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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅲ部 心の置き場所は
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終章「礎の未来」―2

「あっ、そ……ですか」

「な~に力説しちゃってんのよ、。そんなことしたら白けるに決まってるでしょうが。第一、王になるならないは、本人の意思が大切でしょう? 昔とは違って、継承順ははっきり決まってないんだから」

 奥から、人数分の飲み物を自走式のお盆に載せて来たは、呆れたような目で富瑠美を見る。

 そして、りんに笑い掛けた。

「お帰り、稟香、美央菜。みんな気が急いちゃって、予定より早く来ちゃったみたい」

「ただいま、お母様」

「ただいま、小母様」

 稟香と美央菜が笑って返すと、二人は背後から首を絞められかけた。

「うわっ!」

「ちょっ! 苦しい!」

 二人がバンバンと腕を叩くと、何とかそれから解放された。

 そして、微妙に怒っているらしい顔に、揃って頬を引き攣らせる。

「お、お父、様……」

「だ~れが、ヘタレだって?」

「それに、かっこよくない? お前ら、誰に向かって言ってんだ? ん? なあ、ゆう、稟香、美央菜?」

 二人が父の背後を覗くと、首を竦めた悠と莉衣奈がいた。

「ご……」

「ん?」

「ごめん、なさい……」

 稟香と美央菜が首を竦めて言うと、睦月むつきこうは頷いた。

「宜しい」

 すると、それを見ていた千紗が、盛大な溜息をつく。

「はあ、全く……あんた達。それでも四十一なの? ほんと、大人気ない……」

 それに、睦月と香麻はムッとした顔をした。

「だって、自分の娘達に『ヘタレ』だの『かっこよくない』だの言われて、ムカつかない父親がいるか? いないだろ?」

「それ、事実と違ってるから。『普段はヘタレ』と『いざと言う時以外はかっこよくない』だから」

 千紗の冷静な突っ込みに、二人は眉を寄せる。

 それは分かっているが、結局『ヘタレ』だの『かっこよくない』だの言われることが気に食わないようだ。

 普段の自分の行いを棚に上げ、拗ねる夫達に額を押さえる千紗へ、悠が恐る恐る訊ねた。

「なあ、母さん……」

「何?」

「稟香達が言ったのは、聞こえたって言われると納得できるけどさ……何で莉衣奈が『ヘタレ』って言ったのまで知ってる訳? 普通に考えて、母さんまで聞こえる訳、ねぇよな?」

 そう言うと、千紗は片目を瞑ってみせる。

「それは……」

「それは?」

 悠がごくりと唾を呑んで見詰めると、千紗は悪戯っぽい表情をした。

 もう四十一になる千紗だが、四十路に差し掛かっているとは思えないほどに若々しく、そんなことをしても許されるようなナニカがあった。

「ひ・み・つ」

 ……語尾にハートマークや音符が付きそうな勢いで言われ、悠達は肩を落とした。

「だと思ったよ……」

 そして、千紗への追及をやめる。

 こういう時の千紗は、非常に口が固いことを、身をもって知っているからだ。

 だからこそ、

(そんな、実はそこら辺をふわふわ漂ってた様――莉衣奈と美央菜の曾々お祖母さんから告げ口されたなんて、言える訳ないでしょ……!)

 と千紗が思っていたことなど、誰も知らなかった。

 実は、の曾祖母である癒璃亜は、いまだに成仏せずにそこら辺をふよふよ漂っているのだ。

 昔は基本的にの周りかおうこくにいた癒璃亜だが、大学を卒業した辺りから、好き勝手にふよふよしていた。

 他の者には姿が見えないが、千紗と由梨亜には無条件で見えてしまう為、何か重要な商談中などに視界に入ると、妙に気になって商談を失敗しそうになり、ヒヤッとさせられることも度々あるのだ。

 そして、二人の他に癒璃亜の姿が見えるのは、ほうきょうとマリミアンだけであった。

 これが喜ばしいことなのか、それとも他の人にも見えた方が嬉しいのかは……千紗には、よく分からない。

 だが、千紗的には気が楽であった。

 少なくとも、そこら辺をふよふよと漂う貴婦人などを一般人が目にすれば、一体どんなことになるのか……想像に難くない。

「それにしても……全く千紗さん、貴女、ご自分の娘への教育がなっていなくてはなくて? 久し振りに会った人間に対して、突然『嫁き遅れ』と言うなんて……それも、自らの両親と同じ歳の女性に向かって。無礼千万にもほどがありますわ。全く、情けない」

 千紗のおふざけを完璧に無視して、富瑠美は眉を上げる。

「本当に、母親がそんなことをしているから、娘がそのように育つのですわ」

 だが、千紗は鼻を鳴らした。

「ハン! 娘なんだからあたしに似るのは当たり前じゃないの! それに、あんたのそういうところ、ほんっとミアン・ストール――元()とよく似てるわね。さっすが親子だわ~」

