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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 過去と赤提灯と雑談と

作者: 綿屋 伊織

饗庭樟葉の回想より

 水瀬悠理と初めてと出会ったのは、確か小学校三年か四年の頃、長野に遊びに行った時だったと覚えている。

 目のクリクリした可愛らしい女の子。というのが第一印象だった。

 子供は私と悠理だけ。大人は酒の席。

 となると、悠理の面倒は私が見ることになる。

 当時、妹が欲しかった私は、念願が叶ったような気がして、遥香様や母から、「お姉さん」と呼ばれるのが何よりうれしくて、それはお姉さん風ふかせもした。

 ただ、私は私なりに一生懸命、いいお姉さんたろうとしただけなのだ。

 しらなかったとはいえ、温泉の女風呂へ悠理を連れていき、大騒ぎになったことなど、思い出したくもないが…。


 その悠理と再会したのは、よりにもよって戦場と化した、かつて共に遊んだ地。

 共に騎士として、だ。

 私の後をついてくるだけだった悠理は、いつのまにか、私が頼りとするほど強くなっていた。

 逞しく、とか、凛々しく、とかいう言葉は、全く縁がない。

 見てくれは、昔のまま成長したことを示していた。

 ただ、外見とは裏腹に、悠理は「強く」なっていた。

 それが、「お姉さん」としては、うれしくもあり、さみしくもあり……。


 悠理から、「友達」という言葉を初めて聞いたのは、再会してからしばらくしてのこと。

 英国国教神聖騎士団と共同戦線をとっている最中のことだった。

 いつも司令部の隅でぽつんとしていた悠理が、気がつくといない。

 どこに行っていたと尋ねると、

 友達の所

 と言う。

 戦場のまっただ中で、友達という言葉が出てきたことに、正直驚いたが、その友達が、あのルシフェル・ナナリだということに、さらに驚くことになった。


 ルシフェル・ナナリ


 前評判が強すぎるせいか、魔法騎士としてしか、最初は見ることが出来なかったが、この子もかなり浮世離れしているというか、世に慣れていない、不器用な子、つまり、悠理の同類だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。

 とにかく、コミュニケーションをとるのが大変。

 会話のキャッチボールがまるで出来ない、話しかけても、必要最低限のこと以外を話すことをしない、いや、出来ないのだ。

 何を話していいのか、いつも困ってしまう。

 当然、話していても面白みにかけ、いつしか会話の中から外れている。

 悠理もそうだ。

 だからだろう、組織の中では孤立していた。

 ま、同い年だし、悪い話ではない。程度にしか、当時の私たちは誰も考えていなかった。

 

 まだ、悠理が大規模な戦いに参加していなかったせいもある。

 

 悠理が、当時から欧州最強レベルと言われていたルシフェル・ナナリの背中を任せても大丈夫なほどの実力者だと、私ですら知らなかったのだから―――。


 そして、二人はいつしか、完全に単なる騎士から兵器へと、周囲の扱いをさらに悪化させ、孤立を深めていった。

 

 二人が友達として、いや、同類同士として一緒にいることが多くなると、自然と、二人の恋人説が軍内部に流れ出した。

 誰がいうともなく、だが、それが、好奇心でもあり、二人という特異な存在同士へのせめてもの同情でもあったのかもしれない。

 初めて聞いた時、私はルシフェルが悪趣味だとか、悠理が背伸びしすぎだとか、確かに困惑した。

 それは、弟に彼女が出来た。と聞かされた姉の心境だと、そう思っている。

 つまり、一抹の寂しさだった。


 その悠理が、ルシフェルのことで相談に来る回数が多くなったのは、ルシフェルが、やっと悠理が男の子だと知ってからだった。

 ルシフェルの誕生日に何かプレゼントをしたいとか、

 ルシフェルが口を聞いてくれなくなったとか、

 相談内容は、ごくささいなこと。

 だが、悠理にしては大問題なのかもしれない。

 この子も、友達づきあいなんてしたことがないのだから―――。

 

 最初は、姉のつもりで。

 そして、慣れてくると暇つぶしを兼ねて。

 戦争を忘れる意味で、相談に乗っているつもりで、さんざん二人をネタに楽しんだのは、我々女性騎士達だ。

 ルシフェルがどうこうより、むしろ自分ならば。の立場で悠理にあれこれ吹き込んだものだ。

 悠理は悠理で、一々それを鵜呑みにして、ルシフェルに散々な目にあわされ、泣きながら私の所へ来たのは一度や二度ではない。

 自分が面倒くさかったからとはいえ、洗濯位して欲しいといって、それが彼女の希望でもあると勘違いした悠理が、彼女の下着まで洗濯し、一週間近く、私たちの口添えが有るまで口一つ聞いてもらえなくなったのは、いまでも悪いことをしたと思ってはいる。



 東京某所ガード下

 「ま、あんたと飲むのは久しぶりね」

 「苦労したわよ?取り巻き巻くの」

 「でも、もう少しマトモなところで飲めないの?」

 「何いってるのよ?日本酒は、こういうところで、コップで飲むからおいしいんじゃない!ね?そうでしょ?おじさん」

 「へ?へぇ…まぁ」

 「ほらぁ!」

 勝ち誇った顔をする目の前の女を無視するように、目の前でおでんを皿に盛っている屋台の主に、楠葉は言った。

 「おじさん。ごめんなさいね?騒がしいの連れてきて」

 「いえいえ。お嬢!いや、先々代からお世話になっているんですから!」

 「クスッ。ありがと。でも、おじさんも、いい加減店を持てばいいのに」

 「いやぁ……」

 捻り鉢巻の年老いた男は、頭をかきながら言った。

 「美学、みたいなもんですわ」

 「美学?」

 「ま、箸にもかからねぇクズみてぇな屋台の主の戯言ですけど。でもね?こうして屋台を引いて、店広げて、来るお客と話す。身よりもねぇし、何より、こんな年になると、これしか、たったこれだけが楽しみでねぇ。そんな俺が、店持ちなんて格になると、何かこう、大切な何かが変わっちまう。何十年やってたことが、ね。俺ぁ、それが怖いんですわ」

