001
戦国の世は変わった。突如、襲来した堕天使により村々は焼き払われ、戦国を統一したのは異形の悪魔たちだ。彼等は人間と同じ知能を持っていたのだが、それと同時に人間よりも遥かに優れた技術を備えていた。その圧倒的な技術力で戦国の世は見る見るうちに発展していったのだが、それに不満を漏らす者が若干一名存在した。
彼の名前は織田レオンハルト信長。此の変わり果てた戦国時代を再び破壊せんと画策する男だ。そして、彼は荒れ果てた荒野の地に立っていた。昔は此処も商人が盛んに商売をしていた城下町だったのだが、今は古びた酒屋がポツンと立つだけだった。
信長はフラリフラリと酒屋に立ち寄った。中は厳つい顔をしたバイカーたちに空間を支配され、よそ者である信長を睨み付けていた。
「おい、なんだあいつ」
「首から十字架のペンダントをぶらさげてるぞ」
「それにサングラスのオマケつきときた」
何を言われようとも無視をし、一番奥の席に座った。目の前には太ったバーテンダーがいる。こいつはぶっきらぼうに水の入ったコップを置いた。
「水はサービスだ。ようこそ、小汚い田舎の店へ」
「ありがとう。遠慮なく頂く」
信長はそう言うと、コップを持って水を一気に飲み干したのだ。余程、喉が渇いていたらしい。
「見かけない顔だな。あんた、どっからきた?」
バーテンダーが訊いてきた。
「魔界」
信長は小さくともハッキリした声で呟いた。
「ハハッ、俺を田舎者だからって馬鹿にしてるな」
「嘘じゃない」
「人間が魔界に行けるものか。ものの十秒で悪魔共に殺されるぞ」
「いいや違う。殺すのは俺の方だ」
「何?」
「俺は悪魔を殺すために生まれた」
すると、横から笑い声が聞こえた。一人ではない。何人もの笑い声だ。信長が振り返ると、いつのまにかバイカーたちが信長の周りに集まっていたのだ。数は6人。皆が耳にピアスを開けていたり、腕に入れ墨を彫っていたりしている。
「面白い冗談だな」
「人間が悪魔を殺せるわけねえだろ」
「俺達は一生奴等から逃げ続けるんだよ」
バイカーたちは信長の耳元で絶望に塗れた渇きの声を出している。悪魔の恐ろしさに屈服し、前に進むことを諦めた者達だ。同じ人だが、考え方は根本的に信長とは違っていた。
「フフ」
信長は笑っていた。強面のギャングに囲まれて。
「なに笑ってんだ!」
ギャングの一人が声を荒げている。そんな血に飢えた猛獣に、信長は諭すようにこう言った。
「お前達は臆病者だ。恐怖に喘ぎ、心の武器を捨ててしまった脆弱な人間」
「なんだと、ごら!」
バイカーの一人が掴みかかってきた。しかし、信長は比較的冷静な態度だった。暴れることも無ければ、抵抗する素振りすら見せなかった。
「お前達に俺が殺せるか?」
すると、ギャングの一人が殴り掛かってきた。その弾みに、掛けていたサングラスが地面に落ちる。ところが、恐怖に顔を歪ませているのは、殴られた信長では無く、ギャングたちの方だった。一人残らず一瞬で顔を青白くさせている。
「ひ……ひぃ!」
「俺が怖いか。俺という存在が怖いのか?」
目だ。信長の目は片方が赤色に染まっていた。黒と赤のオッドアイが示す物、それは堕天使と人間の間に産まれた悪魔の子だった。
「悪魔の目だ。瞳に業火を宿してやがる!」
「おいおい、さっきまでの威勢はどうした?」
不意に信長が立ち上がった。その瞬間だ。ギャングの一人が尻餅をついた。そして、この男は信長に嬲られる様に睨まれると、泣きべそをかきながら股間を濡らし始めた。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
「に、逃げるぞ!」
ギャング達は信長に恐れて逃げ去って行った。しかし、外に逃げた筈のギャング達の断末魔が店内に漏れ聞こえてきた。何事かと思った信長は、サングラスをポケットにしまいこみ、全速力で駆けて外に出た。
――瞬間だ。信長の眼前に広がった光景は血の海だった。巨大なカラスの群れに襲われ、逃げ惑うギャング達が次々と死肉へと変貌していく。その光景を目の当たりにした信長はホルスターから拳銃を取り出した。
「黒翼死鳥か。俺を追って来たのか」
標的を発見したカラスは、鋭利なクチバシを尖らせて此方に接近してきた。バサバサと大きな羽音を立てて。
対する信長は、奴等を迎え撃つかの様に、上空にハンドガンを構えて引き金を引くのだった。