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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅲ部 心の置き場所は
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第六章「真を知る頃に……」―3

「……どうやら、終わったようだな」

 睦月むつきの言葉を皮切りに、耀ようの表情が、面白いほどにくるくると変わる。

 そして最終的に、瑠璃は何だか納得したような困惑したような、結局は落ち着いた表情になり、耀太はただひたすら惑乱し切った表情に落ち着いた。

 その表情の対比は可笑しく、それが母と父、もしくは女と男の違いなのかも知れないと思った。

 やがて、瑠璃が口を開いた。

「そ、っか……私が産んだのはだけど、育てたのはなのね……。じゃあ、どっちも変わらないわ。産んだにしろ育てたにしろ、どっちも私の『娘』だもの」

 そう言って明るく笑う瑠璃に、千紗と由梨亜はほっと息をつく。

 何となく……何となくだが、母ならそう言ってくれるのではないかと期待していたから、それが裏切られなくて、本当に嬉しい。

「その……お父、様」

 千紗と由梨亜は目を見交わした後、そっと千紗の方が言った。

「ごめん、なさい。ずっと……ずっと、騙していて。赦してもらえるとは……思ってないわ。だから……」

 千紗は、言葉を綴りながら、何を言いたいのか分からなくなってきた。

「その……今お父様にある記憶の中で、一番はっきりしていて、確かな物だと思えるのが、本当の、一番本当の記憶だから。だから……それだけは疑わないで。それと……今お母様も言ったけど、お父様の血を分けた娘っていう意味では、お父様にとって、娘はあたしだけかも知れない。でも、産まれてすぐの時から十三歳になるまでの十三年間と、十七歳になるちょっと前から今までの、だいたい約二年間。その十五年の間、お父様は由梨亜のお父様だったの。だから……由梨亜も、お父様の娘なんだって……認めて」

 千紗に見詰められて、耀太は気まずそうに瞳を揺らす。

 そして、まるで話を逸らすかのように訊ねた。

「その……千紗。お前は、十三になるまでは、ほんじょう家にいなかっただろう。その間、育ててくれた人は……今は、どうしているんだ」

 その言葉に、千紗は虚を衝かれる。

 そして、まるで泣き笑いのような表情を浮かべた。

「千紗……?」

 初めて見る千紗のそんな表情に、睦月が途惑いの表情を浮かべる。

「お母さん……あたしを育ててくれた、お母さんは――あたしが高一の時に、死んじゃってたらしいわ」

 千紗はそう言うと、上を見上げる。

 それはまるで、亡くなったという母を思い出すような仕草で……それでいて、溢れ出そうとする涙を堪えるような仕草であった。

「死因は、過労と心労だったって、近所の人が言ってた。あたし……記憶を取り戻して、由梨亜も戻って来て……それで、時間が空いた時に、二人で行ったの。あたしが、十三歳になるまで住んでた家に。勿論、直接顔を合わせても、『お母さん』なんて呼べない。でも……それでも、すっごく気になって……一度でいいから、様子を見たかった。でも……」

 千紗は、瞬きもせずに続ける。

「全く、見覚えのない家に、変わってて……それで、近所の人に訊いたの。

『ここって、前は違う家が建ってませんでしたか?』

 って。そしたら、去年までは、建ってた。でも……そこに住んでいた、何年も前に夫を亡くした未亡人は、生計を立てる為に一生懸命働いて……そこのローンも、返しきれてなかったから、その為にも頑張って……引っ越せば良かったのに、引っ越さなくって……それで、過労と心労で、心臓発作を起こして、孤独死した、って……」

 千紗は、きつく唇を噛む。

「だから……あたしを育ててくれた両親は、もう、どこにもいないの……」

 そう言うと、表情を一転させ、笑顔を作る。

「ああ、もう湿っぽい話はやめやめ。もう終わり! で、ちょっとあたし達、話したいことあるからさ。お父様とお母様と睦月とこうは、ちょっと出て行ってもらってもいい?」

 明るく言われ、四人は途惑った表情で部屋を出て行く。

「それじゃ……ちょっと面倒事を片付けましょうか」

 由梨亜の言葉に、五人は頷く。

おうこくと地球連邦の戦争なんて、今となっては不毛な物だわ。どっちにしても、利益がない。花鴬国側は攻めの一手、地球連邦はそれを防いで逃げる。そんな、ある意味膠着状態だわ。そして、地球連邦に有利な。だって花鴬国は、物資が途切れれば全て終わりだもの。補給物資だって、花鴬国から地球連邦まで一ヶ月は掛かるし……」

 その言葉に、が顔を歪めた。

「それで、曾御祖母様にお願いがあるのですが……」

 由梨亜に見詰められて、は微笑む。

『何ですか?』

「富瑠美とを、花鴬国の船の中に送り届けてくれませんか?」

 その言葉に、言われた三人が目を瞠る。

「おね……さま?」

「そ、んな……だって、そんな、もう……?」

「ええ。だって、時間がないのよ。それに、現解鏡で見たところ、と些南美と柚希夜は、みんなあの船の中にいることになっているの。だから、三人があそこに行ったって、問題にはならないわ」

御姉様……」

 些南美は懇願するように由梨亜を見上げたが、由梨亜は頑なに首を振った。

「いいえ、駄目よ。貴方達は向こうにいるべきで、ここにいてはならないの。言わば、異分子だわ」

 由梨亜のきつい言葉に、些南美は俯いた。

 由梨亜は少し腰をかがめると、そっと些南美の顔を覗き込む。

「ね、些南美……何も私は、一生会わないって言ってる訳じゃないのよ?」

 打って変わった優しい声音に、些南美は顔を上げる。

 由梨亜は、些南美に向かって微笑んでみせた。

「今は無理だって……そう言ってるだけなの。もしも会いたいなら、戦争が終わって落ち着いてから、こっちに来て。私は、これから大学に通わなきゃならないから、しばらくは無理だけど、私の身の周りも落ち着いてきたら、私から花鴬国に行くこともできるし。って言うか、御父様と御母様に会いたいから、行きたいし」

