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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅲ部 心の置き場所は
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第七章「新しい未来への一歩」―1

「和平、ですか?」

 そう訊ねたに、幕僚は渋々ながらも頷いた。

「はい。陛下が御眠りになられている際に、地球連邦から通信文書が届きまして……」

 富瑠美は一つ頷くと、部屋の端末にそれを表示させる。

 それまでの短い間、腰まである長い髪を手櫛で梳いた。

 富瑠美の髪は結構癖っ毛なので、長さが結構あるということもあり、整えるのにはかなり時間が掛かる。

 だが、今はそんな時間はない。

 けれど、だからと言って、寝起きのぼさぼさの髪でいてはいけないだろう。

 富瑠美は、ふとのことを思い出した。

 千紗の髪は綺麗な薄茶色で、肩甲骨の辺りまでの真っ直ぐでサラサラな髪だった。

 由梨亜の方は、千紗よりも少し濃く、柔らかく波打つ茶色で、長さは肩に届く程度だった。

 富瑠美は、一度も髪を真っ直ぐにしたことはないし、二人のような短さにしたこともない。

 と言うよりも、富瑠美の知っているおうこくの女性達は、ほとんどが富瑠美くらいに長い髪の持ち主なのだ。

 別に強制とかではないが、何となく、風習と言うか、伝統のような物だ。

 それに、髪は長い方がドレスに合うし、様々な髪型に結い上げることもできるし、お洒落には最適なのだ。

 だが、機動性などを考えると、こんなに長い髪は邪魔である。

 それに癖っ毛も二乗されては、これはきつい物がある。

 花鴬国に戻ったら、髪形を変えてみようか。

 それこそストレートにして、背の半ば辺りまでばっさり切り落としてみたら、どんなにかすっきりするだろう。

 小さな決意を胸に秘めた富瑠美は、そんなことをおくびにも出さずに端末に表示された文書を読み進め、わざと眉を寄せてみせた。

「陛下……いかがでしょう」

「これは……随分と、図々しいことですのね。和平を求める、だから地球連邦まで御足労願いたい、とは……それも、花鴬国の国主たるわたくし直々に……」

 富瑠美としては、異母姉あねが動いてくれたのだという安堵感でいっぱいになり、すぐさま応じても構わないくらいだが、花鴬国の王としてそれはできないし、幕僚や元帥達も納得しない。

 だから、渋々といった様子を取り繕ってみせた。

「その通りに御座います、陛下。我らは陛下の御為に、全力を尽くして地球連邦と戦火を交える所存に御座います」

「……ですが、今の花鴬国の状態は……それほど、良くはないのでしょう? 違いますか?」

 富瑠美の鋭い指摘に、幕僚達は目を泳がせる。

「いわゆる『地元』の地球連邦に対し、わたくし達花鴬国は『異邦人』。彼らは欲しい時に欲しいだけ、妨害がない限り物資を得ることができますが、わたくし達は違います。そもそも地球連邦から花鴬国まで、リアルタイムで会話を交わすことすら不可能なのです。ここは、それほどの僻地なのですから。それに、わたくし達が補給物資を要請しても、それが花鴬国に届くまで、どんなに高性能な通信機を使ったとしても数日は掛かります。そして花鴬国から地球連邦まで、どんなに小回りが利いて最新式の宇宙船を使っても、一週間以上掛かるでしょう?」

「それ、は……」

 幕僚達は言葉に詰まる。

「勿論、近くの国から買ってもよいですが……地球連邦は辺境の国。近くの地球連邦側でない国まで行って帰ってくるまで、一日は掛かるでしょう。そして、戦争という物は、たったの一日で情勢が変わってしまうことが間々あるはずですわ」

 富瑠美の言葉に、幕僚達は追い詰められたような顔になる。

 それを見て、富瑠美は不思議な気分になった。

(どうして、わたくしよりも確実に二、三十年は年嵩に見える方々なのに、わたくしの言うこと一つに動揺するのかしら……。情けないわ。でも、これって……もしかして、御異母姉様おねえさまや千紗さん達の影響を受けたってことなのかしら……?)

