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ヤンデレ・アフタースクール

作者:

愛の形って様々ですよね。

 今、俺は校舎内を駆けまわっている。


 何も理由もなく走っているわけではない。

 だが、トイレが近いわけでもなければ、誰かと競争しているわけでもない。


 …いや、競争していると言えばキョウソウなのかもしれない。

 どちらかと言えば、今の俺には"凶相"の方が適している。


 なぜなら、俺は"逃げている"からだ。


 「せんぱーい!なんで逃げるんですかぁ!」


 奴が来た!

 夕陽の差し込んでオレンジ色になった廊下を駆け抜ける。


 「お、追いかけてくるから逃げてるんだーー!!」


 「何も逃げなくたっていいじゃないですかぁ!」


 彼女は俺と変わらないスピードで付いてくる。

 俺は決して運動できる方ではないが、イラスト部の女子に負けるほどの運動音痴ではない。

 あいつ、実はアスリートだろ。


 「なにもしませんよー!待ってくださいー!」


 「手に持ってるものを捨ててから言え!」


 走る俺を追いかけているのは、一つ下の女後輩。


 声は高めで背は低め。美人というより可愛いタイプの、俺にとっては妹のような存在である。

 …が、少しこいつには変なところがある。


 「この前私が作ったお弁当、おいしかったですかぁ!?」


 1255km/hの速さで彼女の声が耳に刺さる。

 昨日、彼女は俺に弁当を作ってくれたのだ。

 女の子らしいかわいい弁当で、基本的に味も良かった。

 基本的に、だ。


 「うまかったぞ―!ありがとなー!」


 嘘はついていない。


 「よかったー!あれ、私の味ですよー!」


 彼女の味。

 よくわからないが、それだけ真心込めて作ってくれたんだな。


 「だから止まってくださーい!」


 俺は黙ってスピードを上げた。


 彼女は何も、手ぶらで俺を追いかけているわけではない。

 本当に不可解で、奇妙で恐ろしいのだが、彼女はなぜか"ハサミ"を片手に迫ってくるのだ。


 「せんぱいがその気なら、私も本気出しますからね!」


 追いつかれたら何をされるのか、考えたくもなかった。

 だが、美術室の扉を開けて、鋭利な刃、あざとい笑顔を目にした瞬間、本能が『逃げろ!』と俺に令したのだ。

 だから俺は、本能に身を任せてひたすらに逃げている。


 ヒュンッ


 刹那、銀色の何かが俺の肩をかすめて飛んでいった。

 振り返ると、5mほど後ろで走っている彼女は左手に、4本のハサミを備えていた。

 指の間に器用に挟んだまま、その内の1本を右手に持ち替える。


 「ッぶねぇ!お前正気か!?」


 俺を狙ってハサミを投げてきた。

 本当に意味がわからない。殺す気なのか?俺悪いことしたっけ?


 「うふふ、私はいつでも本気ですよ!」


 こいつはどう見ても狂気の沙汰だ。

 日本語が通じているのかも不安になってきた。


 どうにかして飛んでくるハサミから逃れなければならない。

 俺は右手に現れた階段を、何も考えずに登った。

 が、その選択はとんでもないミスだった。


 「…ッ!」


 屋上へ続く扉の鍵が、閉められていたのだ。

 もはや、俺は袋のネズミだった。


 「せんぱーい、質問のお時間ですよー」


 彼女は俺をいたぶるように、ゆっくりと階段を上がってくる。

 斜陽に伸びる彼女の影は、悪魔のそれにしか見えなかった。


 「先輩はわたしのこと、どう思ってるんですかー?」


 ゴクリ、と唾を呑んだ。


 「お、お前のことは、かわいい後輩だと思ってる」


 何も嘘はついていない。


 「えへへー、ありがとうございますー」


 ピタッ、と影が動きを止めた。


 「先輩と一緒に歩いていた女」


 声のトーンが急に低くなり、抑揚なく呟くように言った。


 「先輩。あいつ、誰ですか」


 昨日は当番の仕事が長引いてしまい、クラスメイトの岸田を駅まで送っていった。

 時刻は既に20時を回っており、校舎内には誰も残っていなかったはずだ。

 おまけに、駅への道のりはこいつの帰路とは逆方向だ。

 それなのに、何故こいつは、俺が岸田と歩いていたのを、知っているんだ。


 「お前…なんで」


 「なんで?あは、こっちの台詞ですよ」


 伸びた影がゆらりと動く。

 その様子に俺は恐怖を覚えた。

 

 「私は…っ!先輩が、先輩が悪いんですからね!!!」


 切り裂くような声で叫んだかと思うと、カッカッカッ、と階段を駆け上ってきた。

 俺は肝が潰れる思いで、屋上へのドアをなんどもガチャガチャと弄るが、ドアが開く気配は全くなかった。

 まさに、絶体絶命だった。


 振り返ると、彼女は目の前に立ち尽くしていた。


 彼女は目にいっぱいに涙を溜めていて、今にも泣き崩れそうに見えた。

 怒り、憤り、妬み、哀しみ、悔しみ…その眼には、様々な感情が渦巻いていた。

 ハサミは両手に握られたままだった。




 「先輩、今、ここで決めてください」




 声は涙ぐんでいた。




 「先輩……私と、付き合ってください」




 彼女の片頬に涙が伝う。




 「お前……」



 俺はその時、全てを悟った。


 彼女はひとつ、重大な誤解をしている。




 「……一つだけ、言っていなかったことがあったな」




 その誤解こそ、全ての発端だったのだ。





 「俺には、好きな人がいる」




 だが、それはお前ではない。




 「……ッ!?」




 伝えなければいけない。




 「ごめんな」




 伝えなきゃいけないんだ!




 「俺は、男が好きなんだ」


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― 新着の感想 ―
[一言] 予想斜め上を行く回答でした
[一言]  確かに、愛の形はさまざまですねえw  この三秒後を想像すると、三割増しで凄惨になりそう。
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