第二夜 その二
唯:いとこの思い人に会いたいのです。
?:何故
唯:彼女に伝えなければならないことを、あと一日で伝えられなかったからです。
?:そうか
唯:二日間、二日間でいいのです。
?:仕方がない、二日だけだ
唯:有り難き幸せ。
?:通常では許されないことだ
唯:ええ、わかっています。
?:すべて伝え終われば、お前はここへ戻る、いいな
唯:ええ。
「私、小百合さんが憎いです」
唯ちゃんは上目づかいで睨んできた。
「やっぱり、蒼井君に恋愛感情あったんじゃないの」
有り得ない。絶対あり得ない。そんなこと、あり得ちゃいけない。
「だから、違うって言ってるじゃないですか」
「ご、ごめん」
唯ちゃんがあんまりに酷く睨んでくるので、私はつい怯んでしまった。
「幸助お兄さんが事故に遭った場所、覚えてますか」
「えっ」
あまりにも急に話題を変えられてうっかり変な声を出してしまった。唯ちゃんはそんな私を全く気にもせず、地面を睨み始めた。
「スーパーの近くの交差点、だったと思う」
「はい、そうです。放課後、学校の帰り道だったそうですね。ところで、小百合さん。その交差点が幸助お兄さんの帰り道とは全く違うところにあったこと、知ってましたか」
初めて知った、と私は首を横に振る。唯ちゃんは、私の反応なんか全く見向きもせず、未だに地面を睨んでいる。私の答えなんてどうでもいいのかもしれない。
「では、何故、幸助お兄さんがその交差点に行ったんでしょう。わかりますか」
そんなこと、わからないわ。だって私は、蒼井君じゃないもの。いえ、ですが、よく考えればわかるじゃないですか。例えば、スーパーに用があっただとか、その辺の友達の家に行く予定だっただとか。きっとそうだ。だって、それ以外考えられないもの。それ以外、特別な理由でもあったのかしら。
「小百合さんが今考えていること、絶対違います。正解は」
唯ちゃんは一旦息を吐いた。そして、大きく息を吸ってから、重い口を開いた。
「小百合さんに伝えに行くため、です」
何で。何でそうなるのよ。有り得ないわ。そんなこと。そうよ、こんなのちょっとした冗談に決まっているわ。そもそも、私と蒼井君が両思いだっていうところから嘘なのよ。ええ、きっとそうにきまってる。
「小百合さん、今、疑っているでしょう。でも、私さっき言いましたよね。小百合さんが憎い、って。だって、幸助お兄さんが小百合さんのこと好きになりさえしなければ…」
唯ちゃんはその先の言葉は言わなかった。ぐっとこらえているようだった。きっと、これが唯ちゃんの本音なんだろうな、と思った。
でも、それを言われてしまったら私もどうしたらいいのかわからない。好きだった人が交通事故で死んで、その原因が自分だった。あまりにも酷い現実だ。どうして逝っちゃったの、っていつも考えていたのに。それが結局、私だった。何でかな。何でこうなったんだろう。私だってこんな結末望んでない。いや、私だけじゃない。きっと皆そうだ。誰も蒼井君の死を望んでいない。ああ、この結末を呼んだのは私だったんだ。私が蒼井君を好きにならなければ。私が蒼井君と出会わなければ。
「私だって、こんな結末なんて」
私は目頭が熱くなるのを感じながら、大きく息を吸った。
「望んでいないわっ」
自分でもかなり驚いた。こんなにも大きな声で怒鳴ったのは初めてかもしれない。ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。幾筋もの涙の跡を、さらに大粒の涙が流れていく。
辺りは嫌な静けさに満ちていた。唯ちゃんは私が怒鳴ったことに驚いて一度顔を上げたが、またうつむいてしまった。唯ちゃんは、だんだん申し訳なくなったのか、足をもじもじさせている。
「ごめんなさい。つい、言ってしまっただけなんです。私が言いたかったのはこんな嫌味じゃないんです」
唯ちゃんは上目づかいで謝罪し、少し微笑んだ。だけど、その微笑みは少し引きつっていた。
「私が怒っているのは、小百合さんの態度です」
「態度って。どういうことかしら」
私は唯ちゃんの態度こそどうなのか、とか考えながら、少しキレ気味になってしまった。
「幸助お兄さんがいなくなってから、小百合さんがどういう風になったのか見てみれば。小百合さんは、まるで、死んでしまった人への思いなんてって感じで。つまり、私は傷一つついていませんって感じです」
言い返せない。唯ちゃんの言っているとおりだ。そうだ。私は、傷なんて一つついていない「私」を演じてきた。もうこの世界に存在しない人に、未だに恋心を抱いているなんて。そんなの誰にも言えない。
「そんなの、駄目です。それじゃあ、いつまで経っても、幸助お兄さんの死は受け入れられないままですよ。そうでしょう。自分でもわかっているんじゃないですか」
「ああもうっ。そんなに私のガラスのハートを抉らないでよ」
「ええっ。小百合さんの心ってガラスのハートだったんですかっ」
「嘘ウソうそ。そんなわけないでしょ」
何で今、こんなにも楽な気持で唯ちゃんと話せたんだろ。今まであんなにもピリピリしていたのに。
「あのさ、唯ちゃん。私、叫んで良いかな」
「良いですよ」
わかった。つまりこういうことだ。
「ごめんなさーーーーいっ」
ずっとそうだったんだ。私は、今まで、色んな罪悪感を抱え続けていたんだ。私は、蒼井君に申し訳ないと思っていた。いなくなっちゃった蒼井君のことをずっと好きでいたことも、自分の勇気の無さを理由にきちんと自分の思いを伝えられなかったことも。ずっと、ずっと謝りたかった。だから、今まで嫌な、モヤモヤした気持ちだったんだ。ここに来て、唯ちゃんに出会って、きっと自分を変えられるって心のどこかで期待していたんだ。人に卑怯だとか思っておきながら、私もなかなかの卑怯者だ。
「ありがとう。すっきりした」
「そうでしょうとも」
「ねえ」
「なんですか」
「知ってたでしょ。わかっていて、私に会いに来たんだ」
「否定はしません」
「やっぱり」
「あの」
「何かしら」
「私、いっこだけ嘘つきました」
「え、何」
「私もこの世にいないのです」
しん、と静まりかえる。唯ちゃんは顔をしっかりと上げて、満面の笑みでにこにこしていた。今度は引きつっていない。
「私、おととい、上の方に逝きました。ずっと、幸助お兄さんのこと、小百合さんに伝えたかった。でも、命が持たなかった」
唯ちゃんは自分の掌をじっと見つめ始めた。その掌は、だんだんと色が薄くなっていき、手首から上がすっと消えた。
「ほら。ちょーっとカミサマにお願いして、二日間だけ、この世に訪れたのです。それで、小百合さんに伝えたい事を伝えられたら、向こうに帰る約束なんです」
「意味が、わからないのだけど」
「説明したいところですけど、もう時間です。へへっ、シンデレラの魔法が解けた時見たい。ファンタジーだなあ」
唯ちゃんの足も、いつの間にか消えていた。そして、ついには腰のあたりまで消えてしまった。
「待って。私、やっと唯ちゃんと仲良くなれたと思ったのにっ」
「私もです」
じわじわと腕も消えて、とうとう、首から上以外が消えて行ってしまった。
「さよなら。いや、バイバイ。またね」
ついには、唯ちゃんの体全てが消えてしまった。
「嘘、でしょ」




