1.2 初陣
フィリアが姿を消した後、結弦は疲れを感じながらも周囲を散策した……が、特にこの事態が変わることはなかった。
「参ったな……ちんちくりんは消えちゃったし、現状をどう切り抜けたものか。――まぁ少なくとも、この森から脱出しないといけないことは明確だが」
頭の中では理解できているものの、サバイバル経験が皆無な結弦に冴えた案を思いつくはずも無く、結局は今まで通りに勘を支えに歩き回る。
◇
森を歩くこと一時間。
これまで目立った変化がなかった散策に初めての変化が訪れる。――それはファンタジー世界特有の光景で素人が考えも無しにあちこちと歩き回れば、否応なしに遭遇するアイツだ。
「ま……もの?」
結弦は茂みの向こうに異様な姿をした魔物を発見した。
一言で言い表すならニワトリに近い……が、ニワトリにあんな強靭な四肢はついていないし、そもそも片手に剣を持っている人間以外の生物に心当たりはない。ヤバい奴なのは一目瞭然だ。
こんなんどうすんだよ!
向こうは気づいていないみたいだけど明らかに見つかったら即、『The End』だろ。――ちんちくりんも転生させるならせめて武器の一つくらい用意しといてくれよ……
一人テンパる結弦は滅茶苦茶な境遇に追いやった女神に恨み言をこぼす。
この際、腹いせに懐中時計を魔物に投げつけてやろうか。
結弦が雑に腰の懐中時計を掴みとる。――すると、これが幸いしたのか結弦の視界に大量の四角い枠が浮かびあがる。
「うぉっ! なんだこれ?」
驚いた。――が、よくよく見ると枠の中には文字がびっしりと書かれており、道具や装備、魔法にスキルといったRPGゲームでお馴染みのコマンドがずらっと並んだメニュー画面ということに気づく。
――けど、いくらなんでもこれは多すぎないか?
現れたメニュー画面には自身のステータスや地図のような重要度の高そうなものから、生産、趣味、交流といったお楽しみ要素的なものを含めて、ザッとニ十個以上は表示されている。
「あぁもう見づらい………もう少しまとめておいてくれよ」
と言ったところで視界が整理されるわけもないし、今はいつ魔物がこちらに気づくか分からない状況だ。
結弦は文句を言いつつも手早く重要そうな所から探っていく。
「装備は無し、当然か。道具も……いや、これは結構あるな。――今の俺は手ぶらだが、どこにあるんだ?」
周囲を見回しても道具欄にあるような名前の物は見当たらない。試しに道具欄に表示されているアイテムの中から、試しに武器っぽい物を一つ選んでみる。すると、無駄に装飾が施された一振りの長剣が何もない虚空から現れた。
「うわっ! マジで出てきた。パッと見実践向けじゃないけどニワトリ一匹くらいなら切れるか? ――頼むから雑魚であってくれ!」
意気込んで結弦が剣を握る。すると、何かに引き寄せられるかのように茂みの向こうにいた魔物の視線は結弦へと吸い込まれた。そして本能的に敵と認識したのか、ニワトリは敵意をむき出しにした耳障りな雄叫びをあげる。
――あれ? 武器持たなければ見逃してくれたんじゃね? ......もう遅いけど。
一直線にこちらへ向かってくる魔物に結弦は剣を構えて待ち受ける。
そして、魔物と接敵する直前に横へステップし、敵の背後へと回り込んだ。
「身体が軽い……俺こんなに運動神経良かったか?」
「コケッ!?」
一方魔物は不意に視界から消えた結弦に対応することが出来ず、勢いのまま前のめりにコケていた。
「おっと……これはチャンスってやつだよな? ニワトリのくせして脅かすんじゃねぇ!」
「ゴゲェェェ!」
背後から勢いよく振り下ろした剣は、魔物を二つに引き裂く。
「やった……か?」
お決まりのセリフを口にしても倒れた魔物が起き上がらない。――たぶん倒せたのだろう。
遭遇より三分、人生初の戦闘に半ば放心しながら倒したニワトリを眺めていると、結弦の脳裏にログのようなものが浮かんだ。
『ロースターソルジャーを倒した。』
『経験値と《ニワトリの肉》《錆びた剣》を獲得した。』
「ここら辺もRPGチックなんだな。あと《ニワトリの肉》って書いてあるけど、元魔物だった肉を食べる奴なんているのだろうか?」
そんな若干ズレた事を考えていると、魔物の死体は光の粒となって消えていく。
兎にも角にも、初めての戦闘で無事に生き残れたことに結弦は安堵し、緊張を解く。
落ち着いたところで結弦は、改めて視界の中に現れたメニュー画面を眺める。
すると今使った長剣は《フラガラッハ+10》という名前で装備欄の一枠に収まっていた。
――ん? これゲームに出てくる聖剣と同じ名前のような……ちんちくりんが用意した転生特典だろうか?
本物かわからないし、さっきのニワトリは恐らく雑魚に分類されそうだから切れ味や能力の真偽は検証できそうにない。
その後、改めて道具欄に記載されているアイテムを見直すと、聖槍や名刀といった物の名を連想させる武器やなんだかよく分からない名前のアイテムがいくつかあった。
また、お金はスィードと呼ばれる金貨が十万枚と表示されており、桁だけ見れば潤沢だ。――転生特典さまさまである。
次に魔法欄とスキル欄を確認する……がこちらは空欄だった。――まぁ当然か。
最後にステータス欄を見ると、驚いたことにレベルが『777』と表記されていた。
これがこの世界でどれくらいの強さに当てはまるのかは分からないが、少なくともさっきの魔物一匹でたどり着けるレベルではないとは思う。
この他レベル以外の体力や攻撃力などの細かい項目に関しては、比較する対象がないので考えるだけ無駄なのだが、恐らくレベルに準じたものなんだろう。
「アイツあんな性格なのに意外と過保護だったんだな。――まぁだからと言って、目立って追い剥ぎに会うのも嫌だし、しばらくは大人しくしているに越したことは無いが」
結弦はフィリアから貰ったチート設定は厄介事の種になると踏んで、極力人前には出さないと心に決める。
転生特典で強い武器やアイテムを貰えるのは嬉しいが、人前では中々使えないのがもどかしい。――後、ここまでしてくれるなら前もって説明もしてほしい。
「それこそ欲を言えば普段使い出来る装備も用意しておいて欲しかった。――抜けてるというかちんちくりんらしいというか」
結弦は《フラガラッハ+10》を手放し、魔物が落とした《錆びた剣》に持ち替える。
少し時間が経つと聖剣は光の粒となり、消滅と同時に道具欄へと戻った。――便利だ。
着々とこの世界に順応していく結弦は、当初の目的を思い出し、森を脱出するべく再び歩き出した。