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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅲ部 心の置き場所は
69/71

終章「礎の未来」―1

りん! こっちこっち~!」

「あ~、もう! ちょっと待ってよ、! 速過ぎ!」

 十四歳の少女達は、秋の冷たい風も何のその、笑い合い、ふざけ合いながら駆けている。

「速過ぎって、それないよ! 稟香が遅いの!」

 美央菜と呼ばれた少女は、足を緩めて振り返る。

 稟香と呼ばれた少女は、美央菜に追い付くと、ぜえぜえと荒い息をつく。

「でも、美央菜。そんなに走る意味、あるの?」

「勿論! だって、あの忙しい叔母様達が、プライベートでこっちに来てくれるのよ? お母様もとっても喜んでたし!」

「そりゃあそうだけど……時間までまだまだあるよ? あの人達が来るのって、確か一時間後じゃなかったっけ?」

 稟香の鋭い指摘に、美央菜はたじろぐ。

「それは……だけど、早めにお出迎えの準備、したいし……。それに、お母様はお仕事で今日いないもの。小母様って……叔母様と喧嘩腰になっちゃうから、私がいないと仲裁役がいなくなっちゃうわ。何だかんだ言って、千紗小母様も富瑠美叔母様も私に甘いし」

 美央菜がもじもじしながら言うと、稟香は大きく溜息をついた。

「確かに、そりゃあそうだけど? でも、今回来てくれるのは富瑠美小母様だけじゃないでしょ? 小父様と小母様と、小父様とフェミーア小母様。杜歩埜小父様達の子供のせいろうゆうれんと、まだ五歳のかっわいいあんちゃん! 特に杏璃ちゃんのストロベリーブロンドなんて、最っ高に可愛い!」

 稟香がスキップをしながら言うと、美央菜もそれに乗って楽しそうに言った。

「それと、柚希夜叔父様達の子供のファミシアちゃんと、フェミーア叔母様のお腹の中の赤ちゃん! あと、遅れて来る組のほうきょうお祖父様とマリミアンお祖母様ね!」

 二人は、くるくると回りながら笑う。

 実に十人以上も客が来るというのに、実に楽しそうだ。

「楽しみ~! もうそろそろ、叔母様達が来るんだわ!」

「うん。あたしも楽しみ! お母様と富瑠美小母様が、顔を合わせる度に喧嘩するのはちょっと願い下げだけど! おまけに、お母様のとばっちりであたしまで色々言われちゃうけど! でも、他の小母様達はみ~んな優しいし!」

 二人は顔を見合わせてクスクスと笑うと、一直線に駆け出した。

 二人は、自分達の『従姉妹』という関係が、戸籍上のみの物であるということは、物心付いた頃から理解していた。

 そして、それを決して口にしてはならないことも、誰に言われるまでもなく悟っていた。

 二人は、賢かったのだ。

 時々訪ねてくる人達が、美央菜の本当の叔母や従弟妹達、そして祖父母であるということも、ほんの幼い頃から悟っていた。

 戸籍上は従姉妹である彼女らが住んでいる屋敷の前まで来た途端、彼女達は突然立ち止まる。

「お兄様!」

「お姉様!」

 そこに立っていたのは、十八歳の少年と十七歳の少女だった。

 少年の名はほんじょうゆう、少女の名は本条()

 悠は稟香の兄で、莉衣奈は美央菜の姉である。

 ちなみに、悠が生まれた時に

『千紗に先を越されるなんて!』

 と、がぷんすか怒っていたのは余談である。

 まあ、その後(こう)

