1.14 逃亡の奴隷
事件はいつも唐突に起こる。――まぁこの世界に来てからというもの、事件しか起きていない気もするけど。
結弦たちは依頼内容の《ラビットラッドの肉》を集め終え、森林地帯を抜けてロクシタンへ続く街道を歩いていた。
お腹が空いているアリスは、小走りで結弦を急かす。
「あんまり急いでコケるなよ?」
「大丈夫ですよ~ 今日は動いてばっかりでお腹ぺこぺこなんです。なので早くおば様のご飯を食べに行きましょ…きゃっ!?」
アリスは何かに躓いたようで、綺麗にすてーんと転んだ。
「ほら、言わんこっちゃない」
「いたた……誰ですか? こんなところに大きな石を置いたのは!」
「うぅ……に…く…」
よく見るとアリスが躓いたのは大きな石では無く道端に倒れている少女だった。
少女はアリスよりも小さい体躯で、頭から獣耳を生やしており、肩口で切りそろえた亜麻色の髪と紅い瞳が特徴的だった。
どうみても行き倒れているし放っておくわけにはいかないな。――かなり衰弱しているみたいだし、早急になんとかしないと。
「君? 大丈夫?」
「に……く……」
中々に重症なようだ。さっきも肉って言っていたし、お腹が空いているのだろうか。
試しに道具欄からラビットラッドの肉を一つ取り出す。
すると、少女の目が一瞬で獣のように輝いた。
「欲しいのか?」
「あい! にく……!!」
どうやら合っていたらしい。
ファイアショットでサッと焼き上げ、倒れていた少女に渡す。――すると少女は一心不乱にかじりつき、バスケットボール程度あった肉塊はものの五分で少女の胃袋に納まった。
「はぁ~ 満腹満腹なのです。おまえいいやつだ……です」
「それはよかった。元気になってくれたところで君の事を聞かせてもらってもいいかい?」
「あい。なんでも聞いてなの」
「じゃあ初めに名前を教えてくれ。俺は君をなんと呼べばいい?」
「レンはレンなの。誇り高き土狼族の一番槍なの」
「土狼族ですか……」
今まで沈黙を守っていたアリスが口を開く。
「知っているのか?」
「噂程度ですが、隣国のカヌレ王国にそのような部族の名前があったはずです。しかしこの身なりからして、あまり良い待遇を受けていないようですね」
レンの身なりはアリスと初めて出会った時よりもボロボロで、とてもまともな暮らしが出来ているとは思えなかった。
「あい。――レンの一族は数年前に部族間の抗争があって……その影響で一族の大半は離れ離れになってしまったの。そして行く当てが無くなってしまったレンは悪い人に捕まって奴隷になってしまったの……」
レンは奴隷だったのか。――となると主人はどうしたのだろうか?
「逃げてきたの……。日に日に食べ物が無くなって辛かったの」
ふむ、主人から逃げてきたのか。この世界の奴隷の扱いを未だによく分かっていないからレンの境遇が不遇なのかどうか分からない……が聞いてしまった以上、見過ごすわけにもいかないよな。
「レンの主人はどこにいるか分かるかい?」
「連れ戻す……の?」
「レンが嫌がっているなら連れ戻さないよ。でも一度話をしておきたいかな」
「あい。――向こうなの」
そう言ってレンはロクシタンの街がある方角を指差す。
ここら辺で一番近い街はあそこなので当然と言えば当然か。
「――出来ればこのまま案内してもらってもいいか?」
「本当に引き渡さない……?」
不安そうな顔でレンは見つめてくる。
「大丈夫だ。――早く話を済ませて晩飯を食べに行こう」
「にくーなの!」
食べ物が絡んだ途端、元気よく街に走り出す。こういう所はどっかの誰かさんと一緒だ。
物凄い速度で走っていくレンを二人は追いかける。
素直なのは良いんだが俺と一緒にいないと衛兵に捕縛されるということを分かっているのだろうか。
案の定、街の外門のところで衛兵に捕まっていたので、持ち前の愛想笑い? で取り成し、三人揃った所で改めて主人のいる屋敷へと向かう。
♢
「どの顔下げて帰ってきた!」
レンの主人は開口一番にレンに強い叱責を浴びせる。
レンは先ほどまでと打って変わって、借りてきた子犬のように小さくなり、上目遣いで助けを求めてくる。――ちょっとその目は反則かな。
「申し訳無いのですが話が進まないのでその辺で収めていただけませんでしょうか」
「なんだ貴様は?」
「冒険者をやっている結弦と申します。この奴隷が街の外で彷徨いていたのを捕まえてきた次第です」
「また面倒な事を……」
「いえ、そうとも限りません。もしよろしければこの奴隷をいくらで購入したか教えていただけませんか?」
「どういうつもりだ?」
レンの主人が不審な目を結弦に向ける。
これがレンの希望に則しているかは分からないが、少なくともこいつといるよりはマシだろう。
結弦はレンの主人と交渉を始める。