 富瑠美は、複雑な心境になる。

 異母姉の影響を受けたと言われるのは嬉しいが、千紗の影響を受けたと言われるのは嫌だ。

 とにかく千紗とは、徹底的に性格が合わないのだ。

 いわゆる、犬猿の仲である。

 また異母姉と会える時は早い方が嬉しいが、それでも絶対に千紗が付いて来るとなると、少々微妙な気分だ。

 富瑠美は頭を一回振って想いを振り切ると、幕僚達をひたと見据えて言った。

「とにかく……今のわたくし達の情勢を考えれば、『和平』というのは、渡りに船ですわ。今はまだ死者は出ておりませんけれど、これ以上戦い続ければ、そうではなくなるかも知れません。それに、負傷者もどんどん増えていきますでしょう? それを考えると、ここの辺りで戦いを終わらせた方が、国益的にも宜しいのでは? まあ、少々条件を付けさせてもらいたいのは事実ですけれど、ね」

 富瑠美はそう言うと、微笑した。

「具体的な物は通信のみで済ませて、調印の際のみ地球連邦でさせて頂いた方が宜しいとは思いますわ。こちらとて、無闇に向こうの条件を呑む必要は御座いませんもの。あくまでも、花鴬国と地球連邦は対等な関係で、調印させて頂かなければ。わたくし達は、別に負けた訳では御座いませんもの。できるだけこちらに有利な方向で、和平条約を締結致しましょう」

 富瑠美はそう言うと、不敵に笑った。




「しかし……しかし、だな。その、エンダーレンス、」

「何を渋るのですか? 閣下。確かに、これは我々にとっては少し難しい課題かも知れません。ですが、今花鴬国とやっているようなヒット・アンド・アウェイ方式を続けていれば、いつかは無理が生じてきます。いくら、こちらが向こうの動きを読めると言っても、です」

「それは……だが、」

「それに、これは好機ではありませんか? 地球連邦で『貴族』と呼ばれる人間達の専横は、目に余る物があります。最近は、ほんじょう家やスウェンリー家など、一部はよくなって参りましたが、それでも微々たる物です。貴族達は、金があるのをいいことに、何の権利もないというのに議会に口槍を入れたり、様々な機関に圧力を掛けたり、やりたい放題です」

 ジャックに鋭い目で見詰められ、地球連邦の大統領である、アルトゥール・ベルイマンは、目を泳がせた。

「それが、貴族達に要らぬ金を得させて懐を潤しているのは、閣下とて知っておられるでしょう。それに、様々な利権を獲得する為に横槍を入れるのならまだ分かりますが、連邦や州、そして各地域への教育委員会までもを権力で押さえ込むのは、いくら何でもいかがな物ではないでしょうか。そのせいで、貴族の子弟と市民の子弟への教育格差やいじめなど、様々な問題が起こり、けれどもそれが握り潰されているのは、健康的ではないでしょう。警察だとて、秘密警察や連邦警察以外の所は、貴族達にがっちり固められております」

 ジャックはそう言うと、いかにもわざとらしく嘆息して首を振った。

「そして、貴族達の婚約者制度も、いかがな物ではないかと思われます。複数の『婚約者候補』を作り、辛うじて法を免れるグレーゾーンを作り上げてはおりますが……それでは、当人達の意思は、どうなりましょうか。無理矢理に婚約させられる彼ら彼女らが、私にはあまりにも不憫でなりません」

 ジャックの滔々とした弁舌に、アルトゥールは冷や汗を滲ませていく。

「そして、今の地球連邦法では、これらのことを取り締まることは難しいと言わざるを得ません。ですが、花鴬国が求める通りに宇宙連盟に加盟すれば、連盟憲章により、これを取り締まることができるようになります。そうすれば、地球連邦の腐敗を食いとどめることができましょう。これ以上の貴族達の専横を許すことがなくなるのは、我々としては望むところではありませんか? それに、他国との貿易も、よりスムーズに進むこととなりましょう」

 ジャックはそう言うとようやく言葉を切り、はたと何かに気付いたように手を打った。

「ああ、そう言えば閣下は、貴族のご出身でしたな。忘れておりました。私としたことが、とんだご失礼を」

 ジャックは、まるで慇懃無礼の見本のように、丁寧に一礼した。

 アルトゥールは、冷や汗を浮かべたまま、ぎくしゃくと首を振る。

「い、いや……構わない。君は、連邦議会の議長だ。うむ。確かに、地位は私の方が上だが、議会の議長という者は、いざと言う時に大統領とも渡り合うことが求められるからな。そうだ。お前のようにしっかりしている者が議長にいるのだから、私も安心できるのだ」