『一応っちゃあ一応、千紗の方が姉だから! 戸籍上だけでもっ!』

 と慰めて、事無きを得たのだが。

 そして、その後に生まれた同い年の稟香と美央菜は、美央菜の方が一ヶ月ほど先に生まれたということで、今度は逆のことが起こったのであった。

 まあその時は、睦月むつき

『お前には悠がいるだろっ!』

 と怒鳴って、何とか落ち着かせたのだが。

 何ともそっくりで、何とも傍迷惑で人騒がせな(戸籍上の)双子兼親友である。

 ちなみに、その夫同士であり親友でもある睦月と香麻は、お互いに本条家に婿入りし合った同志としても、妻と末娘達の奇行に胃を痛ませていたりする。

「おい、お前らおせぇぞ!」

 悠に眉を顰めながら怒られて、稟香と美央菜はきょとんと立ち尽くした。

「え?」

「何で?」

「何でって、もう叔母様達は着いてるわよ? 貴女達で最後」

 その言葉に、二人は飛び上がった。

「ええっ?! 何でぇっ?!」

「叔母様達が来るの、一時間後じゃなかったのっ?」

「ああ、そう言えば、そうねぇ……そうだったかも」

 あっさりと言った莉衣奈に、稟香と美央菜はがっくりと肩を落とした。

「何だ……それじゃ、私達が遅かったんじゃなくって、叔母様達が早かっただけじゃないの……。とにかく行くわよ、稟香! お姉様、教えてくれてありがとっ! 悠兄様もねっ!」

 美央菜はそう言うと、稟香を文字通りに引きずって屋敷の中に入って行った。

 途端に、屋敷中が賑やかに騒ぎ出す。

 その様子は、見事なまでに母親そっくりだった。

 それを、既に挨拶を済ませた悠と莉衣奈は門から眺める。

「賑やかだなぁ……」

「ええ、そうねぇ……」

 二人は顔を見合わせると、くすりと笑う。

「私達も、中学生の頃はあんな感じだったのかしら? 部活帰り」

「いや、どうだろ……微妙に違ったんじゃねぇのか? そもそも、俺と莉衣奈は学年が違うし、部活も違うし……。それに二人の性格って、稟香も美央菜も母親似だし……。騒がしいのは当たり前じゃねぇの? それに比べて、俺らは父親似だし」

 冷静に言った悠に、莉衣奈はころころと笑った。

「そうねぇ……確かに、そうかも」

 けれど、不意に首を傾げる。

「あ、でも……私、あんまりお父様と似ているって言われても、嬉しくないかも。私にはお母様達みたいな破天荒さはないけど、お父様って、普段はヘタレじゃない? だから、似てるって言われてもなぁ……。いざと言う時には頼りになるけど、普段はちょっと、ねぇ……」

 そう言って苦笑する莉衣奈に、悠は爆笑した。

「ぷ、くく……そっか、そうだな。父さん達って、言っちまえば所詮ヘタレだもんな。母さん達の方がよっぽど男らしいや」

 そう言って爆笑し続ける悠を莉衣奈がど突き、屋敷の方へと引っ張って行った。

「ほら、美央菜も稟香も来たんだし、戻りましょう? 元々私達は、美央菜達を迎えに外に出て来てたんだし。富瑠美叔母様達も、きっと待ってるわ」

「いや……富瑠美小母さんが待ってんのは、お前と美央菜だけだろ……俺と稟香は邪魔者だっつうの……あの人の性格から考えたら、香麻小父さんも邪魔に思ってるだろうし……」

 ぶつぶつと呟く悠を、構わず美央菜は引っ張って行く。

 そこには、由梨亜の娘だという片鱗が覗いていた。




「ただいま!」

「ただいまぁ!」

 稟香と美央菜が屋敷の中に駆け込んだ途端、二人は子供達に突然飛び付かれた。

「うあっ!」

「うおっ!」

 二人とも奇妙な声を洩らしたが、何とか堪えて子供達を抱き止める。

 稟香に抱き付いているのは十二歳の斉朗と九歳の悠聯で、美央菜に抱き付いているのは五歳の杏璃とファミシアだ。

 稟香は千紗の性格を受け継いで行動的なので、どちらかと言うと男の子である斉朗と悠聯から好かれていて、美央菜は小さい子供に優しいので、杏璃とファミシアから好かれていた。