「簡単なお話です。見たところそちらはこの奴隷を持て余しているようにみえましたので、よろしければ私の方で引き取らせていただこうかと」
「ほう。――この奴隷は元々戦闘用に仕入れたやつでな。スィード金貨30枚で買ったのはいいが肉、肉とうるさくて辛抱ならん。引き取ってくれるというならスィード金貨20枚でどうだ?」
「そうですか。それなら喜んで私の方でお預かりさせていただきます。もちろん値段はスィード金貨30枚のままでお支払いいたします」
「交渉成立だ。しかし儂が言うのもなんだが、物好きなやつだな」
「いえいえ、そうとも限りません。今私が所有している奴隷はそこにいるアリス一人だけだったので、戦闘用の奴隷が手に入るというお話は願ったり叶ったりなのです」
「ふん、そんなもんか。くれぐれも食い口には気を付けるんだな」
「はい、肝に銘じておきます」
レンの元主人にスィード金貨三十枚を渡し、レンと契約する。
『交流:《レン》を識別した』
《ステータス》
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名前:レン 10歳♀
レベル:5
ジョブ:奴隷
装備:無し
所持金:無し
スキル:潜伏
加速
威圧
魔法:無し
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《インテリジェンスカード》
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名前:ユヅル 21歳♂
レベル:12
ジョブ:冒険者
装備:水流の剣+4
所持金:スィード金貨8枚
銀貨21枚
銅貨2枚
所有:アリス(奴隷)、レン(奴隷)
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そういえばまだレンのステータスは見ていなかったな。ほぉ、見慣れないスキルがある……『潜伏』や『加速』は戦闘時にかなり使えそうだ。――『威圧』は幼い彼女には難しいような気もするが。
一通りの手続きを終えた結弦たちは屋敷を後にする。
♢
「これで、レンは晴れて俺の所有となった。――っとそうだ、休む暇なくここまで来ちゃったからまだ俺の紹介をしていなかったな……俺は結弦という。そこのアリスと一緒に冒険稼業をやっている駆け出しだ。前の主人がどの程度の扱いをしていたのか知らんが俺の所にいる間は食べ物のに困る事はないから安心しろ」
「アリスです。昨日ご主人様に契約していただいた新米奴隷です。ご主人様は素晴らしいお方なので精一杯、お勤めいたしましょう」
「あいなの~ よろしくなのご主人様!」
これで二人目か。またちびっ子だけど今度は野性味が溢れているので、外見だけではなく中身も子供といった感じだ。――アリスみたいにドキッとさせられることも無いのでそこら辺は安心できそうだ。
「さて、二人ともお腹が空いているだろうから依頼の報告は明日でいいとして、ご飯の前にその格好をなんとかしないといけないか。アリス、昨日の服屋に行こうか」
「はい。レンちゃんの服選びは私にお任せください」
「に~く~」
「あと少しの辛抱だ」
「うぅ……」
「レンちゃん、行きますよ~ いい子にしていたらご主人様が美味しい物を食べさせてくれますから」
「わかったの~ にくなの~」
妹分が出来たからかアリスが張り切ってくれている。――そしてレン、いい加減肉から離れないか。
♢
同じ店に二日連続で、それも新しい少女を連れてきている結弦を服屋の店員さんは訝しげに見てくる。
昨日より幼いし、変な性癖だと誤解されそうだ。――次は他の店にしないといけないかもしれない。
「昨日のアリスと同様に服を上下で三セット、靴を二足見繕ってほしい」
「かしこまりました。では仕立てて参りますのでお待ちください」
昨日以上に無理のある営業スマイルを浮かべる店員にアリスとレンを預け、結弦は店を出る。――アリスの時も結構待たされたので、今回は時間を有効活用してレンの私物を用意する。
それとどうせ終わる頃にはレンが『肉』『肉』と大合唱をするのが容易に想像できるから、人数分の串焼きを追加で買っておく。
♢
買い物を終えて服屋に戻るとちょうど二階から衣装を一新したレンがアリス達と一緒に降りてきた。
レンは動きやすそうな半袖のシャツにハーフパンツと印象通りの様相にチェンジされていた。他の服も彼女の性格に沿って動きやすそうなものだった。――本人も気に入っているみたいでなによりだ。
会計を済ませて三人で外に出ると、予想通りの肉コールが始まったので予め用意しておいた串焼きを渡す。花より団子なレンは脇見もせずに食らいつく。
ホント見ていてほっこりするな。将来は確実にウチのマスコット的ポジションになるだろう。
レンの身なりを整えた結弦たちは、串焼きを頬張りつつ『奏玉亭』に向かった。




