1.16 商工ギルド
「またおいで。――刻の巡りの元また会える日を」
「はい、短い間でしたがお世話になりました。――刻の巡りの元また会える日を」
「おばさまもお元気で! 刻の巡りの元また会える日を」
宿屋『奏玉亭』の女将、マーテルに別れの挨拶をする。
ロクシタンの街に来てから十日が過ぎ、毎日少しずつレベル上げをしてきた結弦たちは、受付嬢が言っていた安全マージンであるレベル『15』を突破した。
そこで昨夜に三人で会議をした結果、ブロンズランクへの昇格依頼に挑戦しようという運びになった。
昇格依頼はこの街から西に十キロの地点にある村で受けられるらしく、名前を『パイルの村』と言う。
村への出発は今日の夕方を予定していて、昼間のうちに必要なものを一通り揃える算段だ。
「まずは移動に必要な馬と馬車を買いましょうか。あとは御者を雇う必要もありますね」
「アリス~お馬さんならレンが面倒を見るのです!」
「レンちゃんは馬を扱えるの?」
「あい、狩りに必要なの。それに食べるものが無い時の食料だから一族の者ならみんなできるのー」
「そうなんだ。でも馬は食べちゃダメですよ?」
「だめ?」
「ダメです。途中で足が無くなると皆で歩いて移動しないといけないもん」
「わかったの~」
「ご主人様、レンちゃんもこう言っていますし、彼女に御者を任せてもいいですか? それと結局のところ行商についてはどうされるおつもりでしょうか?」
「あぁ、任せる。行商についても手間はそこまで掛からないだろうし、やってみようか」
「でしたらまずは商工ギルドの方へ向かいましょう。ギルドで商工登録を済ませれば会員向けの割引特典があるかもしれませんし、もしかしたら馬車を安く手に入れるかもしれません」
「わかった。案内を頼めるか?」
「かしこまりました」
アリスに先導してもらい商工ギルドに向かう。
♢
商工ギルドの中は冒険者ギルドとは違い、落ち着いた雰囲気をしていた。――というよりあまり人がいなかった。
結弦たちはギルドに登録するため受付の元へ進む。
「こんにちは。商工登録をお願いします」
「かしこまりました。それではこちらの書類に必要事項の記入とインテリジェンスカードの提出をお願いいたします」
対応まで冒険者ギルドと同じだった。――まぁやることは同じなんだし変わらないか。
書くこと書いてさっさと提出する。
「はい、確認しました。では初めに商工カードをお渡しいたします。次に商工ギルドの説明をさせていただきます。当ギルドは商人と工芸人の方を支援していく事を目的としています。商人ギルドとは違い工業品の作成や売り買いの支援を行っている点が特徴的です。対して商人ギルドでは個人商店との繋がりが強い為、そちらとの仲介や商店からの情報に強い点が特徴です」
なるほど。本職として商人をやっていくなら大手との繋がりはとても重要だ。だが俺は冒険者をメインでやっていくつもりだから取り扱いの幅が広い商工ギルドなのだろう。――『人』を求めるか『工』を求めるかといった所か。
「続けて当ギルドのシステムについてですが、大きく分けて商業と工業の二つがあります。商業に関しては商人ギルドと同じで商品の「売り」と「買い」の申しつけを行っています。対象は商人だけではなく市民や国なども含まれており売買契約の一パーセントが階級ポイントとして付与されます。こちらは商人としての「格」を表しており、特典等はございませんが個人で取引される際は交渉を有利にする武器となります」
冒険者カードと同様でこっちにも商人としてのランクがあるらしい。
階級は五等から始まって頂点は一等商人だそうだ。
「続いて工業に関しては工業品の作成依頼や講習会などを管理しています。また臨時の働き手募集などもギルドを通して行われる場合があり、運が良ければ名うての職人に師事してもらう機会もあります」
説明を聞く感じだと商人サイドの話は概ね想像通りといったところか。工業に関しても講習会やバイトでメニュー上のまだ開拓されていない『作成』が使えるようになるかもしれない。適度に寄って時間があれば参加してみたい。
「以上で説明は終わりです。何かご質問はありますか?」
「ありがとうございます。自分は行商人として活動するつもりなのですが、馬車を持っていないのです。何か良い物件はありませんか?」
「それでしたらギルドで初心者向けの簡素なものを銀貨五十枚で確保しております。お買いになりますか?」
「お願いします」
アリスの読み通り馬車は確保できそうだ。
「馬につきましては当ギルドの斜向かいに厩舎がありますので気に入った馬をお買いになってください。また、商工カードを提示すれば三割引きになります」
「わかりました。さっそく買い付けてきます」
スィード金貨五枚を払う。
受付の人が馬車を用意してくれている間に結弦たちは紹介してもらった厩舎へ赴く。
「レン、この中で一番良さそうな馬はどれだ?」
「待ってなの~」
やはりこういうのは一番触れている人間が選ぶべきだろう。
「この子が一番肉付き良いいの。仲良くできそうなの~」
「食べちゃダメですよ?」
「がまん…する……の」
本当に大丈夫なのだろうか。とりあえずレンを飢えさせるのは馬が危ない。
厩舎の主人に貰ったばかりの商工カードを見せ、銀貨四十枚のところを二十八枚で馬を購入する。
さっそく馬の手綱を取り、仲良くじゃれ合っているレンに馬の面倒を任せ、結弦は馬車を受け取りに商工ギルドに戻る。
「こちらが初心者用の馬車になります。あちらの馬に繋げればよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします。何から何までありがとうございます」
「いえ、新規参入者を手助けするのもギルドの仕事なので。それと差し支えなければ次に向かう場所を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「えーとここから西に十キロほど進んだところにあるパイルの村です」
「そちらでしたら魚介の需要がありますね。ちょうど山岳鱈の塩漬けが五キロ銀貨四十枚で売りの案件が出ていますがどうされますか?」
「せっかくなので買わせてもらいます」
なんか次から次へと買わされそうだな。流石は商工ギルドの受付嬢といったところか。
まぁ細かい事を考えるのは苦手だし任せてしまおう。
アリスが若干苦い顔をしているのに気づかない結弦は、特に気にすることもなく山岳鱈を購入して馬車に積んでもらう。
♢
用事を済ませ商工ギルドをある程度離れたところでアリスは先ほどの取引内容について口を挟む。
「ご主人様、先ほどの山岳鱈はあまり旨味がないと思われます。元々この街は貿易街としての顔を持っていますので購入した商品は何度か商人の手を渡っていると考えられます。当然原価に比べて、最終的な販売価格に近い状態で置かれているので収益は低くなってしまいます。利益は銀貨八枚あれば良い方でしょう」
「そうだったのか。まぁ今回は色々と融通してもらっているからな……勉強代かな」
「わかりました。ですが、次からは私に一声いただいてもよろしいですか?」
どう見繕っても俺よりアリスの方が商人に向いていそうだ。次からは彼女に頑張ってもらおう。
「あぁ、頼むよ」
馬と馬車を購入した俺らは旅に必要なものとして外套や大き目のテント、布、ロープ等の雑貨に携行食料を追加で購入する。
これで準備は万端かな。――さぁ昇格依頼を受けに行こう。




