♡01話 甘すぎます
「はい、どうぞ」
白いエプロンをつけた銀髪の青年が、茶髪の少女の前のテーブルに、料理の載ったお皿を置きます。
お皿に載っているのは、たっぷりハチミツのかかったパンケーキです。真上にのったバターの固まりは、ハチミツでテラテラ光っています。ハチミツに浸るパンケーキ──ミユアーミは眉を寄せます。
テーブルには、細長く切られて揚げられた、砂糖まみれのポテトの山と、茹でたブロッコリーと人参、炒られたスクランブルエッグの皿があります。
他にはオレンジジュースの入ったガラスのピッチャーが置いてありました。
「クリス、朝食はあなたが作ったの?」
「うん、あなたの好きなものを作ってあげるって約束しただろう。料理人の仕事をとっちゃいけないって言われたから、たまにしか作ってあげられないけど……」
青年は寂しそうにそう言うと、エプロンを外します。サッと近寄った年配の従僕が青年からエプロンを回収しました。
「今日はなんとか作らせてもらったんだ。あなたの好きなパンケーキだよ」
にこりと笑って青年がミユアーミの前に座ります。微笑む青年から、謎の光が放射されたような気がして、ミユアーミは目を細めました。目にまぶしい笑顔です。
前に好きなものは何かと聞かれて、『パンケーキ』と答えました。『甘いものは好き』と言いました。それから、夫となったこの青年は、毎回毎回パンケーキを作るのです。甘いものを作るのです。
「申し訳ありません、奥様。お止めできませんでした」
サッと近づいてきた初老のメイドが、ミユアーミの前に紅茶の入ったカップとポットを置いて、小声で囁いてきます。
「今日のパンケーキはね、うまく焼けたんだよ。美味しく出来てたら嬉しいな」
ニコニコと光を振りまく青年は、本当に麗しいです。麗しすぎて、若い女性は雇えませんでした。青年の姿を間近で見るとポーッとなって仕事にならないのです。似たような理由で、一部若い男性もダメでした。この屋敷の使用人の年齢層は高くなっています。
「ありがとう。美味しそうね」
ミユアーミもニコリと微笑みを返します。今はまだ、新婚です。早起きして、一生懸命作ってくれたのです。塩や胡椒などの調味料や、他の食材について言って聞かせるのは、もっと先でもいいでしょう。
「今日の糧を得られたことを感謝します。今日も健康で動けますように『ゲンキモリモリモーグモグ』」
「『ゲンキモリモリモーグモグ』」
手を組んで祈りを捧げた青年のすぐ後に、ミユアーミも手を組んで続けて唱えました。
祈りを捧げた後、さっそくフォークとナイフを持って、ハチミツまみれのパンケーキを切ると口に入れました。焼き加減は最高です。かけてあるハチミツはスッキリとした甘さのもので、バターとまじり、パンケーキの味を引き立てます。
「美味しいわ。焼くのが上手ね」
「そう?」
褒めると青年が、また嬉しそうに微笑みます。
揚げたポテト、茹でたブロッコリーと人参、スクランブルエッグもひと口づついただきます。
「ポテトの揚げ方も、ブロッコリーと人参の茹で方も上手ね。このスクランブルエッグなんて、ふわふわとろとろで最高の食感ね」
「そう? 喜んでくれたら、嬉しいよ」
はにかんでそう言った青年の頬が、うっすら赤く染まります。初々しい新妻のような喜び方です。
いい焼き色のパンケーキはハチミツまみれ、いい揚げ具合いのポテトは砂糖まみれ、いい茹でかげんのブロッコリーと人参は砂糖で煮られ、絶妙な熱の加え方のスクランブルエッグは砂糖が入っています。
料理の腕は悪くなさそうですが、なぜ全部甘くするのでしょうか。味つけに、なぜ残念な発想しかできないのしょうか。
一通り口にして、メイドが置いてくれた紅茶を口直しに飲みます。砂糖など入っていないお茶です。
そう、最初のひと口は美味しく食べられるのですが、この後は段々と苦行になります。甘味責めです。
「フフ、甘いね」
自分の分のパンケーキを口にして、頬を染めた青年が、こちらを笑顔で見つめてきます。作った青年はこの甘さに、まったく動じていません。
甘さのある声、甘い笑顔、甘い料理──甘い拷問の始まりです。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
何とか完食して、笑顔でお礼を言いました。飲み過ぎた紅茶で、お腹がタプタプです。
「喜んでくれたようだね。また、作ってあげるね」
端正な顔に甘い笑顔を浮かべて、再びの甘味責めの予告をする青年に、目を剥きます。とんでもないです。
「あの、あのね、クリス、あなたはこの屋敷の当主でしょ。気持ちは嬉しいけど、当主が朝食を作ってはいけないと思うわ」
何とか傷つけないように、この甘味責めを阻止しなければなりません。他の辛いものやしょっぱいものが食べたいと言っても、それはそれで、この青年は絶対に偏ったものを出してくる気がします。分からせるには、時間がかかる残念頭です。
