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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅲ部 心の置き場所は
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第五章「そして、戦いの時」―1

「それでは、陛下」

「ええ。宜しく頼みます、ウェッサム元帥」

 は、手の震えを押し殺して言う。

 結局ここまで、達からの連絡は来なかった。

 だが、まさか、

「実は、富瑠美御異母姉様おねえさまがあの国に……」

 とは、口が裂けても言えない。

 だから、軍議にかなり時間を掛けたのに……それでも、連絡は来なかった。

(どうして――何故ですか、富瑠美御異母姉様……! 何ゆえ、こちらへ連絡が来ないのですかっ?!)

 何度も何度も考えたが、答えは出ない。

 もしや、地球連邦側に見付かったのではないかとも思ったが、もしそうなら、地球連邦は大々的に発表をするか、密かにおうこくに連絡を入れ、今は大騒ぎになっているだろう。

 だから、違う。

 でもそうではないとしたら、一体どんな理由で、三人は地球連邦に留まっているのか――?

 どんなに考えても答えは出ず、そして、今やもう戦いが始まろうとしていた。

 ウェッサムはキッと居住まいを正すと、大声で号令を出す。

 まあ、ほとんどの耳に届く彼の声は肉声ではなく機械を通すので、その場にいた者が、思わず耳を塞いだり顔を顰めたりするほどの大声である意味は、全くないのだが。

「全軍、戦闘準備っ――!!」

 その言葉に、兵や将はそれぞれ、主に攻撃機や爆撃機に乗り込み、いざという時の用心に一部が戦闘機に乗り込む。

 また、人が乗り込むだけではなく、機械仕掛けの物も作動を開始する。

 その動きは一糸乱れず統制が取れていて、それを司令室のモニターで眺めていたウェッサムは、満足そうに頷く。

 司令室の中の、一段高い所に座っている早理恵を振り返ると、ウェッサムは厳つい顔を綻ばせて言う。

「御覧下さい、陛下。我が軍のこの統制の取れた動きを。これを見るだけで、地球連邦と花鴬国の実力の差が知れるというものです」

「ええ。そのようですわね、ウェッサム元帥。軍の頂点にいる元帥の、日頃の指導の賜物ですわ。誇りに思われても宜しいですよ」

 その言葉に、ウェッサムは低頭する。

「は。御褒めに預かり光栄に御座います、陛下。それに、御覧下さいませ。これこそ、我が軍の新たに開発致しました砲弾に御座います。今までとは比ぶべくもないほど、飛躍的に距離が伸びておるだけのみならず、その威力、そして的に当たる精確性などは、地球連邦程度には太刀打ちできますまい。まあ、大きさが大きさの為、必要とするエネルギーがエネルギーの為、この母艦にしか設置できなかったのが、唯一の欠点と言えば欠点ですな」

 豪快に笑うウェッサムに、早理恵は笑みを作って煽てた。

「それはそれは、真に素晴らしいですわ、元帥。こうなれば、是非ともその新兵器を活用した戦を見てみたいものです」

「はっ。陛下の御期待に添うよう、誠心誠意努力致します」

 早理恵はウェッサムに向かって頷くと、再びモニターに視線を移す。

 確かにその動きは、地球連邦などとは比べ物にならないほどの物で、たとえその新兵器がなくとも、もしもまともに戦ったら、地球連邦の勝ち目は全くないようにも思える。

 そして……だからこそ、早理恵は不安なのだった。

(もし……もし、地球連邦に直接攻撃をするようなことにでもなれば……下手をすれば、富瑠美御異母姉様達もっ……! 嗚呼、どうか、どうかっ……そんなことに、なりませんようにっ……!)