 引き攣った笑いを浮かべてお題目を並べるアルトゥールに、ジャックは冷笑とも見えるような笑いを浮かべる。

「そうですか。それは良かったです。それでは閣下。いかがなされましょうか? 私のような、一般人の出の人間にとっては、これは渡りに船の話ではあるのですが……」

 その言葉に、再びアルトゥールの顔が強張る。

「……閣下」

「い、いや……その、つまりは、だな。その……」

 ジャックはこれ見よがしに溜息をつくと、諭すように言った。

 アルトゥールはジャックよりも一回りほど年下なので、この光景は、実際の役職を考えなければ、それほど違和感を覚える物ではない。

「閣下。せめて閣下が大まかな方針を立てて下さいませんと、我々は行動の仕様がないのですよ? ここまで来て、何も考えていないなどということはありますまい?」

 ジャックに言われ、アルトゥールは冷や汗を滲ませる。

「それは……だな、その……」

「まあ、私と致しましては、更に花鴬国との交渉を重ね、少しでも地球連邦に有利な条件で、和平条約を締結したいと考えておりますが」

「そ、そうだな! 今、まさに私も、同じことを言おうとしていたのだっ!」

 アルトゥールが慌てたように言うと、ジャックは穏やかな笑みを浮かべてみせた。

「そうですか……閣下も、そのように思し召しでしたか。それでは、そのように。検討会の人員は、私に一任して頂かせても宜しいでしょうか」

「む、無論だ! 頼むぞ、エンダーレンス」

「はい。お任せ下さいませ」

 ジャックは丁寧に頭を下げると、部屋を辞した。

 廊下に出た途端、ジャックの表情は一変する。

 呆れと、嘲りと、憐れみと、そして、僅かな自嘲と――。

「全く……あの少女達の助言が、ここまで役に立つとは……。正直言って、情けないな」

 先程ジャックがアルトゥールに言ったことは、全て千紗と由梨亜からの助言と言うか、少し背筋が寒くなるような笑みを浮かべてつらつらと述べられた物だった。

 正直言って、あれはかなり怖かった。

 さすがは、親や親族の反対を物ともせず、二人揃って一般市民と婚約を結んだ娘達である。

 恐らくはその時も、ジャックに浮かべて見せたような笑みを浮かべ、そのよく回る口でコテンパンにやってのけたのだろう。

「…………」

 ジャックは、それを想像して鳥肌を立たせた。

 多分ではあるが、あの二人がジャックに向かって見せた態度は、精一杯の自制心を発揮して、かなり抑えていたのだろう。

 もしジャックが一般市民出身ではなく貴族出身だったら、一体どんなことになっていたのか……想像に難くない。

 二人ともまだ十八歳であるし、これから益々凄くなっていくのだろうと考えるだけで、もう嫌になる。

(だが、それにしても……)

 ジャックは、先程のアルトゥールの様子を思い出し、吹き出しそうになるのを堪えた。

 アルトゥールは実に貴族らしい考えを持った人間で、また、それだけではなく好戦的な性格でもあり、花鴬国のことについては、こちらは直接的な攻撃はあまりしていないのだから、向こうの戦艦を爆破しに行ったらどうかとでも言おうとしていたのが丸分かりだ。

 まあ、所詮は『貴族』だから、そこまで直接的な物言いはしないだろうが。

 だが、そんなのは火に油を注ぐ結果にしかならない。

 何故なら、こちらが向こうにあまり直接的な攻撃をしていないのと同じく、向こうもこちらの本拠地に――つまり、『地球』という惑星に、直接爆撃をしていないのだ。

 精々が、こちらにとって重要な資源が沢山埋まっている星に攻撃を仕掛ける程度である。

 だから、怪我人は出ても死者は出ていず、泥沼の戦いになってはいなくて、だからこそ、一般市民などの多数の『弱者』達は、ほとんど戦争に無関係でいられたのだ。

 けれど、その均衡が崩れれば、どんなことになるのか……想像もしたくない。

 だからこそ、そんなことにさせる訳にはいかないのだ。

 言われもしていない思考段階の戯れ言に、意識を傾ける必要などどこにもない。

 ジャックは小さく溜息をつくと、しっかりと前を見据えた。

 今は、何とも情けなく、地球連邦の代表とも思えないような、家柄だけのアルトゥールのことではなく、花鴬国との和平条約の締結のことを考えるべきだった。

 そして、地球連邦の状態を、より良くする為のことを。

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