第一章 航宙試験 (2)
(2)
次の朝、重い頭を冷たいシャワーで吹き飛ばしたシノダ中尉は、ヘンダーソン中将と一緒に艦制本部から迎えに来た中佐と共に軍事衛星アルテミス9からシェルスターの反対側にあるミルファク星系軍研究開発衛星に来ていた。更にエアカーで移動すると軍関係者でも特別な許可がない限りは入れない機密中の機密部署、「航宙艦開発センター」のゲートをくぐった。ブリーフィングルームで設計思想と構造の説明を受けたヘンダーソンは、開発課長の少佐と共に建設中の航宙戦艦ヤードにいた。
「ヘンダーソン中将、これがアガメムノン級航宙戦艦の新型艦です。艦型はアガメムノン級に属しますが、機構はずいぶん改良が加えられています。最大の改良は、中将の乗艦アルテミッツのレーダー走査範囲が7光時であるのに対し、この新型艦は14光時あります。ほぼ大型星系の四象限の全てが走査範囲に入ります。次に改良したのが最大艦速です。従来艦の2倍です。これにより1光時を5時間で移動可能になりました。更にシールドの強化。従来は前方にだけ展開していた搭載主砲に耐えるシールドを、後方にも展開可能にしました。ミールワッツ星系における戦闘の教訓です。更に搭載しているmk271cアンチミサイルレーダー網を従来の艦半分の大きさから全体を包み込める大きさまで展開できるようにしました。それに合わせ艦内も工夫が施されています」それを聞いていたシノダは、「すごい」と顔に隠しきれないほど驚いていた。ヘンダーソン中将に目をやると眉間に皺を寄せて、
「開発課長、艦速が早くなるのは良いが、この艦だけ早くなっても実戦では使えないぞ」と言った。開発課長は、待っていたかの様に
「今回開発した推進エンジンは、核融合炉のエネルギー出力口から推進ノズルの間にリバースサイクロンモードという機構を設けました。これはパッケージ化できますので、他の艦への転用が容易にできます。今回は、この艦以外に既存の艦にもこの機構を取り付けてテストする予定です」自身ありげに言う開発課長にヘンダーソンは、
「開発課は良い仕事をしているな」と言うと開発課長は、顔に満面の笑みを浮かべた。
「それでは、内部について説明します。艦橋に行きましょう」と言って歩き出した。
艦橋に着くと中では、作業員であふれていた。開発課長は、
「はじめに多次元スペクトルスコープビジョンを説明します」そう言って近くにいた作業員に指示をすると、スコープビジョンが表示された。ヘンダーソンは思わず目を見張った。スコープビジョンは、見慣れているだけに違いがはっきりと分かった。レーダー管制官の前も変わっている。開発課長は引き続き
「デモ用ですが」と前置きをした後、「スコープビジョンを3Dにしました。前に出るのではなく、奥行きを取った感じです。これにより、従来レーダー管制官の前にあった4象限レーダーを廃止しました。スコープビジョンで立体的に映像化します。1つの星系と艦体の位置が立体的に見えるようになりました」説明を聞いていたシノダ中尉は、目を大きく開けて感心していた。「すごいな。これで宇宙空間にでたらどれだけすばらしい映像を見る事が出来るのだろうか」そう思いながら、止む事のない開発課長の説明を聞き入っていた。
それから1カ月後、ヘンダーソンは、ウッドランド大将のオフィスに来ていた。
「ヘンダーソン中将、次のミッションが決まった」ウッドランドの言葉に、目じりを少し上げたヘンダーソンを見透かしたように
「心配するな。ミルファク星系への支援はない。航宙経路開発だ」そう言うと大将付武官に目配せした。
ウッドランドとヘンダーソンの前のテーブルの上にミルファク星系を基点にヘビーグラビティゾーン(超重力磁場)の時計回りに光点が進んでいく。ミルファク星系の隣にあるADSM24、次にADSM67、ADSM82と光点は進み、そしてミールワッツ星系とその周辺星域の3D映像が浮かび上がる。ウッドランドは、ポイントペンでADSM24を指しながら、
「現在、へービーグラビティソーン(超重力磁場)の時計回り方向は、ADSM24方面からミールワッツ星系までの経路が確認されているが、今回の件で、更に一回り遠い経路を開発し更なる資源星系の発見に努めようというものだ。ミルファク星系は、西銀河連邦内の銀河系ノーマハンドのはずれにあるが、ノーマハンドの中央に深く航路を開拓することが目的だ。ADSM24に一度跳躍してもらいADSM24のADSM67の反対側にある跳躍点に入ってほしい。一度言葉を切ると
「更に今回はもう一つのミッションがある。中将も知っている通り、アガメムノン級航宙戦艦の改良型の航宙試験は終わっているが、実戦レベルでの確認が終わっていない。よってその確認とスパルタカスの後継機として開発された新型戦闘機「開発コードFC38」のテスト飛行も兼ねている。今回の航宙経路開発には、その対応として開発技術者も同行することになっている。出発は1カ月後だ。それまでに艦隊の整備と出動の準備を終わらしてくれ。これは星系評議会の決定事項だ」これを聞いたヘンダーソンは、
