つぎはぎ
「よっと…。今日の練習はここまで。」
佳はそう言って練習終了の合図を出した。時間は既に夕暮れ時に近づき、辺りが暗くなってきていた。季節は春という事もあり、日の入りが遅くなったとは言え6時まで打つにはまだ日にちが必要そうだった。
「先輩…相変わらず酷いですね…。鬼ですか?」
下川君が息を切らしながらボールを拾い、佳に聞いてきた。他の部員達も息を切らしてボールを拾っている。その様子を見て佳はにこやかに笑って。
「ひ・ひ・ひ!みんなの苦しみは僕の楽しみだからね。他人の不幸は蜜の味じゃあ!」
「やめなさい。」
するといつの間にかにりんが佳の後ろにいてラケットのフレームで頭を叩く。
カツーンという音とともに佳が悶える。
「いたいっ‼︎」
「あのね…。そんな暇あるならさっさとボールを拾ってカゴに入れな‼︎」
りんがまるで鬼の形相で見てくる。佳はぶるっと震えると慌ててボールを拾い始める。すると下川君にも向かって怒り顔よりも恐ろしい笑顔で。
「しもちゃんも!息を切らして文句言うならスタミナをつける努力をしなさい。それとボールも拾う!」
「はい…。」
ソフトテニス部の苦労人である彼女は2人の困った少年をそれぞれ見ると大きなため息を吐いた。
もちろんりん自身も息が切れ切れだが真面目な彼女はこういう所に厳しい。同時にそれは周りに敵を作りやすいという事だ。
だからこそそれを分かっている佳はりんをフォローするためにアフターケアーを怠らない。
「みんな。一回集合!」
佳は笑顔でみんなを部室前に集める。部員達は練習の疲れからかダラダラで僕の所にやって来ていた。
「さて…みんな…。集めた理由分かるよね?」
りんは佳の言葉を聞きムッとなる。がすぐにいつもの自信満々の勝気な顔へと姿を変える。下川君や南田君も同様で拳を鳴らしている。他の部員達も静かに集中する。
部室前の前の場所はもはやソフトテニスの大会でもあるかないかの殺伐とした空気に成りかわりつつあった。
そして佳はまるで裁判官が判決を言い渡すように言葉を言い放った。
「さーいーしょーはグー‼︎ジャンケン…。」
「「「「「「「「「ぽん‼︎」」」」」」」」」
…さてこのジャンケンただのジャンケンではない。このジャンケンに敗けた敗者2人は疲れた身体でコート整備を行わないといけないのだ。まさに勝った者と負けた者との悲しき壁。
すると神は何を考えていたのだろう。佳とりんはグーを、その他の部員達はなんと全員パーを出したのだ。その場に沈黙が走る。
「…。」
部活動をやっている者には分かると思うがこういう罰ゲーム系に後輩が多い部活動で先輩が罰ゲームにはまるととてつもない困った空気になるのだ。
すると下川君が一応お伺いをたてる様にゆっくりと先輩方2人を見る。
しかし2人は特に気にする様子もせず。ただ淡々と。
「ま、ジャンケンやからね。仕方ないか?」
「…まあ、そうね…。これはグーを出したあたしを悔やむべき。」
先輩達2人は決してこの結果を押し付ける訳でもなくブラシを用意するとコートに向かう。すると佳は整備中のコートから明るい大きな声を飛ばす。
「みーんーな!先に帰っていーいーよ!僕とりんでやっておくからさー!」
下川君ら後輩達はそれを聞いてもやはり先輩を残すという事で何か負い目を感じていた。しかし下川君はとある事情を知っていたので同級生達を促す。
「ま、佳先輩がそう言ってるから帰ろうぜ?先輩がこう言ってるんだから逆に帰らないと失礼だろ?」
「そういう物なのか…?」
下川君と同級生の部員達は下川君の言葉を聞いて少しコートを気にしつつも身体の疲れが酷いのが帰宅の足を押し、帰って行った。
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コート整備が終わると佳とりんは2人きりになった部室前に座る。時間は6時を過ぎており空を見上げれば星が見えるかな?と思っていたりんだったが残念。星を遮る様な雲だらけだった。
そういえばこんな時だったよね?あんな事になったのは…。
りんは空を見上げながらそんな事を思っていると不意に冷たい物が首筋にいきなり当てられた。
ビクッとなって反射で振り向くといつもの笑顔の佳がそこにいた。
「ほいよ。今日は僕の奢り。」
佳はポイッとりんに缶を投げる。放物線に投げたそれは綺麗にりんがキャッチする。
「いきなり優男になってどうしたの?大丈夫?」
りんは訝しげに佳の買った缶ミルクティーのプルタブを開ける。すると佳はニコニコ笑顔を崩さないまま話す。
「え?ラーメン奢りだよ?りんの。」
「…。」
「冗談だよ。…なんか少し辛そうだったからさ。一応ごめんね?」
佳は大げさに頭を下げると自分の分のオレンジジュースを開けて飲み始める。そして少し飲み始めた所でりんが暗い顔で口を開ける。
「…部活。」
「え?」
「部活。上手く行ってるね。あの人より。」
あの人。前部長のあの人の事を言っている事は明白だった。
前部長とりん。2人が文字通り部活をボロボロにして…。そこからは完璧な空中分解状態だった。
それを僕が…いやそれと下川くんでなんとか立て直したのだが…。
佳はりんに笑顔で答える。まるでりんの所為ではないよ。と雰囲気で伝える様に。
「上手くいってるのはみんなのおかげだよ。
僕一人じゃ100%立て直しなんて不可能だった。それほどこの部活は終わっていた。」
「…。」
りんは佳の事を見つめる。日が完璧に落ち月明かりに少し照らす佳の顔はどこか悲しげに見えた。
「それに…りんは自分の事を攻めすぎだよ。後輩達ももうりんの事は怒ってないと思うよ?
…だってりんはこの部活に残ったじゃん?それだけでも責任を放棄しなかったんだ。」
佳は「でも、前部長は違うけどね。」と付け加える。そうして付け加えた言葉の後に見えた佳の顔は無表情だった。月明かりという薄い減光が余計に無表情にさせているのだろうか?そしてその顔は…。
まるで自分自身に見切りを付けたかのように。
「僕は…自分が嫌い。」
「え?」
放たれた言葉にりんが不思議そうな顔をする中。佳は自分のつぶやきを誤魔化す様に笑顔を作ってりんに語りかける。
「…。帰ろ?途中のラーメン屋寄って。」
「おごらないよ?」
「それでもいいよ。」
りんはそれを聞くと自転車にまたがった。僕はテニスバッグを背負ってもう一回空を見上げて心の中で呟いた。
僕はね。大っ嫌い。りんを泣かせた元部長も、りん自身も、何よりそれを止められなくて…むしろ進めてしまった僕自身が一番嫌い。
そんな汚い感情を胸の中に隠して自転車に乗ると。りんに向けて心配をさせない笑顔を作ると彼女の隣に並んだ。