「四人とも、やめなさいってば! ほらっ……! 稟香と美央菜が苦しいでしょうっ?!」

 膨らみが目立ち出したお腹をしたフェミーアが割って入って、二人はようやく子供達からの攻撃を逃れた。

「はあ、はあ……」

「苦しかった……」

「ごめんなさい……大丈夫? 二人とも……」

 心配そうに顔を覗き込んでくるフェミーアに、二人は笑ってみせる。

「大丈夫です、フェミーア小母様」

「止めて下さって、ありがとうございます」

「いいえ。私の娘と甥っ子と姪っ子のことだもの。当たり前じゃない」

 そう言って朗らかに笑う彼女は、王族でも貴族でもない。

 正真正銘の庶民だ。

 柚希夜は、子供の頃は教師に憧れていたが、長ずるに連れ経済学に興味を持ち、今は年若くしてレイセル国立大学の経済学部の教授になっていた。

 十二月二十九日生まれという、ある意味究極の『遅生まれ』な柚希夜は、普通の高校生くらいの年齢である十七歳までは城で家庭教師達に学んでいたのだが、さすがにそれ以上のこととなると大学に行った方が便利なので、十八になると同時に城を出ていた。

 まあ、その頃にはもう自らの能力を隠さずにいたので、城を出るのは相当引き止められていたのだが。

 けれど、千紗達によって更に鍛えられていた柚希夜は、にっこりと、実ににこやかに微笑みながら――けれど、有無を言わさずに断ったのだった。

 それはさておき、柚希夜は城を出てからも、時々は訪ねたり訪ねられたりしていたが、それでも、生活の基盤は『城』という箱庭から移ったのだった。

 だからこそ、周りに気を張る必要がなくなったのか、大学時代には彼女もできた。

 そして、それを聞きつけた由梨亜と些南美は実に見物で、本気で暴走する二人を周りが精一杯止めたのだった。

 それでも、柚希夜が、

『いくら顔と性格と家柄が良くて、王族だって偉ぶらない希少価値な男の人でも、こんな規格外に常識外れな家族がいる人とはこれ以上付き合えないわ!』

 と言われて、こっ酷く振られることは避けられなかったのだが。

 妻であるフェミーアとは、二十代も後半に差し掛かった頃に経済ジャーナリストのフェミーア・キャメロンとして、取材を通して知り合ったようで、大学時代のあの(・・)恐怖からか、長い間柚希夜はフェミーアとのことを隠し、そして七年前の三十になった頃、こっそりと籍を入れてしまったのだ。