 はい、ちくわぶ。と主が楠葉の皿におでんをのせる。

 「……」

 「……」

 楠葉も、横の女も、無言で目の前のコップ酒を見つめていた。

 格が上がると変わるもの。

 それは、彼女たちもまた経験してきたことだ。

 「俺は変わりたくない。その代償として、こんな老体にむち打って、毎日屋台引きですわ。ははっ。でもね?この年になって思うんですよ。お嬢様」

 「?」

 「変わることを受け入れても、拒んでも、でもね?人って、気がつくと、どこかでかわっているんですよ。昨日まで何でもなかった屋台引きが、今日には腰に辛いとかって、ね」

 「まぁ、そんなものよ」

 不意に、女が言った。

 「人は変わっていく。変わるからこそ、前に進むものでしょ?」

 「へへっ。俺にゃぁ、学がねぇから、そんな難しいことはわかんねぇけど、お客さん、外人さんなのに日本語上手いねぇ」

 「日本人の子に恋しちゃってね?そりゃ、一生懸命覚えたものよぉ?でもさ。その子がさ?今日だってベットの中までいったのに、邪魔が入ってさ?もう散々。何のために日本語覚えたんだか」

 「動機が不純すぎるって」

 「あらぁ?その年で浮いた話一つない方が問題じゃない?」

 「いいわよ!もうこうなったら独身一直線!親父が嘆こうが知ったことか!」

 楠葉は豪快にコップ酒を空けた。

 「おおーっ!」

 女は無責任にパチパチと手をたたいて喜ぶ。

 「さ、あんたも飲みなさいよ。あんたの失恋記念に!ね?ナターシャ」

 「……あんたもいうようになったわね」

 

 「で、さぁ」

 飲み出してからしばらくの後、ナターシャは楠葉に訊ねた。

 「噂、なんだけど」

 チラリと主を見る。

 「おじさんなら大丈夫よ」

 楠葉は、なんでもないという顔で言った。

 「元・近衛右翼大隊第一中隊長、祖父の上官だった人よ」

 「え?」

 「へへっ。戦闘で右足亡くしましてね。当時の魔法技術では、騎士としてはお役に立てませんでした」

 「あ…………そうなんだ。ごめんなさい」

 「いえいえ。その後、饗庭様ん所のご厚意で足をいただきましてね。今ではなんでもないんですよ。ま、ただ、騎士よりおでんやの主の方が、性にあってたんで、これだけはそのままですけど」

 主は、苦笑混じりで、そう言いながらナターシャのコップに酒を注いだ。

 「よかったじゃない。でさ。楠葉、近衛がルシフェルを採るって噂、本当なの?」

 「アトールには悪いけど、ウチは逆指名よ」

 「ルシフェルが?もう騎士廃業とばっかり思っていたんだけど」

 「そ。ただし」

 楠葉は酒を飲みながら言った。

 「学校への通学は最低条件。つまり、学校に行かせてくれるなら、近衛に入るってさ。……ま、あの子、騎士じゃなければ、今頃、どんな人生歩んでいたのかしら」

 「結構、いい人生歩んでいたんじゃない?体はかなりのもんだし。オトコ作ってウハウハ」

 「……あんた、結局、そこなのね」

 「当然じゃない。それこそがオトコとオンナよ?」

 「……どうせ私に縁ないわよ」

 「ま、オンナをあんたが採用するってなら、オトコはもらっていい?」

 「だから断ったでしょ?」

 「足りなかった?」

 「あんたね。非公式とはいえ、ン千億円払うから水瀬よこせって、国としての常識疑うわよ?」

 「メサイア何騎か建造予算パクれはちょろいわよ」

 「で、手に入れたら、どうするの?」

 「もち、私専用のハーレム作って」

 「こら」

 「いいじゃない。あの子と私の愛の巣よ?あんた達、日英軍が期待したルシフェルと水瀬のカップリングより健全だわ」

 「どこがよ!?」

 「大人のオンナが少年を自分色に染め上げる……ね?」

 「あんた、言ってることが犯罪だって、気づいてる?」

 「ひっどいいいかたねぇ。あーあ。私がもう少し若ければなぁ」

 「私の方が年下だって何度言えばわかるの?やめてよ。こっちまで老けてくるわ」

 「戦争ばかりの人生じゃ、老けもするわよ」

 「戦争中、成長したのはあの馬鹿息子くらいか」

 「全然よ」

 「したわよ」

 「どこが?」

 「内面よ」

 「幼児化が進んでたわよ?あの、なんとか言う女の子に半殺しにされる位弱くって」

 「あの子は非常識すぎるのよ」

 「あの子、何者なの?」

 「……不明。ただの子じゃないから、調べがつき次第、近衛でどうこうするわよ」

 「あの子、人質にとれば、悠理は言いなりってこと?」

 「あのね……」

 「そっかぁ」

 「あんた、今、何考えたか言ってごらんなさい」

 「やだ楠葉ったら!」

 楠葉は、ナターシャが何を考えたのか、聞くことすら止めた。

 「……まぁ、ルシフェルに提示された条件、全部飲んだことだし。あとはあの子次第ね」

 「楽しい。反面、えらくトラブル続きの学校生活になりそうね。近くにいるのが悠理じゃ」

 全くその通りになるのだが、今はここまで。

 この一ヶ月後、ルシフェル・ナナリが来日することになる。


 

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