♡03話 友人三人は敵でした
「後継者争いも決着がついた、俺の元へこい。おまえのために後宮はあけてある」
黒髪の青年が、青年の頬を撫でて言います。さりげなくお尻も撫でた気がします。
「ファルシャード、何を言ってるんです。クリスはわたしの国に、皇太子妃として迎え入れます。クリスのために勝ち取ってきた座です」
白金髪の青年が黒髪の青年を押し退けて、銀髪の青年を抱き締めます。抱き締める手が下すぎる気がします。
「ハハ、ファルシャードもルキアノスもやめてくれよ。クリスは私のものだよ? 王太子妃にするつもりだ。そのために国に帰って、邪魔なやつらを排除してきたんだからね」
白金髪の青年を引き剥がして、今度は金髪の青年が抱きつきます。こいつの手もあやしい動きをしていると思います。
目を細めてその様子を見ました。分かりました。こいつらは敵です。夫のお尻を狙う敵です。
「やめてくださる? そのお尻はわたくしのものですわ!」
ロン毛三人衆に向かって、叫びました。
前にプロポーズされた時には、いらないと言った青年のお尻の所有権を声高に主張しました。
叫んだ後、ハッとします。言いたかったことは、妻は自分だということでした。慌てていい直します。
「夫のお尻は妻のものですわ!」
キッパリと言い切った後、やっぱり何か違う気がしました。お尻ではなく、妻としての立場を強調したかったはずです。
「ミユア」
三人の青年に順番に抱きつかれて、困った顔をしていた銀髪の青年が、こちらを向いて笑顔を見せます。三人衆の目も、こちらを向きました。ようやっと存在を認識されたようです。
「えーと、わたしは結婚したんだ。みんなそれを知って、来てくれたんだよね? 変な冗談は、何か意味があるのかな」
こちらを見て緩んだ金髪の青年の腕から抜け出すと、そう言いながら、銀髪の青年が来て、脇に立ちます。
「わたしの妻だ。ミユアーミというんだ。か、可愛い人だろう」
銀髪の青年は、はにかんでそう言うと、頬を染めながら肩を抱き寄せてきました。抱き寄せられて、見せつけるように自分も体をくっつけると、三人衆を睥睨しました。
同性と結婚できる国なのでしょうか? 青年を奪おうとしているこいつらは、敵です。笑顔など見せて媚を売るつもりはありません。
「おまえが大事にしていた熊の縫いぐるみに似てるな」
「ああ、幼い頃、母親に貰ったという縫いぐるみにそっくりですね」
「茶色のボロボロになってたあれだね。確かにあの縫いぐるみのような女だ」
三人の青年達の言葉を聞いて、思わずポカンと口を開けてしまいました。
聞いたことのある話です。美青年が平凡な容姿の女の子に惚れる──理由は青年の大事にしていた縫いぐるみやペットに似てたから、何とか……。
「クリス……」
体を少し離して、キッと鋭い視線を肩を抱く青年に向けます。真偽を確かめたい思いをこめます。
「えっ? やだなあ、みんな。彼女は縫いぐるみじゃないよ。ちゃんと生きた人間だよ? 確かに縫いぐるみみたいに、可愛いけど……」
頬をさらに染めた青年の言葉に、ホッとします。どうやら代用品ではなさそうです。
「立って、歩いて、喋る縫いぐるみか、面白い。抱えて後宮に入ればいい」
黒髪の青年が嘲りまじりに、口もとを持ち上げて言ってきます。
「よく見つけましたね、そんな生物を。仕方ありません。それを持って来てもいいですよ」
白金髪の青年が感心したように頷くと、肩を竦めます。
「あのボロボロになった、縫いぐるみの代わりのペットと思えばいいか。二人まとめて引き取ろう。そいつは足もとにでも置いておけばいいね」
金髪の青年が腕を組んで、偉そうに言ってきます。
とんでもない青年達です。変な事を言ってくるやつらは、三人ともとても偉そうな雰囲気を醸し出しています。
でも、『あなた方、ナニ様なのかしら?』とかは聞く気になりません。今までの会話で、分かったような気がしたのは錯覚です。執事に名前しか言わなかった青年達の正体は、知りたくありません。
「フフ、みんなの言い方は相変わらず、遠回しだし、面白いね。でも、わかったよ。そういう意味だったんだね。うん、ありがとう。彼女と二人でみんなの国に行くよ」
ニコニコとそんなことを言う青年に、ギョッとしました。
「学生時代はとても親しくしていたけど、みんなの国に行くのは初めてだね。結婚祝いに、国に招待してくれるなんて、楽しみだ」
ウキウキとした様子の銀髪の青年以外の者が、目を剥きます。全員で同じことを思ったはずです。
──こいつ、わかってねー!
静まり反った雰囲気にまったく気づかず、青年はいい笑顔で言葉を続けます。
「学生時代はいろいろ心配かけたけど、もう大丈夫だよ。今、幸せなんだ。愛する人も見つけたし、幸せな家庭を作るつもりだ」
そこまで言って、一旦言葉を止めるとカアッと頬を真っ赤に染めました。
「こ、子どももたくさん作るつもりだ。男の子も女の子も欲しいなって……が、頑張ってにぎやかで幸せな家族を作るつもりなんだ」
耳たぶまで赤く染めた茹でダコが、早口で照れくさそうに言いました。
みんなでタコを見つめます。こちらの頬も熱くなります。青年の羞恥が伝染して、二匹目のタコになりそうです。
青年を見つめる三人の顔が複雑そうに歪みました。
「そうだわ、クリス。あなたのパンケーキを、みなさまにもご馳走したらどうかしら」
三人の様子を見て、気を取り直すと青年にそう言いました。
この提案が、自分を後々苦しめるものになる懸念はありますが、この三人とは、青年抜きで話し合う必要があると判断しました。
一歩間違えると危険なやつらに、視線で話し合おうと伝えます。
「パンケーキ? いいな。美味そうだ」
「クリスの作ったものなら、ぜひいただきたいですね」
「うん、食べたいね。クリスの手料理なんて楽しみだ」
三人は送った視線を正しく読み取って、賛同してくれました。さすが、ただのロン毛ではありません。
「え、でも……」
「朝作ってくれたものと同じものがいいわ。とっても美味しかったもの」
青年の胸に手を当てて、パチパチ瞬きの上目づかいで甘えた声で頼みます。前に見たことのある、元同級生の技です。
「頼む」
「食べさせてくれますね」
「作って欲しい」
躊躇する青年に三人がたたみかけます。いい仕事です。
「わ、わかった。でも……」
心配そうに見つめられて、頷いてみせました。
「友人のみなさまと話しながら、あなたのお料理を待ってますわ。あなたのこととか聞いて、楽しくお喋りできそうな気がするの」
「ああ、その女と話しながら、待とう」
「ええ、この生物と会話しながら待ってます」
「そうそう、これと語らいながら、待っているよ」
微妙な賛同をしてくれた三人を青年が見ます。
「じゃあ、作ってくるよ。でも、わたしのいない間に、彼女に変なことは言わないでね」
青年の言葉に三人が頷いてみせました。
「いい? 変なことは聞いちゃだめだよ」
そう言い聞かせるように言うと、銀髪の青年は、額に一つキスをしてきました。名残惜しそうに頬をひと撫でして、応接室を出ていきます。
青年の後ろ姿を見送ると、三人の方を向きます。三人の敵を前にして、気を引き締めました。
★ロン毛三人衆……長髪の青年三人組のこと
★二匹目のタコ……生きているタコなので、〈杯〉や〈連〉などではなく、〈匹〉にしました。