死の荒野
その荒野には、死が横たわっている。
雑然とした木々は葉が一枚もない。その場に漂うのは濃厚な血の匂い、それはすなわち……死の匂い。一歩踏み出せば、血だまりが靴を濡らす。二歩目を踏み出せば、兵士だろうか……死骸に当たる。ここは、地獄だ。
大陸歴九百五十二年、イディアル王国と神聖国家セフィロトの国境――数刻前まで、戦地だったそこから離れた場所で、王国軍と聖騎士団は睨み合いを続けつつも、戦の疲れを癒していた。
無駄な争いが、ここ数百年ずっと続いている。大陸を征服したいイディアル王国と、大陸の均衡を保ちたい神聖国家セフィロト、そしてこの大陸にあるほかの二つの国を巻き込んだ大戦は、未だやむことはない。
夕日がその場を燃えるように紅く染め、両軍が休むそのころ、一人の男が荒野をゆっくりと歩き回っていた。お互い疲弊しきっているのか、遺骸の回収もままならないようだ。男はごろごろ転がっている死骸を踏まぬよう、慎重に歩く。軍服を纏っていたがそれは両軍はおろかこの大陸のどの軍の服にもあわず、また右目を隠すようにつけられた仮面が男の異質さを表していた。男の金の髪が、夕日を受けて燃えるように輝いている。
「――、―――、――」
徐に男は呪文のようなものを唱え始める。男の足元に魔法陣が現れ、詠唱にあわせて美しい紫色に光る。
死骸が、指をピクリと動かした。その指はがしりと土を掴み、土くれを砕き、そのまま地面に爪を立てる。ゆっくりとだが、次々と死骸が起き上がる。起き上がった死骸を愛おしげに見つめる男の瞳は、魔法陣と同じ紫色をしていた。
死骸だったものたち……いや、アンデッドと呼ぶべきだろうか。彼らは男に向って敬礼する。満足げにその様子を見た男は、軍服のマントを翻した。
そして、男と死骸は、忽然と姿を消した。