 富瑠美が産みの母をあまり好いていないことを知っていながら言う千紗に、富瑠美は頬に朱の色を昇らせた。

 あの戦争以来、花鴬国は、王の妻となった女性に与える『王籍名』制度を取りやめた。

 生まれ持った名前を変えることは、人道的にどうなのかという意見が前々からあったからだ。

 また、それと同時に、王族の子供達に決まった音の名前を与えるという習慣も取りやめることにした。

 だから、元々花鴬国の王族であったこう――うんきょう沙樹奈以外は皆、もう王籍名を名乗ることはないのだ。

「お、御母様とわたくしは、関係ありませんでしょうっ! それに、幼いわたくしを育てて下さったのはマリミアン様であって、彼女ではありませんもの!」

「それはそうだけどさぁ、やっぱ血は争えないよ? あたしだって十三までの間はお母様に育ててもらった訳じゃないけどさ、やっぱりどっか似てるもん。あ、勿論性格の方ね?」

 千紗はそう言うと、微妙に顔を逸らした。

「んまあ、あんたとミアン・ストールが、すっごくそっくりって訳じゃ、ないけどさ……。ってか、あんたがミアン・ストールとそっくりだったら、そもそも会話すら成立しないだろうし……」

 冷や汗を掻き、どこか遠い目をする千紗に、富瑠美も微妙な顔をした。

「ま、まあ……そ、そうでしょうね……」

 実は、千紗はミアンと会ったことがあった。

 そして、その時に、

『この人とは絶対合わない! 無理だ、あたしには無理だよ、この人と一緒にいるなんて!』

 と悟ったのだ。

 千紗のようなド庶民性格と、ミアンのような超お姫様性格では、ちょっとした会話ですら――何と、一言二言の会話ですら、全く成り立たなかったのだ。

 二人して、微妙な顔で視線を逸らしていると、華やかな声が割り込んできた。

「ちょっと! また二人とも喧嘩してるの? 相変わらず懲りないわねぇ~、あんた達。厭きないの? そんなに喧嘩ばっかりして」

 その言葉に、そこにいた皆が目を瞠った。

「あっれ~? 由梨亜、帰ってくるの明日じゃなかったっけ?」

 千紗が能天気に首を傾げると、由梨亜は、それはそれは素晴らしい笑みを浮かべた。

「ええ。だけど、みんなが折角来るって言うのに、私だけ仕事なんてつまらないじゃない? だから、頑張って終わらせてきたの」

 その笑みに、千紗は普通に笑ってみせる。

「そっか。じゃあ向こうも、そりゃあ快く、送り出してくれたんだろうね?」

 千紗が含みを持たせて訊ねると、

「そりゃあ勿論! 快く、丁重に、送り出してもらったわ」

 由梨亜も、含みを持たせた笑みで答える。

「それに、向こうにはお父様もお母様も残ってるもの。重鎮がいるんだから、若手の私一人がいないくらい、どうってことないでしょ?」

「うん、そうだね。一日二日、あたし達が抜けたくらいで揺らぐようじゃあ、お父様の手腕が危ぶまれちゃうよ」

 そう言って、二人は――実に不気味に、にこにこと笑い合う。

「あ、あ~、お前ら。ここに、チビどもがいることを忘れるなよ~」

「そうだぞ。こいつらの教育を考えろ」

 睦月と香麻が突っ込みを掛けると、千紗と由梨亜はにっこりと笑った。

 ……はっきり言って、怖い。

 思わず、稟香と美央菜は後退った。

 横目でチラッと窺うと、悠は顔を引き攣らせているし、莉衣奈は両親達から目を逸らしているし、何となく空気を感じ取ったせいろうゆうれんは黙りこくっている。

「あら? これぐらいのことは、ちっちゃい頃から慣れていた方がいいわよ? 経験者の私が言うんだから間違いないわ。そうよね? 千紗?」

「うん。そうだねぇ。あたしも、最初は苦労したもん。なかなか慣れれなくってさぁ。だったら、そういうことは子供の頃から慣れてた方が得でしょ?」

 あっさりと言って退ける母親二人に、父親二人は額を押さえる。

「あらあら。富実樹、旦那様をあまりからかっては駄目よ?」

「私はからかっていません、御母様。ただ、事実を言ってるだけです」

 由梨亜は、隣にいる母に言った。

 そう、皆の視線は全部由梨亜に行ってしまっていたが、実は、由梨亜は峯慶やマリミアンと共に来たのだった。

「それが、端から見るとからかっているように――意地悪をしているように見えるのだよ? 富実樹」

「まあ、御父様まで……」

 由梨亜はそう言って、頬を膨らませる。

「あ、お祖父様、お祖母様! いらっしゃいませ! 叔母様達と言い、お母様達と言い……みんな、とても早いですね!」

