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歩く狂気

人は人でしかない

作者: 一齣 其日

人は時に神のような存在になろうとする。

多分、それはまぎれもない善者であるのだろう。

嘘偽りない善者であろうとしたのだろう。

一つの汚れのない聖人になりたかったのだろう。

人を救う神に憧れていたのだろう。

人は人を救おうとする。自分を傷つけてまで。


「だから面白いと言えるのだけど」


でも面白いで片付けてはいけないよね。そういう人ほど、自分に盲信しやすいのだから。自分は善いことをしている、自分は正しい人間なのだと。そんなの、その時になって見なければわからないじゃないか。そもそも正しさなんてあっという間に変わってしまう。祇園精舎の鐘声、諸行無常の響きありってね。


さてと、前置きはここまでだ。

ここから語るのはどうしようもない人間の話さ。神になろうとした人間の話さ。

その人はずいぶん熱心に人を助け続けていた。そりゃ、募金しても善いかなって思うくらいに。

冗談だけどね。

でも、僕の友達なんか初めは感心してたね。表面上で善い人している人を、ね。

僕も面白半分にその人を見ていたさ。

ああ、そういえばボランティア団体ってのを結成したりもしていたね。本当に人々を助けたい人だったんだろう。僕もついつい心打たれてその団体に入ってしまったよ。

心打たれたのは嘘だけど。

とりあえず何年間は安定していたね。でもある時彼は学んでしまった。

そんなボランティアぐらいでは、本当に人を救えないことを学んでしまった。

彼は欲張りだったんだ。世界中の人々を救おうとしていたのだ。

明らかに馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。

ここまでエスカレートした善意は一体どこに行き着くと思う?

答えを言ってしまうと、この世界を変えようとする。

この世界を変えるにはどうすればいいか? そりゃ、神になるしかないだろう……というわけでもない。

取り敢えずは国の機構を変えようとしたね、この人は。そのために彼は議会に立候補して、大きな理想を語った。壮大な理想を民衆にぶつけた。

……民衆は、目も耳も向けてはくれなかった、というね。

その人の理想は、一般人にとってみればただの夢物語にしか過ぎなかったんだ。

そう、夢物語。所詮夢でしかない。夢を諦めた人間には到底理解できやしなかった。

当然、その人は絶望したよ。自分の救おうとしてる人間が、自分を裏切ったようなものだからね。

哀れだ、実に実に哀れだ。

見る影もなく、彼は絶望して、その絶望を乗り越えることができなかった。

そう、できなかったのだ。

絶望をそのまま原動力にしてしまったのさ、その人は。希望を抱いて行動するより、絶望を抱いて行動するほうが、迫るものがあると思ったよ。

この時にはもう彼は当初の目的を忘れた。本末転倒だね。

彼はとうとう自分を受け入れないから、世界は悪いのだと騙り始めた。

自分は正しいのだ、正しいことをしているのだから正しいのだ。

それは根拠なんか何ひとつない詭弁だった。あまりにも愚かな物言いだった。しかしながらそれに心酔する人間もいるのもまた事実。そうして狂った共同体ができたのさ。

そういえば昔、オウム真理教ってのがあったよね。あれも確か、民衆が自分達を受け入れないが為に、地下鉄サリン事件を起こすというかつてない暴挙に出たんだったかな。

この共同体を見ていて、あのイカれた宗教団体もこうして出来上がっていったんだなぁって、面白く思えたよ。実際に見るのはいいね。

まぁ、この共同体のオチを言ってみれば、そんな大それたことはしなかった。できなかった。

僕が、させなかった。

いや、僕に正義感とかあってさせなかったわけではないんだ。させない方が、もっと面白い光景が見られると思ったのさ。

絶望のうえにさらに絶望を植えつける。中々乙じゃあないかい?

その共同体が苦心して手に入れた金をばら撒き、いい手段があるからと騙り暴力団関係の金ヅルにさせ、内部から徐々に徐々に壊していく様も中々痛快だったね。たまには詐欺のテクニックも役に立つものだ。

共に理想を叶えようとした者は逃げて行き、残ったのは彼に芯から心酔する彼の家族のみだった。

誤算だったことといえば、いくら追い詰めてもその人と、その家族だけはあくまでその人を信じ続けたことだね。借金取りに追われて身も心もボロボロになってなお、信じることをやめなかった。

この世界を変えようとすることを諦めなかった。

ドン引きだ。気持ちが悪い。反吐がでる。あれはもう異常だ。

そんな気が狂った人間の末路を、僕は知らない。今もひっそりとどこかで生きているんじゃないのかな。

己の高望みな理想を今も抱いて、家族寄り添って、希望を持って。

あまりに滑稽だ。あまりに喜劇だ。他人から見ればただの笑い者にしか過ぎない。


だから、僕は嘲笑う。こんな面白くもない人間を。

もっと、面白い生き方はできなかったものなのかなぁ。


人は世界を変えることのできる神になることなんてなれやしない。加えて、神様なんてろくなもんじゃないことを、神話からも学ぶべきだろう。

人は人でしかないんだ。人として、人なりにできることをするのが十分なのだ、と僕は思うね。


さて、そろそろこの話も終わりにしましょうか。僕もここらで、こんな話をするのに飽きてしまった。

皆さんもこんな人間のお話なんか、さっさとゴミ袋に包んで捨てて忘れましょう。


ではでは皆さん、御機嫌よう。

また別の機会でお会いしましょうか、ってね。

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