第二夜 その一
星の降る夜、私は家から少し離れたとある墓地に来ていた。本当は来たくなかった。あの子、唯ちゃんとはもう、話したくはなかった。あんなデリカシーのない子と話すなんて、正直、もうごめんなのだ。だが、どうしても気になってしまった。あの「どうしても伝えたい事」が。あのような言い方をされたら、誰だって気になってしまうではないか。まったく、可愛い顔をして卑怯な手を使うなあの子は。
私は早歩きで墓地の奥へ向かう。唯ちゃんは先に来ているだろうか。昨夜、私を陰でこっそり見ていたくらいだ、五時間待っていたとか言い出してもおかしくはない気がしてきた。
「あ、小百合さん。こんばんわ。来てくださったんですね。ありがとうございます」
やっぱり、いた。本当に予想が当たってしまった。
「どれくらい、待ったの」
「やだ、なんか恋人同士見たいです。へへへっ。私、十五分くらいしか待ってませんよ」
なんだ、よかった。これで本当に五時間待っていましたとか言われたらどうしようかと思った。っていうか、なんだ、その余裕物ぶっこいた冗談は。
「あ、でも私、ずっとあそこの病院から見てましたよ。ほら、暗くて分かりにくいかもしれませんが、これ入院してる人の服です。私、入院してるんですよ」
確かに、唯ちゃんは水色一色のパジャマみたいな服を着ている。いや、待て。入院していると唯ちゃんは言った。まさか。
「難しい病気、ではないよな」
「難しい病気、ですよ。あと三年の命です」
嘘だろ。唯ちゃんまで、唯ちゃんまでいなくなるのか。そんな。だって、まだ知り合ったばかりではないか。
「あ、すみません。雰囲気悪くしちゃいましたね。うちの家系、体弱い人、多いんですよ。でも余命三年とか決まってるのは私だけです。幸助お兄さんは、体の強い弱い関係なかったですけどね」
そうだ。蒼井君は交通事故で死んだ。
でも、どうなんだろう。もし、もし私が蒼井君のお母さんだったら。息子を亡くして、それから四年後に姪が死んでしまったら。きっと、私は心を確かに出来ないだろう。きっと、世界を、運命を恨むだろう。どうして、どうして私の周りばっかりって。
私だったら、絶対いやだ。そんなの怖すぎるよ。
「ねえ、昨日の話の続きだけど。唯ちゃん、本当は知ってるんじゃないの。私の答え」
私は唯ちゃんの顔をまっすぐ見て聞いた。唯ちゃんは、苦笑いをした。
「あはは。ばれましたね。そうです。知ってました。卑怯ですよね、私。本当に、昨夜はすみません」
唯ちゃんは目をそらしてから静かに言った。
「いいの、もう。大丈夫。ねえ、質問があるの」
私は唯ちゃんに目をそらされてもなお、唯ちゃんを見つめ続けた。
「何ですか」
「逆に、唯ちゃんは蒼井君のこと、いとこのことをどう思っていたの。っていうか、唯ちゃんってそもそも私より年上だったりするかな。いや、しますか」
「まさか、年上なわけありません。私、小百合さんと同じ年ですよ。えへへ、意外ですか」
あら、まあ、そうだったの。背の高さからして一個下あたりかと思っていたわ。
「ちょっとね。良かった、年上だったらため口って失礼だなーって。今更気付いた、私。っていうか、どうして同じ年だってわかっていたのに、ため口じゃないって言うか敬語なわけ」
そうよ、そこなのよ。いや、でも。どうしても同じ年の友達だったとしても敬語使っちゃう人って意外といるのかも。そして唯ちゃんがその例、みたいな。うん、あり得る話よね。それに、あまり話したことのない人だもの、全くおかしくないわ。
「えーと。その、なんとなく、小百合さんの、オーラというかなんというか。それに私が怖気づいたと言いますか。ねえ」
ねえ、って。そんなこと言われても。同意を求めないでください。ってか、原因私だったのか。私からそんなオーラ出てるのか。いや、出てないだろ。そんなの出した覚えはないぞ。むむ、これは大きな問題だ。いや、私にとってのだからな。もし私からそんなおかしなオーラとやらが溢れ出ているとしたら。いや誰も溢れ出ているとは言っていないな。いやはや、これは大問題である。そんなオーラが出ているのなら、私は同じ年の女の子でさえも寄せ付けない程のオーラが出ているとしたら。私に友人が出来なくなるではないか。いやこれはなかなかの大問題である。
「私、幸助お兄さんのこと恋愛対象として見たこと、ありません。なんというか、幸助お兄さんってちょっとぶっきらぼうっていうか。そういうところ、あるじゃないですか」
私がくだらない思考に浸っていると、唯ちゃんは突然真剣な眼差しで私を見つめ返した。私は少し驚いてうろたえた。そして私は唯ちゃんの言うことに同意の意思を込めて頷いた。
「でもなんだかんだで優しいなーって。そういうところ、お兄ちゃんっぽくて。私、一人っ子だから、なんだかお兄ちゃん出来たみたいで嬉しくって」
唯ちゃんは目を逸らして少し照れたように頬を赤く染めた。なんだか、こういう子って妹にしたくなるなあ、と私は頷く。
「幸助お兄さん、好きな人がいたんですって。へへっ、青春ですね」
「えっ」と私は驚きのあまりよろよろっと後ろに崩れ落ちそうになった。
嘘だ。だってそんなの聞いたこと無い。知らなかった。好きな子って、誰だ。香織ちゃん、凛ちゃん、綾花ちゃん。いや、鈴子ちゃんもあり得る。誰、蒼井君の好きな子って。誰なの。香織ちゃんとはよく話してたよね。凛ちゃんとは運動部同士で仲良かったし。綾花ちゃんとは席が近くてよく勉強教え合ってたよね。鈴子ちゃんとは幼馴染らしいし。うーん。皆、あり得そうだけど。でも、やっぱり、蒼井君に好きな女の子がいるなんて噂、聞いたこと無いや。
「驚いてますね。それはそうです。皆さん内緒にしてたらしいですよ。幸助お兄さんがその件についてうるさかったらしくて」
なるほど、それは私も知らないわけだ。うむ、納得した。でも、そんなに内緒にするって。どうなんだろ。もしかしたら、その人が蒼井君を友達としか思っていなくて、それに気付いていた蒼井君が気を使って内緒にしてたとか。いや、その子があまりにも鋭い子だったっていう可能性も無くはないかな。でも、そんな子いたかな。
「誰なのか、滅茶苦茶気になっているでしょう。へへへ。さて、幸助お兄さんが好きだった女の子はだーれでしょう。ヒント、同じ年の女の子です」
「香織、ちゃんとか」
「ぶー。全然違いますー」
「ええっ。じゃあ、凛ちゃんかな」
「ぶっぶー。その人、私聞いたこともありませんー」
ええっ、誰なの。本当にわかんない。香織ちゃんも凛ちゃんも違うとなれば、やっぱり綾花ちゃんか鈴子ちゃんだよね。
私は頭を抱えて、「んー」「むうー」「えー、でも」とぼそぼそと呟いた。その隣で唯ちゃんは満足げににこにこと微笑んでいた。
「ごめん。わかんない。教えてください、唯ちゃん」
最終的に、私は諦めて降参した。唯ちゃんはつまらなさそうに「えー」と言い、少し私を睨んだような気がした。
「んんー。しょうがないですね。幸助お兄さんの好きだった人、それは」