第五章「そして、戦いの時」―2
「さて、話を戻しますが……貴方方に、降伏する気はありませんかね」
ジャックは、口の端に微笑を浮かべて言う。
「我々としては、特に戦いを望んでいる訳ではありません。勝手にそちらが攻めてきただけのこと。ここで貴女方が引き下がると言うのならば、我々としても深追いはしませんが――」
その言葉に、元帥達が切れた。
「白々しい! よくもそんなことが言えたものだ!」
「そもそも我らがここまで来たのは、其方らを宇宙連盟に参加させる為ぞ! 辺境の新興国で、技術が後れているということを盾に取って、もう何百年か! 其方らに疚しいことがなければ、ただちに今この場で宇宙連盟に参画せよ!」
その怒号のような言葉に、ジャックは平然と答える。
「それは不可能です。そもそもこの国は、連邦制を取っていて、おまけに普通の連邦国よりも各州の自治権が強く、州一つで一つの国家並みの信頼と実権を持っている。……この意味が、お分かりですかな?」
「それがどうしたと言うのだ!」
「それくらいならば、我らとて知っておるぞ!」
元帥達と幕僚達が上げる声は、既に怒号になっている。
ジャックが浮かべる笑みは、既に嘲笑にと成り代わっていた。
「つまり、貴方方花鴬国とは違い、物事を即座に決定することができない、ということです。私は今のところ、地球連邦の代表の一人となっております。ですが、それは決して磐石な物ではなく、緩い土台の上に立っているようなもの。もし私が――もしくは議会が、勝手にそのようなことを決めれば、私達は総辞職に追い込まれても仕方がありません。国民の意思を、何一つ聞いてはいないのですから。つまり、独裁と見なされても仕方がありません」
そして、はっきりと嘲りの色を浮かべて言う。
「そしてもう一つ。確かにこの国には、王族や皇族と呼ばれる一族がいる州はある。だが、それは象徴以外の何物でもない。州の人間を纏めるのは、王族ではない。議会と議員だ。王皇族は象徴でしかなく、貴族は大商人、もしくは大金持ちの別称でしかない。そして……」
ジャックだけではなく、後ろの人物も顔を歪めていた。
だが、その言葉を引き継いだのは、その彼らの誰でもない。
それは、先程から何度も早理恵の癇に障っていた少女だった。
「地球連邦の、宇宙連盟加盟だなんて重大なことを、いくら首都とはいえ、たかが一州の王の元に言うなんて、常識知らずもいいところだわ」
再び映像の範囲内に入って来た少女は、可笑しそうに唇の端を持ち上げている。
そして、いかにもわざとらしく、嬉しそうに顔を綻ばせてみせた。
「勿論オレアン四世陛下から、議会に話を持ち掛けたり働き掛けたりすることはできるわ。でも、それもやり過ぎると、『権限を越えた干渉』と見なされる。それは、逮捕されたり罰則を受けたりしても仕方がないことだわ。だから、ね? まず、その国のトップ――国民総てが認める、上に立つ人間が誰なのかを確認しないと。だから、地球連邦の議会に話を持ち掛けるよりも前にイギリス州の王に持ち掛けるなんて……地球連邦では、考えられないことなのよ?」
もう一人の少女も画面の範囲に入って来ると、最初の少女の言葉を引き取った。
「それと、もう一つ。貴方達、地球連邦が何にもしていないって言ってたけど、そんなことはないよ? ちゃんとそれぞれの州の代表を――一部の上級議員を集めて、ちゃ~んと会議を開いてるの。でも、そこでは意見がどうしても合わなくて、結局会議は決裂して終わった。でも貴方達には、ちゃんと返事はしてるでしょ? 『花鴬国単体ではなく宇宙連盟として来るのであれば、こちらとしても考える余地はある』って。……つまり、再考の余地があるって」
その言葉に、早理恵は瞠目する。
(そんなの……聞いたことなんてっ……!)
