007
「堕天使に零落した御前が何故俺を狙う!」
信長は一点を見つめながら威喝していた。そう、謙信の顔を睨んでいる。
「貴様の父上が仰っていた。抵抗するならば死体で帰らせろと」
そう言うと、謙信はゆっくりと時計回りに歩き始めた。信長も逆時計周りに動く。
「親父に与しているのか」
信長の息遣いが荒い。さすがに寝起きでの二連戦は体が悲鳴を上げていた。しかし、集中力を切らせば負ける事も容易に判る。
「戦国を支配しているのは実質あの方だ」
剣を構えていた。
「恐怖支配に屈する御前なんぞに殺られはしない」
両者は目を合わしたまま一歩も動かない。
「それで、俺を倒すというのか?」
「俺の往く道を塞ぐ者は、全て薙ぎ倒す」
「為らば、来い。貴様と俺の決定的な違いを教えてやろう」
「言われなくても!」
信長の拳銃から弾丸が発射された。何発もの弾を撃ち続けているのだ。その理由は、上杉謙信に当たらないからに尽きる。何度撃っても剣で弾き返しながら、こちらへと接近してくる。信長は寸前のところで躱しながら体勢を立て直すしか方法は無かった。
「どうした。逃げるだけで背一杯なのか?」
斬撃が地を走る。コンクリートに道に刀傷が出来ているのだ。
「業物だな」
「剣を捨てた貴様は忘れただろう。剣の畏怖を」
「いいや、捨てたわけじゃない」
信長はそう言った。
「何?」
剣を構えたまま聞き返してきた。
「持っていないだけだ」
「武人の魂を持っていないだと? 笑わせるなよ第六天魔王!」
斬りかかってくる。全ての弾丸を剣で防ぎきることは出来ないため、体には何発か銃弾を浴びている。にも関わらず、此方へと一心不乱に向かってくるのだ。奴の進撃は止まらない。剣が皮膚をかすめる度、確実に信長を殺そうとする殺意の念が、信長自身の脳内に叩き込まれる。恐らく、奴は生粋の殺し屋だろう。
「本当だ、持っていない」
「それなら、俺も舐められたものだな」
瞬撃だ。信長の頬に剣が襲った。
「!」
頬をななめ状に血の線が走る。傷は深くないため痛みは感じないが、斬られた事は分かる。戦闘術に長けている信長に一撃を喰らわせるのは大したものだ。
「興が冷めたぞ。その程度の力なのか」
「御前の力が底知れぬだけだ」
「俺が本気を出せば、いとも簡単に斬れてしまったではないか」
信長は何発もの銃弾を謙信にぶち込むが、奴は平然としている。当たった箇所からは確かに血が流れているのだが、それでも倒れようとはしない。
「どうなってるいるのだ。御前の躰は」
「だから言った筈だぞ。貴様と俺の違いを見せるとな」
「俺との違いか、それはなんだ?」
「貴様は出血で倒れるが、俺は出血では倒れない」
瞬間、傷口が消えていくのだ。信長が撃ち込んだはずの弾痕が瞬く間に消えていく。
「なんだそれは」
思わず、目を見開く。
「再生能力だ。これぞ、貴様の父上から授かった能力」
「そんな力を持つ者が、堕天使プロファイル800番代だと言うのか?」
「如何にも」
謙信は短く答えた。
「上には上がいるということか」
「無論だ。此処で貴様を倒して上へ行く」
「いいや、倒れるのは御前の方だ」
再生するのなら再生速度よりも早く傷を与えてやればいいだけのこと。信長は致命傷となる箇所を重点的に狙って撃ち込んだ。頭、心臓、腹などに何発も。
「ぐっ」
最初こそは平静を保っていた謙信だが、次第に再生速度が追いつかずに体を傷だらけにしていた。奴の体内には何十発もの弾丸が眠っていることだろう。
「勝負あったな」
「どうやら再生能力が不完全のようだ。コイツは、まだ俺の躰に馴染んでいない」
「御託はいい、息絶えろ」
信長の一撃で、ついに謙信は倒れ込んだ。生死を確認しようと奴の顔を覗きこむと。今度こそ額から真紅色の血を流し、白目を剥いて死んでいた。
「信長さん!」
すると、隠れて戦闘を見ていた蘭丸が駆け寄ってきて、信長に抱きかかってきた。信長は思わず、蘭丸の頭を撫でた。
「もう大丈夫だ。悪夢の元凶を退治した」
「これで村人の目覚めも良くなりますね!」
これで一件落着だった。