正直にこんな甘すぎるもの食べたくないと言って、落ちこむ顔を見たくなくて、つい、言い聞かせるのを先伸ばしにしています。
「うん、料理人の立場がなくなるんだよね。でも、あなたに喜んで欲しいんだ。あなたが美味しそうに食べてくれると、とても幸せな気持ちになるんだよ。たまにはいいよね?」
銀の髪がキラキラと光を反射します。じっと見つめてくる紫の目は上質な宝石のよう……本当に美しい顔です。
そう、顔は、顔だけは文句のつけようがありません。天に与えられるはずの何かが、頭の分が顔にいっています。
ノホホンポヤポヤの青年は気持ちは素直です。この青年を愛しているから、幸せにしたくて、頷きそうになりますが、頷いたら、とってもふくよかな人か、虫歯になります。この歳で糖尿病の危険もあります。
「失礼いたします。旦那様のご学友だったという方が、三名ほど訪ねていらっしゃいましたが、いかがなさいますか」
どう答えようかと迷っていると、白髪の執事から声をかけられました。
「えっ? 誰だろう」
「ファルシャード様、ルキアノス様、ジャスティン様と名のられました。お名前だけで分かると言うことで、それ以上はおっしゃいませんでした」
「えっ! あの三人が!?」
青年が嬉しそうに、驚いた声を上げます。なんと答えてごまかそうかと悩んでいたところに、来客の知らせでした。少々早い時間のような気もしますが、よいタイミングでした。返事はうやむやになりました。
「すぐ行くから、応接室に案内しておいてくれる?」
声を弾ませてそう言った青年が椅子から立ち上がります。
「かしこまりました」
知らせに来た白髪の執事は一礼して、去っていきます。
「学生時代の友人達なんだ。まさかここまで会いに来てくれるなんて!」
立ち上がった青年の紫の目は、喜びでキラキラしています。早く会いたいのでしょう。ソワソワと足元が動いています。
「結婚したことをどこかで聞いたのかな? あなたを紹介しなくちゃ」
青年がこちらを見つめてきます。ひくりと口元がひきつりました。すぐにでも連れていこうとしているのが、分かりました。
「ええ、わたくしもあなたのご友人達にお会いするのは楽しみよ。結婚式には、いらしてなかった方達よね?」
青年の学生時代の友人という方には誰にも会っていませんでした。
色々問題があって、青年が招待した人達はとても少なかったのです。兄達が手を回して形だけはそれなりの招待客がいるように見せかけていましたが……。
「うん、呼ぶにはちょっと遠慮したし、どう連絡をとっていいか分からなかったんだ。でも、来てくれるなんて!」
本当に嬉しそうな青年の様子です。男子校では、心配していたボッチではなかったようです。
「わたくしもすぐお会いしたいのよ。でも身支度しなくちゃ」
ちょうどよいタイミングでしたが、先触れのない来訪は少し困ります。淑女には、補正と塗装の時間が必要です。
「よかったら、あなただけでも先にお会いしてきたら? わたくしは後から伺いますわ」
椅子から立ち上がってそう言うと、青年が近寄ってきます。
「ダメだよ。二人じゃなくちゃ。結婚して幸せなところを見せたいし、こんな可愛い……」
そこまで言って青年が一旦言葉を止めて頬を染めます。
「こんな可愛い人が、わたしの妻だって自慢したいし!」
「まあ……」
照れ臭そうに、早口で言われた言葉に目を見張ります。
青年の腕が背中に回ります。引き寄せられて唇に青年の唇が触れます。キスは本当に上手になりました。タコは人間になりました。
深くなる口づけに、ミユアーミも両腕を青年の首に回して応えます。
「「ゴホッ、ゴホッ」」
部屋に控えている従僕やメイド達の喉の具合いが、一斉に悪くなったようです。咳払いに、顔を離した青年が恥ずかしそうに微笑んできます。
真っ赤になったお互いの顔を見つめ合いました。
「フフ、甘いね」
青年が舌先で、ペロリと形のよい唇を舐めるのが目に入りました。
「もう、クリスったら……」
拗ねたように言って、青年を上目づかいで睨みます。
「「ゲロゲーロ」」
控えた従僕やメイド達の方から、カエルの鳴き声がしました。
どこからか、迷いこんできたようです。
この話は『王宮舞踏会シリーズ』『春編』をお読みくださった方への、お礼作品です。連載の形になっていますが、春編おまけ話は5話で完結です。
少しばかり腐臭がしています。BLではないと思いますが、匂いもダメな方はお避けください。
〈夫は〉とか、〈夫の〉とか『夫』で語っていった方が、自然な感じだと思いますが、この作品の味かなー? と、あえて『銀髪の青年』で書いてあります。(『夫』呼び、ほんの少し)
では、春編を読んでくれて、『ありがとう』の気持ちをこめて──。