早理恵は素早く視線を巡らす。
元帥も、その少女の言葉に驚いているようだが、幕僚は気まずそうに目を逸らしている。
そのことで早理恵は、彼らがわざとその情報を隠していたことを知る。
恐らくこのことは、王である富瑠美も、大臣達も知らないはずだ。
幕僚達は、戦争がしたくて、この情報を隠していたに違いないから。
「さあ、どうしますか? 引き上げます?」
ジャックが、再び口を開く。
幕僚達は、その言葉に猛反発した。
「洒落臭いわ!」
「ここまで来て、おめおめと引き下がれるものかっ!」
「こうなったら、武力で片を付けるまでよっ!」
その言葉に、ジャックは小さく微笑む。
「そうですか。では、また。但し――」
ジャックは、何とも不思議な笑みを浮かべる。
強いて言うなら、子供が変なことを言い出したのを聞き、必死で笑いを堪える大人のようだ。
「貴方方がどこへ行こうとも、私達はその先回りをしていますよ。絶対にね」
ジャックがそう言うと、映像は途切れる。
地球連邦の戦闘機はまだ待機をしているものの、敢えて攻撃をしようとはしていない。
早理恵は、震える声で言った。
「……ただちに、撤退を。ここから離れた場所に逃れ、軍の動揺を治め、破損した部分を修理なさい。……向こうの気が変わって、こちらを攻撃してくる前に、速く。……今は退く時であり、無闇に攻撃を重ねる時ではありません。先手を打たれた以上は……」
元帥達は、復帰したシステムを作動させ、すぐに全軍に連絡を入れる。
だが、幕僚達は大声を出した。
「お、御待ち下さい、陛下!」
「騒ぐな。陛下の仰られる通り、今は撤退の時だ」
元帥はそう言い、早理恵の乗っている宇宙船はゆっくりと旋回をする。
各攻撃機や爆撃機も、それぞれの母艦に帰還した。
通信が切れた途端、部屋には大爆笑が響いた。
大人達も真面目な顔を崩し、苦笑を交わしている。
やがて、バゴッ、という音がして、ようやく少女の大爆笑は収まった。
「ちょっと由梨亜、いくら何でも笑い過ぎでしょ?」
千紗が眉を顰めて言うと、由梨亜は涙の滲んだ目元を拭って言う。
「だ、だってっ……ほんっとに面白くって……!」
「はあ、全く……現解鏡を使えるからって今日は招いてもらったけど、やっぱり辞退した方が良かったんじゃないかな……」
千紗の言葉に、ジャックは苦笑して言う。
「いいや。むしろ、君達のお蔭で、少しは『和やか』になれたよ。だから、結果的には良かった」
その言葉に、千紗は首を捻る。
「まあ、それはそうかも知れませんけど……でも、花鴬国側からしたら、何でここに由梨亜みたいな子供がいるのか、分からなかったと思いますよ」
ジャックは、くつくつと笑い声を洩らす。
「だが、君達はただの子供ではないだろう?」
その言葉に、二人は苦笑してみせる。
ジャックは、大人達に声を掛けた。
「さて。本日は、取り敢えずこれで解散とする。……由梨亜殿、現解鏡を使ってもらってもよいかな?」
「はい。では、これから軍議ですね」
その言葉に、ジャック達は晴れやかに笑う。
そう、いくら向こうの方が強いと言っても、こちらには地の利と、向こうがどう出るかを知る手段がある。
どんなに素晴らしい作戦を立てたとしても、それが駄々漏れでは何の意味もない。
こちらの有利を確信して、地球連邦の面々は、花鴬国側とは対照的に笑みを洩らした。
そしてそれは、ただの驕りではなく、確実な自信を伴った物であった。
早理恵は、ただ唇を噛み締めていた。
一体、何故こんなことになっているのか。
さっぱり、訳が分からない。
それは、元帥や幕僚、そして軍議に参加できる将官達も同様だ。
こちらがどんな作戦を立てても、どんなに隠密に動いても、どんなに戦力を配置しても、必ず地球連邦が待ち構えていて、まるでこちらの策が分かっているかのように動くのだ。
