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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅲ部 心の置き場所は
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第四章「憂慮」―3

 シュール・リリーシャ・ウィレットは、苛々と動き回っていた。

 ここはシュール自身の屋敷であり、シュールが呼ぶまで、ここに誰かが入ってくるということは決してない。

 だから、安心してストレスを発散し、深い思索に耽ることができた。

(何故だ……何故、あやつらから連絡が来ないっ?! マリミアン・カナージェ・スウェール――今名乗っている名はマリミアン・カナージェを、誘拐してくるようにと命令したはずなのにっ! 確かに、私の手の者をルーシャック大陸のスージュクンへ向かわせると、彼女がいたと報告が上がって来た。それに、あの時……私自身がその地方へ行った時も、それらしき人影を見た。だから、それに間違いはない。マリミアン・カナージェ・スウェールは、間違いなくあの場所にいるのだっ! それなのに、何故連絡が来ないっ?! もう一週間以上が経つというのに、何故だっ!)

 この辺り、シュールはやシャーウィンを甘く見ていたのだろう。

 二人は、そこまでマリミアンの身辺に無関心ではない。

 今のこの時代、かなり貴重な人材である魔族の身体能力を持っている少女を、マリミアンや同居している他の少女達にすら気付かれないように配置するほど、二人はマリミアンを心配し、その安全に細心の気を配っている。

 そしてそれは、自分達がどこにいても大丈夫なようにと、手配が済んでいる物でもあった。

 もしマリミアンに何かがあったら、ユリアから別の配置されている人間に連絡が行くことになっていたのだ。

 だから、シュールの手の人間がマリミアンの店に来た時も、ユリアは彼らを二つ隣にいる人間に手渡したのだった。

 その人間は、マリミアンの末の異母弟おとうと、シャーリン・ミシェル・スウェールの第三妻の妹の夫の従兄の友人という何とも遠い間柄ながらも、シャーリンの第三妻の妹の夫やその従兄の三人と協力し、こちらに全面協力をしてくれているのだった。

 だが、いくら何でもそんなに遠い間柄では、わざわざ焦点を絞って探り込まなければ分かるはずもない。

 と言うよりも、分かったら逆に驚異的である。

 そして今、シュールの手の者はシャーウィンに引き渡されていて、厳重な取調べを受けている。

 だが、そんなことに想像も及ばないシュールは、ひたすら舌打ちをし、苛々と歩き回っていた。

(全く……この前から、一体何なのだ! 小娘には馬鹿にされ、顎で使われ、ようやく反撃の機会が訪れたかと思ったら、その者が戻って来ないだとっ?! マリミアン・カナージェ・スウェールを抑えておけば、育ての母と慕っている陛下のことだ、すぐに身動きが取れなくなるに決まっておるというのにっ! それに、王女殿下や王子殿下も、すぐに動けなくなるわ!)

 シュールは、だんと音を立てて長椅子の背もたれを殴り付けた。

(おまけに何故かは知らぬが、マリミアン・カナージェ・スウェールは、王子殿下やれい王女殿下以外とは、とても仲が良く、親しい。今でも、慕っている王子殿下や王女殿下はいらっしゃるだろう。だからこそ、いざという時の切り札になるというのに! 何故だ、何故、攫うことができないのだっ?! 相手は女子供がたったの五人だぞっ?! それなのに……何故だ、何故だっ!!)

