随分と哲学的だね。
歯車が狂い出していたのが最初に分かったのは小杉とのワンポイント勝負の三週間後だった。だった。ちなみにワンポイント勝負した週の日曜日はデート帰りの2人から呼び出しをくらい。ファミレスで騒いだのはまた別の話。
その後佳は少し肩の調子が何となくだが悪く接骨院に行ってみると案の定、肩の筋肉が張っているという事でドクターストップがかかり。先週、先々週の部活は全て休んでいた。
「んで。どうしたの?改まって。」
放課後。佳は腕を組みながら屋上へ続く階段に座って話を聞いていた。ここは佳のお気に入りの場所の一つで人がまったく来ないので昼寝場所として使っていた。そこにいるのは佳の他に1人。
後輩でお馴染み、毎度恒例の下川君だった。
「は!まさか僕に告白⁉︎
待って!僕はBLは興味ないよ⁉︎」
佳はいつも通りおちゃらけて話していると下川君はため息一つ吐くと真面目な顔で佳に話しかける。
「あのですね…。先輩。ふざけてる場合じゃないんですよ?」
「…。マジで?」
佳は器用に階段の手すり部分に座ると真面目な顔になった。佳が真面目な顔をする時は中々難しい問題に直面した時だ。
…嫌な予感がするな。
佳はこの時前に感じた『漠然とした不安』がまたぶり返している事に気付いた。そして下川君は話を外側から作り出してきた。
「先輩。最近、部活来てないですね。」
「あのな…。ケガしてるんだよ?」
「…。」
佳は未だにおちゃらけた空気を崩そうとはしない。むしろさらに笑顔で手の動作も加える。
すると下川君は話を続ける。
「最近。先輩達ヤバイんですよ。気付いていますか?」
「…。」
知っている。あの2人が最近ギスギスしてるって事ぐらい。それは何となく、勘だけど分かっていた。
下川君はあえて僕にそれを聞いているのだ。
すると下川君は首をすくめて。
「ま、俺たち後輩にはどうでもいいですけどね。」
「うん。そうだね。」
僕はそれの下川君の投げやりな態度に何も言えなかった。だってこれは僕達2年生の責任だ。
と、佳は頭の中で考える。
「ま、今日は僕は行けるからさ。ようやく医者の許可が出たんだ。僕が行けばなんとかなるでしょ?」
「だといいんですけど…。
先輩。先輩も同じ様にならないで下さい。」
「それは女子の後輩に言われたかったな〜。」
下川君は不安そうな顔をするが僕はニコッとして不安を覆い隠す様に、下川君の肩に手を置いて。
「ま、僕に任せなさい。
…たまには先輩に頼るものだよ?」
そうして階段を降りていく佳。それをみた下川君は黙って唇を噛み締めながら降りていく佳を見ているだけだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「雪宮くん。」
「あ、どーもです。関口先生。」
放課後、ラケットバッグを持って問題の部活に行こうとすると教室に入ってきたのは関口先生だった。
関口先生は英語科の教師でありまだ20代後半らしいが中々に厳しい女性教師だ。佳自身はいつものらりくらりとかわしていたのだが。
「雪宮くん。この前の課題出した?未提出になってるんだけど。」
「げ⁉︎」
課題…!そう言えばそんな物があったような…。
佳が言いにくそうにしているとニコッとして関口先生は佳の肩を掴んで。
「課題やりなさい。終わるまで見てるから。」
「ハイ。」
佳はラケットバッグから泣く泣くノートを取り出すと自分の机に置き、椅子に座る。
他の生徒は部活に行ったらしく。教室には誰も残っていなかった。
「そこ。関係代名詞の文なのになんでwhoが入るのよ。」
「…さーせん。」
「謝り方。」
「すみません‼︎」
佳はそうやって平謝りで少しでも早く課題を終わりにさせるために一生懸命に課題を解いていく。
…このぐらいなら早く終わるかな?
佳はそんな事を思いながらふと今日の不安について先生に聞いてみた。
「先生?ちょっと聞きたいんですけど。」
「何?」
佳はペンをくるりと回すと先生の顔を見て。
ーゆっくりと確実に自分の悩みを少し晒す。ー
「先生はあと数秒後に自分の大切な物が壊れるとしたら…。どうしますか?」
「随分と哲学的だね。」
先生はまるで佳の真意を見透かす様にすっと瞳を見るとニコッとして窓の空を見上げる。
「私はね。こう考えてる。『壊れると自分で分かる物は自分の中では壊れている。』って。」
「え?」
それだけ先生は言うと佳の課題を見てそれを黙って回収すると立ち上がる。
「課題終わってるみたいだね。…でも私はこうとも考える。」
そして先生はまるでできのいい良い子供にヒントを与えて答えに導く様にこう言葉を付け足した。
「『壊れているという事実を知らない事にすればそれを知るまで壊れていない…』とも解釈できるよね?」
先生はそれだけ言うと「部活頑張ってね。」とだけ言って教室を出ていた。
教室に残るのは僕と先生の微かなシャンプーの匂いだけだった。