002
黒翼死鳥。魔界より出でし偵察部隊だ。闇に染まった漆黒の翼。そして、人間を瞬時に死肉へと帰す凶暴さから黒翼死鳥と呼ばれ、畏怖べき存在として知られている。そんな残酷な魔物達が何故、こんな場所に居るのか。それは信長自身が知っている事だった。
信長は堕天使の父親と人の母親から生まれた混血。云わば、魔界の住人だ。父親は暴力と権化の塊で、信長と妻を発散のために殴る蹴るの暴力は日常茶飯事だった。そんな環境にも必死に耐えていた信長だったが、母親が病で死んでから、魔界に居る意味を失くし、この地へと降り立ったのだ。ところが、父親の許可を取らず、勝手に脱走した罪は重く、偵察部隊の黒翼死鳥が信長を連れ戻しに派遣された。
だが、信長も魔界に戻るつもりは毛頭無い。黒翼死鳥の脳天に弾丸を発射した。
バッシュ。
という音と共に頭が砕け散り、血の雨が辺り一面に降り注ぐ。信長は雨を全身に浴びて、笑みを浮かべていた。これが裏切りと反旗の一撃。魔界と決別する事を此処に示したのだ。
すると、信長の眼前に、先程の小便を漏らした男が居た。彼は羞恥心も自尊心もかなぐり捨てて、信長に助けを求めて叫んでいた。信長は迷いなく、血に染まった黒い銃口を天高く上げて発砲した。
一発の銃声。それが場の支配権を完全にもぎ取った。黒翼死鳥は一斉に首を曲げて、信長を凝視する。モヒカン男なぞ、もはや蚊帳の外だった。奴等の標的は此の男に絞られた。
――――刹那。黒い翼が縦横無尽に駆け廻った。奴等は信長の真上を闊歩し、威嚇の咆哮を上げている。まるで、自分達こそが支配者なのだと表現するかのように。
だが甘い。信長が見過ごす筈も無い。真の支配者は誰か思い知らせるように、信長は上空に向けて銃弾を放つ。一発、二発、三発。放たれた裁きの弾丸が、死鳥の脳天を貫いていく。もはや、奴等は成す術も無く、信長の手で地面に叩き落とされていた。
終始、信長は無言で撃ち続けた。やがては辺り一面が魔物の血と脳天をぶち抜かれた無残なる死躰で埋め尽くされていた。二十匹はいたであろう黒翼死鳥を信長は一瞬の内に、混沌が蠢く闇の世界に送り返したのだ。そこで、奴等は容赦なき無間地獄の旋律を受ける事となるだろう。
そして、信長は立っていた。死肉が拡散した場所で、勝者の愉悦に浸りながら。
■
暫しの静寂が流れていた。信長は何処か遠くを見て黄昏ている。ところが、その雰囲気を壊す者が酒屋の扉を開けて飛び出して来た。
「おお、あんた無事だったのか!」
そこに現れたのは酒屋のバーテンダーだった。バーテンダーは地面に堕ちた黒翼死鳥の死体を見て驚きを隠せないでいた。靴でチョンチョンと死体を突き、本当に息絶えたのか確認をしていた。
「済まない。此奴らは俺を追ってきたようだ」
素直に話した。店を滅茶苦茶にした要因は自分にもあるのだと。
そして、信長はポケットから煙草のケースを取り出した。次に一本の煙草に火を点け、煙草を咥えて、一筋の煙を口から醸し出した。差し詰め、勝利の一服といったところか。
「なに、さっきの話しは本当だったのか」
バーテンダーは信長が混血だという話しを思い出したようだ。さっきは冗談だと笑っていたが、今のバーテンダーの目は真剣そのものだった。
「此の眼が証拠さ。俺は正真正銘、堕天使と人の間に産まれた混血」
信長の表情は冷たいままだった。自分が魔物との混血である事を毛嫌い。幼少の頃から罪悪感に蝕まれていた。本来、人に近い考え方を持っている信長は、周りの悪魔達と意見が合わず、たびたび衝突していたのだ。こうして人と話すのも実質初めての様な物だ。どうしても表情は硬くなってしまう。
「そうか。実は俺もなのさ。隠して悪かったな」
なんと、バーテンダーは自分も混血だと言い始めた。これには信長も吃驚して煙草を地面に落としてしまう。
「馬鹿な。人間界にも混血がいるのか」
「そうさ。と言っても、あんたみたいに悪魔の影響を受けていないから両目は黒のままだぜ」
「人間に限りなく近い存在か」
「他にも俺やあんたみたいな奴は大勢いるぜ。例をあげるとするなら、ここから北に20キロ程歩いた先に混血の村がある。そこならあんたも歓迎される筈だ」
と、バーテンダーは言っている。酒屋のバーテンダーは情報通と相場が決まっているから、嘘の情報とは思えない。恐らく、情報は正しいだろう。信長は地面に落ちた吸い殻を靴で消した。それから、ポケットに入ったサングラスを取り出し、オッドアイの両目を隠すようにして装着したのだ。
「ありがとう。行くあても無かったから、とりあえず行ってみるぜ」
「良いってことよ。混血は希少だからお互いに助け合いがモットーなのさ」
バーテンダーの言葉を背中にして、信長は歩き始めた。すると、10メートル程歩いた先で、助けた筈のモヒカン男が頭を下げて、此方に行く先に立っていた。
「俺みたいなゴミ虫の命を救ってくれて、ありがとうございました!」
改心だ。男は改心して信長に最敬礼をしていた。
「お前を助けるためじゃない、自分の身を守るためにやっただけだ」
「くうううう。激烈に渋いっす! 俺は貴方様が気に入りました。弟子にしてください!」
「はあ?」
「荷物持ちでも何でもしますから、連れてってくださいよ。混血の村に!」
そう、男は溌剌とした顔で懇願している。
「お前……聞いてたのか?」
「旅にはお供が必要でしょう? ね!」
モヒカンの男は良く見ると端正な顔立ちをしていて、髪型が普通ならば女子に見えなくもない中性的な顔立ちをしているではないか。ところが、信長は子供は苦手だった。
「餓鬼はいらん」
「そこを何とか、御願います」
モヒカンの男は土に伏せて、土下座をした。信長も鬼では無い。ここまでされると、押し通されるのも時間の問題だった。
「……自分の食べる物は自分で探せよ」
迫力に負けて、渋々了承をする信長は再び歩き始めた。
「はい。ありがとうございます!」
男は信長の歩幅に合わせて横にピタリとくっついてきた。
「で、お前の名前は?」
「森蘭丸です!」
笑顔だ。蘭丸はあどけない笑顔を見せて笑ったのだった。