で乗り切ってみせなくては!
ゴブリン大将から距離を取り、魔将の後方を強く意識しつつ目の前の虚空を切り裂く。
そして押し寄せてくる気だるさを無視して、歪んだ目の前の空間に剣を突き刺す。
「あの女の力、一度見れば見切れるわい!」
「まじかよ!?」
目論見通りにゴブリン大将の後ろから神剣が襲う。――しかし奴はそれを振り向きもせずに易々と躱した。
歴戦の猛者の前では時空を超えた攻撃も児戯に過ぎないのか……
「こんなものか? 頑丈さだけが売りの置物か……神の使徒のくせに不甲斐ない!」
今度こそ打つ手が無い。
せっかくの特殊能力なのに相手には読まれるし、時間を掛けるほどこちらが不利になっていく。
ってダメだな。今は自分の身体を気にしている場合ではないハズだ。後ろの二人の為にもここはご主人様が体を張って戦う場面だ!
覚悟を固めた結弦はゴブリン大将のいる空間に再び意識を注ぐ。
「また同じ手か……存外つまらん人間だな」
「そう言わないで付き合ってくれ」
先ほどと同様に目の前の空間を切り裂く。――ただし今度は一回ではなく何度もだ。
「うぉぉぉぉ!」
そして開いた空間に斬撃を打ち込む。力を使う度に意識が朦朧としていくが、前とは違い十や二十を超える神出鬼没な攻撃の嵐にゴブリン大将は対処しきれない。
次第にゴブリン大将は傷を負っていき、致命的な一撃に崩れ落ちる。
「あぁ……だりぃ……つらい、この力を使いすぎるとマジでぶっ倒れそうだ」
「グォォォ! クソッ! このワシが神の使徒ごときに負けるだと! くだらん…実にくだらん!!」
「こっちは限界なんでな。とっとやられて魔界でのんびりとした余生を送ってくれ!」
結弦は最期の一撃を打ち込み、魔将を倒す。
『筆頭ゴブリンとゴブリン大将を倒した。』
『経験値と《筆頭の鉢巻》、《ゴブリン大将の勾玉》を獲得した。』
そしてここ一番の危機を乗りきった結弦は、ゴブリン大将が光の粒子に還元されていくのを見ながら意識を手放した。