 由梨亜がわざとおどけてみせると、些南美は涙を含んだ目で、小さく笑みを洩らす。

「だから、ね? 落ち着いてきたら、また会いましょう? それまでお別れするって、ただそれだけのことなの」

 由梨亜に微笑まれ、些南美は渋々と頷いた。

 富瑠美と柚希夜も、大人しくしている。

 由梨亜が癒璃亜に目配せをした時に、柚希夜がそっと前に進み出た。

「……富実樹姉上」

「何? 柚希夜」

「また……会えるのですよね?」

 初めて見る、弟の不安そうな様子に、由梨亜は目を瞠った後、ぎゅっと抱き締める。

 花鴬国にいた頃は、この弟はまだ小さくて、自分の顎の辺りにようやく頭が届いたくらいだった。

 その歳の男の子としては小さな方だったのだが、今はもう、自分よりも大きい。

 いくら『由梨亜』と『富実樹』の身長は違うとはいえ、もう柚希夜は、『富実樹』よりも大きいだろう。

 由梨亜はそっと体を離すと、十センチほど上にある柚希夜の頭を引き寄せる。

 そして、こつんと額と額を合わせた。

「何よ。この弟は、お姉様の言うことが信じられないって言うの? ほんと信じられない。いつの間にこんな疑い深くなっちゃったのかしら? あんなに素直な子だったのに」

「私が……素直、ですか?」

 柚希夜が呆気に取られて言うのにも、由梨亜は全く頓着せずに明るく笑った。

「ええ。素直ないい子じゃない」

 柚希夜はしばらく目を瞬いていたが、由梨亜が額を離したことで現実に戻って来た。

 柚希夜は、少し複雑な顔をしていたが、やがて頷いた。

「……分かりました、富実樹姉上……」

「うん、いい子ね、柚希夜」

 最後に、由梨亜は富瑠美に向き直る。

「富瑠美……ごめんなさいね? 私……花鴬国には、戻らないわ。ここには、私の大切な人が沢山いて……勿論、花鴬国にだっていることはいるんだけど、ここは私が育った場所だから……だから、どうしても見捨てられないの。そして……ごめんなさい。貴女に、王位を押し付けてしまうことになるわ……」

 その言葉に、富瑠美は静かに笑った。

「そうですわね。……でも、王様稼業というのも、やってみれば思ったよりも面白いですわ。ですから、御心配は無用に御座います。わたくしは、立派な王となれるように、誠心誠意努力する所存に御座いますわ。それにわたくし、まだ十八歳ですのよ? 人生これからですわ。小さなこと一つで、一々落ち込んではおられません」

 富瑠美の笑顔を見て、由梨亜は内心ほっとする。

 何だか、色々と吹っ切れたようだ。

「じゃあ……またね、富瑠美、些南美、柚希夜。精々頑張って頂戴?」

 由梨亜がわざと上から目線で言うと、三人は微苦笑を浮かべる。

「勿論ですわ、御異母姉様おねえさま。わたくし、一度申したことは決して違えません。また、ですわね。御異母姉様」

「わたくしもですわ、富実樹御姉様。わたくしも、精一杯の努力を致します」

「ええ、頑張って、とくっついてね?」

 由梨亜に真面目な顔でからかわれ、些南美は顔を赤くする。

「は、はい……必ず。また、御会い致しましょう?」

「ええ」

「富実樹姉上。私も頑張ります。今までは、ただ傍観することが多かったのですけれど……これからは、自分から中に入っていきたいと思います」

「うん。頑張ってね、柚希夜。柚希夜なら、きっとできるわ」

「はい。……それでは、また。富実樹姉上」

「うん。またね、柚希夜」

 由梨亜がそう言った途端、三人の体が光に包まれる。

 そして、癒璃亜と共に消え去った。

 由梨亜は、それを切なそうに見詰めている。

 四人の姿が消えても、なお。

 千紗は、そんな由梨亜の背中に向かって声を掛ける。

「ねえ、由梨亜」

「なあに? 千紗」

「おんなじこと……言うんだね」

「同じ、こと……?」

 由梨亜は振り返って、千紗を見詰めて首を傾げる。

「そう。あたし達が、最初に別れた……あの、亜空間で、あたしに言った言葉……『またね』って。ま、あたしも言ったけど」

 千紗が肩を竦めると、由梨亜は泣き笑いのような表情を浮かべた。

「ごめんね……千紗。貴女のお母さん、孤独死させてしまって……」

「……いいって。気にしてないよ。それに……由梨亜のせいじゃ、ないでしょ? お母さんが、あたしのことを忘れなかったのは……」

 そう、千紗の母が『心労』になったのは、千紗のことを忘れていなかったから。

 突然いなくなった娘に心を痛めていたから。

 そして『過労死』になったのは、いつか娘が帰ってくると信じ、一生懸命働き続けていたから。

「だって……言ってたもんね。

『あそこには娘さんはいなかったはずなのに、ずっと娘がいるって言い続けてたわねぇ』

 って。お母さんは……ずっとあたしのことを忘れなかったから、結局死んじゃった。でも、それは由梨亜の責任じゃなくって、それを手配した花鴬国の魔法使いでしょ? だから……大丈夫だよ。もう、何年も前の話だしね」

 千紗は、そっと笑みを浮かべる。

「それに……お母さんがあたしを忘れなかったの……実は、結構嬉しかったんだぁ……」

 その言葉に、思わず由梨亜も笑みを浮かべた。

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