 当然兄姉達には事後報告となり、その時の混乱振りといったら、千紗ですら耳を塞いで見て見ない振りを徹頭徹尾貫き通したほどだった。

「久し振り、二人とも」

「はい、お久し振りです、柚希夜叔父様!」

「小父様もお元気そうですね」

「ああ。御蔭様で」

 そう言うと、柚希夜は穏やかに微笑む。

 昔の、少し荒んだ様子からは想像できないほど、今の柚希夜は丸くなっていた。

 勿論、その聡明さは衰えないどころか、益々磨きが掛かって。

「本当に、二人は元気ねぇ。御姉様と千紗さんに、本当にそっくりだわ」

「そうですか?」

「だったら、とても嬉しいです。だって、あたし達のお父様って、いざって言う時じゃなきゃかっこよくありませんもん」

 稟香と美央菜が言うのに、些南美はころころと笑い出す。

 杜歩埜も、笑いを噛み殺しながら言った。

「美央菜、稟香。さすがにそれでは、睦月殿と香麻殿が可哀想だろう?」

「だから、稟香が言ったんですよ? 杜歩埜叔父様。いざって言う時じゃなきゃかっこよくないってことは、いざって言う時はかっこいいってことなんですから」

 あっけらかんと言って笑う美央菜に、杜歩埜も小さく笑い声を洩らす。

 杜歩埜と些南美は、それこそ十代の頃から付き合っていたが、結婚するのは遅かった。

 それと言うのも、些南美が将来の夢を持ったからだ。

 些南美は、生まれて初めておうこくから出たことから、花鴬国以外の国々に興味を持ち、その中でも特に宇宙連盟に興味を持ったのだ。

 そして、そこに就職したいという願いも持つことになったのだが、宇宙連盟に関する仕事は、それこそ宇宙中の人間が狙っている職。

 競争倍率は半端な物ではない。

 些南美は二十歳になった時に、ようやくその仕事に就くことができたのだが、それからは仕事が面白くなって、結婚して子供を持つよりも、愛しい人と一緒に時間を過ごす方が良くなってしまったのだ。

 けれど、いつまでも結婚しないのは望まなかったので、周囲からの勧めもあり、二十六で杜歩埜と結婚した。

 その時、既に杜歩埜は二十八で、結婚する前に、

『もしあのまま行けば、私は三十になっても結婚しなかったかも知れないね』

 と笑いながら言っていたのだった。

 その頃には、他の弟妹達はほとんど結婚して子供もいたので、些南美はあまり気にしていなかったが、実は杜歩埜は意外と気にしていたらしい。

 このままだと、一生些南美と結婚できないかも知れない、と。

「はあ……全く、落ち着きのない。もう少し落ち着きなさい。特に稟香。美央菜も」

 富瑠美の呆れ果てたような声に、稟香はゲッと呻いて顔を顰めた。

 幸いにも稟香の失礼な音は耳に入らなかったのか、富瑠美は二人をたしなめる。

「貴女はもう十四歳でしょう? 御異母姉様おねえさまは、その御歳でもう第百五十三代花鴬国国主を務めておられたのですよ? それなのに、貴女達ときたら、いつまでも子供っぽくて……」

 くどくどと説教を始める富瑠美に、何気に『貴女達』と自分も含まれた美央菜は視線を彷徨わせ、不自然に見えないように稟香へと視線を滑らせた。

 それを言葉にして言うならば、

『お願い、助けてっ!』

 である。

 稟香は富瑠美の説教には(嫌なことに)慣れてしまったが、美央菜は全く慣れられず、今でもかなり苦手なのだ。

 稟香は溜息をつくと、大事な姉妹のような存在である美央菜の隣に立った。

「くどくどしいですよ? 富瑠美小母様。そんなんだから一国の女王なのに嫁き遅れて、もう四十一になった挙句に『処女王』なんて呼ばれるんです」

 クイッと顎を上げ、胸を反らして言うと、富瑠美は見る見るうちに眉を吊り上げた。

「違いますわ! わたくしは結婚できなかったのではなく、結婚しなかっただけです! わたくしには、恋愛よりも国政の方が重要なのですわ! いくら王族に血を残すという義務があるにしても、うんきょう家には充分過ぎるほどに王族がおりますわ。まあ、他王家に嫁いだ者もおりますけれど」

「あ~、確かに、やたらと人数は多いですよね……」

 稟香は、富瑠美から目を逸らしながら、適当に同意する。

 けれど、それに気が付かなかったのか、富瑠美は更に激しく言葉を重ねた。

「それに、男王の時は必ずと言っていいほど十五人もの子供が産まれているのですもの。わたくしの兄弟達だけではなく、御父様達も十五人兄弟でしたし、御祖父様達は三人兄弟でしたが、曾御祖母様達は十五人兄弟で……。花雲恭の名を返上した方も、数多くいらっしゃるほどでしたもの。逆に数が多過ぎて困るほどですわ。法や憲法が改正されて、これから結婚する場合は一夫一婦制が適用されますし、花鴬国の女性は大勢子供を産めないので、王族自体の数は減っていく思いますけれど……でも、わたくしが結婚してもしなくても、大して変わりませんわ。甥や姪は沢山いますもの。斉朗や悠聯や杏璃もそうでしょう?」

 きっぱりと断言する富瑠美に、稟香は白けた目を向けた。

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