 美央菜が顔を輝かせると、その花鴬国側の人間達は顔を見合わせ、そして笑う。

「そりゃあ、ねぇ?」

「僕達だって、早く美央菜達に会いたかったし」

「母上達も、同じ気持ちだったってだけだよ」

 斉朗と悠聯が顔を見合わせて言うと、美央菜はにっこりと笑い、斉朗の頭にぐりぐりと拳を押し付ける。

「あ、ちょ、ってぇ! いきなり何するんだ!」

「ねえ、斉朗? 私、前にも言ったよね? 『美央菜お姉様って呼びなさい!』って。何? あんた、二つ年上のお姉様を、呼び捨てにする訳?」

「た、たったの二つだろうっ?! それに姉弟じゃなくって従姉弟だし、僕らは! それくらいで目くじら立てるなよ! 美央菜! って、つう!」

 美央菜の容赦ない拳に、斉朗はしゃがみ込んだ。

 それを、年長者達は微笑ましく眺め、稟香は大爆笑している。

 何とか立ち上がった斉朗は、ずっと笑い続けている稟香に食って掛かった。

「おい、稟香! ちょっとは止めろよ! ずっと笑ってんじゃなくってさ!」

 すると、稟香はその斉朗の足を蹴り飛ばす。

 途端に斉朗は床に転がり、声も出ない痛みに悶絶した。

「~~~~~っっっ!!!」

「はい、弁慶の泣き所。それにしてもあんた、ほんっと馬鹿ねぇ。ま~たおんなじことしでかして。美央菜だけじゃなくって、あたしまで呼び捨て? ちょっとは年上を敬ったらどうなの? あんたの両親及び叔父様叔母様達は、同い年でも兄姉を敬ってたわよ? 特に富瑠美小母様なんて、由梨亜小母様と二時間しか産まれた時間が変わんないのに、ちゃ~んと『御異母姉様おねえさま』って呼んでるけど?」

「~~~~~くっっ!!」

 痛みと屈辱に床を転げまわる斉朗を尻目に、稟香と美央菜はにっこりと悠聯に笑い掛ける。

「ねえ、悠聯? こ~んな馬鹿なお兄様の二の舞なんてしないよね? 賢い悠聯なら」

「ね? おんなじことしたら、あたし達がどんなことをするのか、もう分かってるでしょ? もう九歳になるんだし」

 半ば以上が脅しの言葉に、悠聯は微妙に顔を引き攣らせた。

「は、はい……美央菜さん、稟香さん……」

 途端に、二人は笑顔になる。

「うん、偉い!」

「さすがは悠聯ね。斉朗よりよっぽど賢いわ! 姉様じゃないのがちょっと惜しいけど!」

 二人に頭を撫でられて、悠聯は微妙な顔をする。

「ね、あん。フェミシア。貴女達も、私を呼び捨てになんか、しないわよね?」

 美央菜が少し哀しげに目を伏せると、途端に二人が飛び付いて来る。

「そんなことしないもん!」

「あんりもふぇみしあも、みおなねえさまとりんかねえさまのこと、よびすてになんてしないもん!」

 つたない口調ではっきりと言い切られ、稟香と美央菜は微笑む。

 そして、ぎゅっと二人を抱き締めた。

「あ~、やっぱ杏璃もフェミシアもかわい~!」

「それに、ほんっといい子! 斉朗とは全っ然違うわね!」

 杏璃とフェミシアはきょとんと目を瞬いたが、稟香と美央菜に腕を回す。

「うん! あんり、みおなねえさまもりんかねえさまもだ~いすき!」

「ふぇみしあも! ふぇみしあも、だ~いすきだよ!」

 その様子に、大人達はくすくすと笑う。

 ……足元を転がり回る斉朗や、妙に顔を引き攣らせている悠聯を放って置いて。

 その時点で、既に皆が大物だということだろう。

 やがて、斉朗や悠聯も落ち着き、苦笑いをして顔を見合わせる。

 ……彼らもまた、明らかに大物の一員だ。

 ここまで、ある意味大物が揃っているということは、少し珍しい。

 けれど、ここにいる誰も、そんなことを気にしてはいなかった。

 ここにいる皆にとっては、全員が『家族』なのだ。

 花雲恭家とほんじょう家の橋渡しをしている、由梨亜であり富実樹である彼女以外の者にとっても。

 それぞれが、普段は気が抜けない状況に置かれているということもあり、ここにいる間は、皆が気を抜いていた。

 それが許されるという安堵感に、心地良さに、酔い痴れながら。



(終)

これで、『時と宇宙を越えて』は完結となります。

ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました!

次に、おまけとして花鴬国の王族をまとめた一覧を載せてありますので、興味のある方はどうぞご覧下さい。


また、別連載で番外編集もありますので、どうぞ宜しくお願いします!

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