 シュールは、決して口にはできない不満を、一気に脳内でぶちまけていた。

 だが、本当は、そんな余裕はないのだ。

『シュールに命令を受けてマリミアンを攫いに来た』という、シャーウィン達から見たら重要な証拠を、そのまま放っておくはずはない。

 シャーウィンは、今この瞬間にもシュールに対する手段を講じているはずだし、それ以外にも、彼らを『生きた証拠』としてシュールを追い落とすことは、今のこの状況では簡単に可能となっている。

 だが、それを知る由もないシュールは、ただ苛々と部屋の中を歩き回るだけであった。

 それが、自らの政治生命だけでなく、本当の命を脅かすことに通じるとも、一片たりとも気付かずに……。




「ようやく……ようやく、着いたのですね」

 富瑠美――の振りをしたの言葉に、傍に控えていた者が頭を下げる。

「はい、陛下。ここから見えますのが、地球連邦で御座います。そして……」

 彼は、一つの星を指す。

「あれが、地球連邦の領域内でもかなり重要な星です。この星では、地球連邦だけではなく、全宇宙で見ましても、かなり貴重な鉱物が採取できます。他にも、地球連邦にとって重要な資源をもたらしている星でもあります」

「それくらいならば、知っておりますわ。わたくし達()おうこくの出方としては、まずあの星を攻撃する。そして、あの星に建設されている施設を破壊し、地球連邦への圧力を掛けると同時に、資源の供給を減らす。……そうで御座いますわよね?」

 早理恵の言葉に、彼は深く頷く。

「はい。仰る通りに御座います、陛下」

「そうですか」

 早理恵はそう言うと、小さく手を振った。

「それでは、しばらく皆を休ませなさい。戦いの前に、気力を充実させた方がよいでしょうし……。それに、わたくしも少し疲れました。しばらくの休憩を取ったのちに、軍議を開きます。そこで、具体的にいつ攻撃を開始するのか、そして概要だけではなく、詳しい内容を討議致します」

「はい。畏まりました、陛下」

「分かったのならば、下がって其方も御休みなさい」

「は。失礼致します、陛下」

 彼が下がると、早理恵は深い溜息のような物をついた。

 その顔には、今まで誰も見たことがないような焦燥が濃く浮かんでいる。

(嗚呼、富瑠美御異母姉様(おねえさま)、些南美、柚希夜……どうして、御連絡がないのですか? 地球連邦で、一体何をなされているのです? もう、こちらへ御帰り下さいませ! 何故……何故です? このままでは……富瑠美御異母姉様方が地球連邦にいらっしゃるまま、戦いが始まってしまいます! ですから……ですから、御早く! 御早く、御連絡を……!)

 早理恵は、今までにないほど強く願った。

 目の前に広がるスクリーンに映る、遠望鏡で覗いた地球連邦――青い星を、ひたすらに見詰める。

(こんなに……こんなに近くに、見えるというのにっ……! 富瑠美御異母姉様……些南美……柚希夜……!)

 きつく固く、両手を握り締める。

 知らず知らずのうちに、早理恵の瞳には、涙が浮かんでいた。

(御願いです……御願いで御座います! どうか、どうか御連絡を! わたくし達に、連絡を御取りになって下さいませ! 御願いです……御願いです! 御願いです、から……だから、どうかっ……どうか、どうか……! 富瑠美御異母姉様っ……!)

 早理恵の必死の願いとは裏腹に、宇宙そらはいつもと同じように、暗く静まり返っている。

 地球も、いつもと同じように、そこにあり続けた。

 早理恵の願いなど聞こえないと、聞こえたとしても、そんな些末な物、と切り捨ててもいるように……。




……」

「何? 

 由梨亜は、疲れの濃く浮かんだ顔で千紗を見た。

「もうそろそろ、なんだよね……」

 いつもとは違い、真剣で、それでいて暗く沈んだ顔を見て、由梨亜はしばらくの沈黙を挟んだ後、重い声で言った。

「……ええ。そうね。もうそろそろ……始まるわ。始まって、しまう――」

 由梨亜は、静かに顔を伏せ、千紗に呼び掛けた。

「ねえ、千紗……」

「何?」

「私……地球連邦に戻って来ない方が、良かったのかな……」

「え?」

 千紗は、驚いて由梨亜を振り返る。

「だって……もし、私が花鴬国にいれば――そして、私が花鴬国の百五十三代国王でいて、富瑠美が百五十三代(おう)だいじんでいれば……こんな戦い、止められたかも知れないのに……。お祖父様も、前(せい)ざいだいじん殿――フォリュシェア・アメリア・シャリクも、冤罪で投獄されることはなかったかも知れないのに……。私が――私が、我慢していれば……我慢して、花鴬国にいれば、こんなことはっ……」