 そうこうしているうちに、全ての準備が整う。

 早理恵は、知らず知らずのうちに手を固く握り締めていた。

「第一軍、出陣せよっ!」

 ウェッサムの勇ましい言葉と同時に、攻撃機や爆撃機の一部が船を離れる。

 そして、目標である星を取り囲むようにする。

 早理恵は、それを元帥であるウェッサム達や幕僚達と司令室で見守る。

 あとは……攻撃開始の命令を、出すだけだ。

 それで、何か変事がない限り、この司令室から指令を出す必要はなくなる。

 これから主な指示を出すのは、将官や佐官達だけだ。

 やがて、部隊の動きが整う。

 ここからは、迅速な行動が重要だ。

 地球連邦からここまでは、そこまで離れた場所ではない。

 この時点で動きを嗅ぎ付けられては、こちらの作戦行動が終わる前に攻撃されてしまう。

 早理恵はスッと立ち上がると、拡声器の前に立つ。

 これは……国王の、仕事だ。

 早理恵は、本来は王ではない。

 だが、『うんきょう』という姓を持つ人間として――そして、異母姉あねの軽率な行動を止めることができなかった異母妹いもうととして、これは仕方のないことなのだ。

 このことによって……早理恵の号令によって、一体どれほどの人間が死ぬのだろう。

 早理恵は内心の怯えを隠したまま、静かに息を吸う。

 そして、強く威厳のある言葉を発する。

「さあ、皆。攻撃、開――っ!」

 早理恵の言葉は、突然の衝撃によって途切れる。

「きゃあっ!」

 早理恵は、近くにあった椅子に縋り付く。

 それは床に固定されているので、辛うじてその衝撃をやり過ごすことはできたが、他の席を立っていた幕僚の何人かが床を転がって、頭をぶつける鈍い音がする。

「い、一体、何がっ……!」

 早理恵は、何とか顔を上げてモニターを見詰める。

 それまではどこか呆然とした表情だった早理恵だが、それを見た途端、表情は愕然とした物に取って代わられる。

「ど、どうしてっ……?!」

 他の、何とか立ち上がった幕僚達や元帥達も、それぞれ愕然とした表情になる。

「何故……!」

「どうして、地球連邦がっ……!」

 早理恵達の目に映っていたのは、地球連邦の戦闘機と、それを収容していたのだろう巡洋艦や駆逐艦だった。

 外装に描かれている連邦旗を見ても、それは明らかだ。

 そして、今の攻撃は――

「まさか、撃って来たというの……? でも、どうして気付かなっ――!」

 早理恵の見詰めていたモニターの映像が、突如としてぶれる。

 まさか、カメラまでもが壊れたと言うのか……?

 だが、違った。

 ザザ、と砂嵐が起こったかと思うと、数名の姿が映し出されたのだ。

 つまり、これは――

「まさか、電波ジャック……?!」

 幕僚が呟いた途端、そこに映っていた中でも中心に立っていた人物は、重々しく頷く。

「当たりだ、花鴬国の人間よ」

 その人物は、今までの報道でよく見掛けた人物だった。

「こうして話すのは初めてだろうかな。改めて名乗るとしよう。私はジャック・エンダーレンス。地球連邦の議会で、議長を務めている」

 その言葉に、早理恵は僅かに目を瞠った。

 たかが連邦議長が、こんな戦いの場所に通信を送って来るなど、信じられなかった。

 普通は、こういうことは軍務の人間――それこそ、花鴬国で言うせんしゅくだいじんのような人間か、軍の統帥権を握っている人間が、代表として出て来るはずだ。

 彼の背後や横に目を滑らせると、確かに、地球連邦の国防大臣や、宙軍の最高指揮官の大将がいる。

 だが、早理恵の記憶が確かであれば、この大将も国防大臣も、現場で叩き上げられた実戦型の人間のはずだ。

 そういった人間は、得てして口が下手なことが多い。

 だから、わざわざ連邦議長を引っ張り出して来たのだろうか。

 だとすれば、その選択は正しいと認めざるを得ない。

 この泰然とした、物慣れた様子は、生半な人間に醸し出せるものではない。

 地球連邦の大統領が有能だという話も聞かないし、むしろこの議長は、次の大統領候補にすら挙がっているほどの人物だ。

 大統領でも、国防大臣でも軍人でもなく、この議長が直接出て来る、ということは――地球連邦は、本気だ。

 事前情報では、地球連邦は花鴬国を侮り切っているとあったが、それは誤りだったのだろう。

 早理恵は、ゆらりと立ち上がった。

 もう、船の揺れはだいぶ治まっていた。

 早理恵は、静かな目でジャックを見詰める。

「……わたくしが、花雲恭富瑠美です。エンダーレンス議長。……初めまして、で宜しいでしょうか?」

「ええ。そうですね」

「ならば……」

 早理恵は、震える声で言う。

「単刀直入に訊きますが、貴方方は……一体いつからわたくし達の接近に気が付いていたのです? そして、どのような術をもってして、わたくし達に接近を気付かせなかったのです」

