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おじさんはロマンチスト

作者: 鉄下 学

 美和は、また職を変えることになった。


 折角、友達が紹介してくれたコンビニ店員の仕事だったが、店長と折り合いが悪く、つい

 「あんたなんかがいる店でやってられねぇよ!」

と捨て台詞を吐いて出てきてしまった。

 先週のことである。


 何日間の給料は貰う権利はあるのだが、美和は取りになど行けやしない。

 そんな性格なのだ。


 財布の中には3万2千円と少ししかない。

 明日には、アパートの家賃4万3千円を払わなければならない。

 この街では安い掘り出し物件だったが、今の美和にはきつい金額である。

 アパートの入居時に、「身分のしっかりした人でないとねぇ」と大家さんに言われ、

「はい、ちゃんとデパートに勤めてますから」と言ってしまっていた。


 確かにそのときはそうだった。

 嘘などはついていない。

 アルバイトだが、デパートの食堂のウエイトレスの仕事が決まっていた。

 だが、それも半年と持たなかった。


 人と、うまくやれないのである。

 美和は、それは、自分が悪いのではなく、すべて相手が悪いものだと思っていた。

 「ツイてないのだ」と思っていた。



 どうしよう?

 次の仕事を探してはいるのだが、これといって特技のない美和を雇ってくれるところなど、そう簡単には見つからない。

 友達も、その殆どが、過去に仕事を紹介してくれたのだが、それをことごとく辞めてしまったのだから、今となっては紹介もしてはくれない。


 このままだと、家賃どころか、食べるものを買うお金すらなくなってしまう。



 美和は、昨日から、何度かテレクラへ電話をかけていた。

 最後の手段だと思うのだ。

 だが、2万円の金額を口にすると、それだけで切られてしまうのだ。

 「今時、何様のつもりだ」などと罵声を浴びせられることもあった。


 その金額でもいい、という男も数は少ないがいるにはいた。

 それで、実際に指定の場所に行ってみると、それらしき姿は見当たらない。

 俗に言う「すっぽかし」である。


 そうしたことばかりで、時間だけがどんどん過ぎていく。



 今日こそ、何とかしなくては。。。


 美和は、何も食べずにアパートを出てきた。

 もう1円も使わない、そう考えて、小銭入れと携帯電話だけをポケットに入れている。

 兎も角も、少なくとも家賃に不足する1万1千円を何とかして。

 そればかりを考えている。

 食べるとすれば、それを超える額が手に入ってからだと。


 また、公衆電話を探して・・・と考えながら、河川敷にある公園の傍を通る。

 手には、何軒かのテレクラの番号を書きとめたメモを握っている。

 昨日のやり取りを思い出している。

 2万円じゃ、駄目かも。

 でも、それだったら、ふたりに抱かれなければ到達しない。

 1万円だったら、ふたりと出会えるだろうか?


 美和には自信は無かった。

 処女ではないし、セックスの経験だってちゃんとある。

 だが、それは、すべて相手が勝手にやっただけで、自分から仕掛けたことなど1度も無い。

 ましてや、1日に、2度の経験も無かった。

 1回だけで、くたくたになる自分を知っていた。


 だが、今は、そんなことを躊躇している場合ではないのだ。

 極端に言えば、生きるか死ぬかの境目だと思う。


 そんなことを考えながら歩いていると、その公園の中からひとりの男が飛び出してきた。

 丁度、階段のあるところである。

美和がその男とぶつかった。体が吹っ飛ばされる。


「ごめんなさい!」

 男は、大きな声で謝って、美和の傍に駆け寄ってくる。

「怪我はない?大丈夫?」

 男は、かなり困惑している。


「ゴメンね、階段から飛べるか、試してたんだ。」

 男は、そう言いながら、頭をかいた。

 よく見ると、五十歳を超えたようなおっちゃんである。

 美和は、その話を聞いて、つい吹き出してしまった。

 五十歳を超えた中年のおっちゃんが、公園で、階段から飛べるかを試してたというのである。

 なんとも滑稽な話である。


 男は、美和が立ち上がると、その背中やジーンズの埃を払ってくれた。


「本当に、大丈夫?怪我は無かった?」

 男は、なおも心配そうに聞いてくる。

「うん、大丈夫。じゃ、行くから・・」

 美和がそれで離れようとすると、後ろから男が追ってきた。

 そして、美和の前に回りこんでくる。

「しつこい奴」と美和は思った。

 だが、男は、財布から札のすべてを取り出して、

「ごめん、これしか持ち合わせが無くて。」

と言って、千円札を何枚か差し出した。

「お詫びの気持ちだから。受け取って。」

 美和は驚いた。

 ただ、ぶつかっただけである。しかも怪我をするほどでもない。

 なのに・・・・・と訝しく思う。


「嘘でしょう?からかってるの?」

 美和は、口ではそう言った。

 気持の上では、今にも両手が前に出そうなのだが。

「これって、お財布の中の全部でしょう?後で困らない?」

と、男の顔をじっと見る。


 男は、何事か頷きながら、

「あのねぇ、実はこれからハロー(職安)に行くんだ。」

「おじさん、失業中なの?」

「そうだったんだけれど、ハローからある工場の仕事を紹介されているんだ。」

「そう、それは良かったじゃない?」

「うん、だけどね、給料も安いし、重労働なんだ。」

「でも、仕事あるだけ、ましだよね。私なんか・・・」

「それで、それを受けるかどうか、あの階段で試してたんだ。」

「えっ!・・・・・どういうこと?」

「5段のところから飛んで、こけなかったら、この仕事やろうと思って。」

「それで、私とぶつかったの?」

 美和は笑えて来た。


「うん、君のお陰で、僕はこけなかった。君が代りにこけちゃったけど。」

「あははは・・・・」

 美和は本当に笑い出した。


「だから、これはそのお礼。じゃあ、そういうことで・・・」

と、男は何枚かの千円札を美和の手に握らせて、元来た方向へと戻っていく。


 美和は、振り返って、軽く頭を下げた。

 そして、受け取った千円札を手の中で確認する。

 そこには、10枚の千円札と2枚の五千円札があった。


 ふと気付くと、手に持っていた筈の、テレクラの電話番号を書いたメモがなくなっていた。



(完)




この短編は、あるブログに『ロマンチスト』というタイトルで書いたものを加筆・修正したものです。

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― 新着の感想 ―
[一言] おじさんという名の天使ですね! 美和ちゃんが暗い世界にはまるのかな・・・と、不安でしたが、良い意味で裏切られて心が温かくなりました。 また素敵な作品を期待しています!
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