しかも、だったらその場で策を変えてやる、と意気込んでも、すぐにそれに合わせて向こうも動きを変えるのだ。
一瞬、この中に内通者がいるのかと疑い、策を立ててから作戦を決行するまでの間は通信不可とし、事実、密かに連絡を取ろうとする者すらもいなかったのだが、それでも向こうはこちらの動きを読んでいるかのように動き回った。
しかもその動きは迅速で、こちらの最も重要な所に集中攻撃を加えたすぐ後はこちらの最も手薄な所から飛び去ってしまう。
そして、向こうが撤退行動を取る頃には、こちらにはその動きを追い掛ける余裕すらもない。
辛うじて死者は出していないものの、負傷者は既に大勢出ており、故障した機体も、もう数え切れない。
勿論、こちらも攻撃はしている。
けれど、花鴬国が今回の戦いで一番の目玉にした、あの新たな砲弾も、絶対に当たる所を狙っても決して当たらず、結局は相当なエネルギーの無駄遣いになってしまっているのだ。
上の人間が下した指示に従った攻撃は大抵防がれてしまうが、操縦者が個々の判断でした攻撃はある程度ならば当たっており、向こうには確実に損害を与えている。
だが、それは飛び去ることができなくなるというほどの損害ではなく、捕虜の一人も捕らえることができない。
無論、死者もまた然りだ。
おまけに、向こうの資源の供給ラインを寸断することもできず、総合的に見ても、あまり損害は与えられていない。
それに比べて、こちらの損害は――……言いたくもない。
そのせいで、こちらの戦力の士気はガタ落ちである。
確実に、こちらの戦力の方が、地球連邦の物よりも勝っている。
それは、絶対に間違いがない。
なのに、どうして、こんなことになっているのだろう……。
早理恵は、あの通信でジャックが言っていた言葉を思い出す。
『貴方方がどこへ行こうとも、私達はその先回りをしていますよ。絶対にね』
彼は、間違いなくそう言っていた。
それを聞いた当初は、こちらを馬鹿にするにもほどがあると、そんなことは絶対に不可能だと思っていた。
だが、彼が言っていたことは当たった。
本当に、絶対に、彼らはこちらの先回りをしていたのだ。
それも、毎回。
こちらが留まっている所――つまり、こちらの戦力の全てが集結している時には攻撃は来ないが、それは気休めにしか過ぎないだろう。
(一体……一体、どうすればっ……! もうそろそろ、二月も中頃に差し掛かるというのに……! もう、一ヶ月近くもここにいるというのにっ……! わたくしは、一体どうすればよいの……?)
そう、これはいくら何でも、たったの十七歳の子供に負わせるには、あまりにも重過ぎることだった。
大人でも重いと感じてしまうことを、いくら王だからと言って、まだ十代の子供に押し付けるのは可笑しい。
だが、花鴬国の考えでいけば、いくら十代だろうと何だろうと、王は王なのだ。
だから、全ての責任を取るべきは、王である花雲恭富瑠美。
そして、その富瑠美の身代わりをしている早理恵の両肩に、それは重く圧し掛かっていた。
そもそも早理恵は、杜歩埜や璃枝菜や鳳蓮とは違い、国政に関わる気は更々なかった。
だから――このような時に持つべき判断力や行動力は、どうしても富瑠美達と比べると劣ってしまう。
けれど、それを一体誰が責められるだろうか。
責められるべきは、全てを押し付けた富瑠美であろうが、その富瑠美ですらも、全ての責任があるかと言えばそうではない。
きっとそれぞれが、それぞれに責任があるのだろう。
それが寄り集まった結果が、今のこの状況なのだろうか。
だとしたら、どうすれば、この状況を打破できるのか。
答えは――出ない。