 さすが王族ということもあり、早理恵は内心の動揺を押し殺し、静かな声で訊ねる。

 ジャックはスッと目を眇めると、わざとらしい微笑を浮かべてみせる。

「ほほう? さすがは王族の姫君。幼いことだ」

「なっ……!」

 早理恵は、頬に朱を昇らせる。

 確かに、早理恵自身は大人ではない。

 ついこの前、この軍艦の中で誕生日を迎えたとはいえ、まだ十七歳だ。

 花鴬国の法律ではまだ未成年に当たり、親の保護下に置かれるべき子供でもある。

 だが、『花雲恭富瑠美』は違う。

 彼女はもう十八歳であり、今年で十九歳になる。

 花鴬国の法律では十八歳からが成人に当たるので、彼女は法的にも成人だ。

 おまけに、富瑠美は王である。

 富実樹がそうであったように、王になればその瞬間から、たとえまだ未成年でも『大人』として扱われるのだ。

 富瑠美は十六歳の頃から『大人』として扱われ、に到っては、王位に即いたのは十四歳の頃だ。

 だから早理恵は、図星を指されたというのもあるが、異母姉達に対する侮辱でもあるこの言葉に、過剰に反応してしまった。

「わ、わたくしは、もう十八となりました。たとえわたくしが一般人であっても、もう正式に成人ですわ。侮辱しないで頂きたく存じます」

 その言葉に、ジャックは微笑んだまま言う。

「私は、貴女が成人か未成年かを問題にしている訳ではありません。成人か未成年かということと、大人か子供かということは違うのですよ?」

 その言葉は、まるで聞き分けのない子供を諭すようで、早理恵はカチンと来た。

 ジャックの後ろの方に映っている、富瑠美とそう変わらない歳であろう少女までもが頷いているのが、更に癪に障る。

「さて、貴女の質問ですが……」

 早理恵が反駁しようとした途端、絶妙のタイミングで挟まれた言葉に、早理恵は黙らざるを得なくなる。

「最初の質問。私達が、いつから貴方達の接近に気が付いていたか。……これは、二週間ほど前でしょうか」

 その言葉に、何とか立ち直った幕僚が食って掛かる。

「まさか! 嘘偽りを申すな!」

「そうだ! 二週間も前だとっ?! あり得ない!」

「我々がここの周辺に着いてから、まだ一週間も経たぬのだぞっ?!」

 あっさりと重要な情報を洩らす幕僚に、早理恵と元帥達は頭を抱えた。

 それを分かってか、ジャックは重々しい笑い声を洩らす。

「こちらの諜報能力をなめてもらっては困るな、花鴬国の御仁ども」

 その言葉に、ジャックの後方にいた少女が、今度は体を二つ折りにせんばかりの勢いで、猛烈に込み上げて来る笑いを必死に堪えている。

 何がそこまで面白いのか分からず、猛烈に込み上げて来る不快感を抑え、早理恵はその少女を睨んだ。

 すると、何故かその少女にじっくりと眺められ、ウインクをされる。

(はっ……?)

 ……ウインクというのは、親愛の情を示す時に用いられる物ではなかっただろうか。

 しかもこの少女と早理恵は、正真正銘初対面以外の何物でもない。

 だから、この少女の行動の意味がさっぱり分からず、早理恵は思わず硬直した。

 すると、何故か映っている範囲の外から手が伸び、その少女を引っ張る。

 ジャック達もその方向を見ているが、どうも苦笑を噛み殺しているような顔だ。

 本当に、さっぱり意味が分からない。

 しかも、微かに漏れ聞こえてくる声は、

「ちょっと、いきなり何すんのよ!」

「何すんの、ってのはこっちの台詞だって! あんなにふざけちゃ迷惑掛かるでしょうが!」

「ちょっとくらいのおふざけならいいじゃない! それにあんだけ協力したのに、ちょっとぐらいの迷惑がどうだって言うのよ?」

「ちょ、それ向こうから言われるのはともかく、こっちが言っちゃ駄目な台詞でしょ?! はあ、全く、これだからお嬢様育ちは……」

「ちょっと、何言ってるの? だって一応お嬢様育ちじゃない!」

「ちょ、! 『一応』って何、『一応』って!」

「何ってそのままの意味じゃない!」

 ……何故だか、口喧嘩が勃発している。

 ジャックの背後に控えている人物は皆、笑いを噛み殺しているような変な顔になり、それがまた早理恵の癇に障る。

 ジャックがわざとらしい咳払いをして、ようやくその二人の口喧嘩は治まった。

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