「ウッドランド大将は、ADSM24のADSM67方向跳躍点とは別の跳躍点に入ると言っていますが、そこはいまだ未知の航路です。何日かかるか、またどこへ出るか解らない跳躍点に入り込むには、色々な準備をする必要があります。1ヶ月の準備期間は足りないと考えます。延長は出来ないでしょうか」そこまで言うとヘンダーソンはウッドランドの顔を見た。
「ヘンダーソン中将。私も既にそのことは、キャンベル議員に言った。ミールワッツ星系の攻略に3個艦隊を投入している中で、キャンベル議員も自分の足元を固める必要を感じたのだろう」ウッドランドは、ヘンダーソンに「理解できるだろう」という視線を投げた。ヘンダーソンは束の間、黙っていたがやがて頷くと「今回の航路開発の目的、理解しました。最大限の努力をします」と言って敬礼をした。ウッドランドはヘンダーソンに「これが今回のミッションの命令書だ」そう言って1つのパネル型封筒を渡した。
ユーイチ・カワイ大佐は、第17艦隊空戦司令アティカ・ユール准将と共に「ミルファク星系軍研究開発衛星」の中にある最高機密レベルの「航宙機開発センター」にいた。
「これが、今回開発されたスパルタカスの後継機です。開発コードは「FC38」です。実戦配備する前なので正式名称は付いていません。スペックは先程お渡しした資料に記載してありますが、全長20m、全幅6m、全高6mと形状、大きさ共、少し異なりますが、現在のアルテミス級航宙空母のランチャーにこのまま装備可能になっています。
変更になったのは、砲、推進エンジンそして視野範囲です。従来の粒子砲は、両弦に密着した収束型1メートル粒子砲を1門ずつ装備していましたが、新型機は、収束型0.8メートル粒子砲を本体から独立した形で片弦に2門ずつ装備しました。この粒子砲は角度可変型で最大角度が水平0度から直角90度動きます。そしてオプションとしてこの4門の収束型粒子が発射後、1つに収束するモードにすることにより射程距離を従来の3万キロから5万キロまで延長することが可能になりました。もう一つは、対艦近接用として粒子砲を拡散モードで撃つことを可能にしました。射程は2万キロと短いですが、駆逐艦並みに破壊力があります。次に推進エンジンですが、エターナル噴射炉から推進ノズルの部分をリバースサイクロンモードにすることにより、従来の2倍の速度で移動が可能です。先の戦闘でリギル星系軍のミレニアンとの戦闘から得た情報により改良を加えました・・・」開発課長の話を聞きながらカワイは、これだけのスペック向上は搭乗員にも負担が大きいなと考えていると開発課長が「そして、最後ですが」と少し声を大きくして
「今回の改良の最大のポイントは視野視覚です。従来はヘッドアップディスプレイにより航宙時は120度程度の視覚範囲でしたが、今回開発した「オールビュースクリーン」は、全方向が視野範囲になります。搭乗員は宇宙に浮かんでいる様な感覚で新型機を操縦することになります」そこまで言うと自信ありげにユール准将とカワイ大佐を見た。カワイは開発課長と視線を合わせると
「開発課長いくつか質問がある。第一に航宙速度の向上による搭乗員への負担はどの位増加する。第二にオールビュースクリーンにより戦闘時の視覚が広くなるのは助かるが、射撃ポイントセンスと攻撃管制コンピュータとの連動は何度まで可能なのだ。急激な姿勢制御は、搭乗員への負担が大きくなる。そして第三に収束型と拡散型攻撃はどの様に切り替える」質問にしたカワイに開発課長は、
「第一の質問ですが、搭乗員への負担は従来通りです。現在装着して頂いているパイロットスーツが「インターゲル封入」型でパイロットスーツの内側についているセンサーが搭乗員の体液の流れに敏感に反応して急激な移動を体に感じさせないようになっています。よって機体の急激な変化を体に伝えません。第二の質問ですが、射角はオールビューです」カワイは一瞬「えっ」と思ったが開発課長はそれを無視して
「もちろん真後ろに射程内の目標が あったとしてもその時点で180度姿勢変更は行いません。体がさすがにもちません。機体を一度転回させるとてからコンピュータ管制により射撃を行います。そして第三の質問ですが収束型粒子か拡散型粒子かは、攻撃管制コンピュータが目標との間を計算して最適な選択をします。搭乗員は従来通り、目標視認のみを行い、ヘッドセンサーから攻撃を意志読みとらせて下さい」そこまで言うと開発課長は「いかがです」という風な表情でカワイを見た。
ユール准将は、カワイ大佐に
「私と一緒にここに来た理由は君にこれに搭乗してもらいテスト飛行を行ってもらう為だ。気に入らなかったか。新型機は」というと
「いえ、そんなことはありません。新型機の初飛行を行わせて頂けることは航宙隊士官パイロットとして大変光栄です」
しかし、腹の中で「実際に乗ってみないと解らない。特に可変型粒子砲は、実戦で使えるのか。形状も・・何と言ったか、魚をすり潰した・・カマボコとか言う食べ物が昔あったそうだが、今度はアイスキャンディの両脇に棒が2つ棒が付いている感じだな。デザインセンスとかないのか。確かに乗り心地はよさそうだが。最も宇宙空間では航宙時に地上のような抵抗がないからあまり気にすることでもないが」と思いつつ、新型機に見入っていた。