 起こらなかったのかも、知れないのに――

 由梨亜の言葉に、千紗は瞳を揺らす。

 だが、静かに、決然と言った。

「由梨亜。……そんな仮定は、無意味だよ。だって……由梨亜は今、ここにいるもん。過去になんて……誰も、戻れないんだか、ら……?」

 千紗は、不意に言葉を途切らす。

「そう言えば……あたし達、過去に戻ったよね……。自分達の意思じゃないし、そもそも千年前って、かなりスケールがおっきかったけど」

 千紗がぼそっと言った言葉に、由梨亜は思わずといった風に吹き出す。

「千紗……! 自分で言っておいて、否定するなんてっ……。やっぱり、千紗笑える! ほんっと、面白い!」

 そして、不意に真面目な顔になる。

「ええ。『普通』は、過去になんて戻れないわね。だから、確かにこの仮定は無駄だわ。でも……私も、少しだけ聞きかじっただけなんだけど……花鴬国の魔法を使える人の中には、過去に戻れる力を持った人も……いた、らしいわ。御母様が、仰っていたけれど」

 その言葉に、千紗は目を見開く。

「嘘っ……そんな、まさかっ……?!」

「うん……信じられないわよね、普通は。でも……本当に、それこそ五百年に一人と言われるくらいの強い力を持った人なら、過去に行くことができるみたいよ。ただ……その代償は、二度と『今』に戻れないこと。二度と戻れないことを前提としてなら、過去に戻ることはできるみたい……」

 由梨亜の言葉に、千紗は思いっ切り顔を引き攣らせた。

「な、何、それっ……。じゃあ、あたし達って、めっちゃ幸運中の幸運?」

「…………多分」

 由梨亜の長い沈黙に、今度は千紗も口を挟まなかった。

 由梨亜の顔に浮かぶ濃い疲労の中には、信じられないと言った動揺も、微かに浮かんでいたのだ。

「……ねえ、千紗」

「何?」

「私……ずっと、宗賽大臣だけは、大丈夫だと思っていたのよ。あの人は自称だけじゃなくって、周りの人からも『中立』って思われていたし、普段の態度からして、権力に興味なんてなさそうだったし……な、なのに、その宗賽大臣が……シュール・リリーシャ・ウィレットが、あんなっ……」

 由梨亜の瞳から、涙が零れ落ちる。

 千紗は、そっと由梨亜の背を撫でる。

 げんかいきょうを自由自在に使いこなせるようになるように、由梨亜は一日のほとんどを現解鏡と向き合っていた。

 勿論、そこから得た情報で花鴬国に対する対策が決まっていったところも多いが、それだけではない。

 それだけを探っていたのでは、決して腕は上達しないのだ。

 だから由梨亜は、どうしても気になっていた、父親の――うんきょうほうきょうの暗殺未遂事件の犯人が本当は誰なのかを、探ってみたのだ。

 勿論、富瑠美と同じく由梨亜は、自分の祖父のノワールや前政財大臣のフォリュシェアが犯人だとは、端から思っていなかった。

 だが、それで知った真実は……かなり、残酷な物だった。

「シュ……シュールが、御父様を、暗殺し掛けていたなんてっ……! そ、それに、お祖父様も、前政財大臣殿もっ……みんな、みんな、あいつがっ……! そ、それに、あいつ……形勢逆転の為に、御母様まで攫おうとしてたなんてっ……!」

 由梨亜は、まるで幼子のように泣きじゃくる。

 千紗は、ただ無言で由梨亜の背中を撫でる。

 自分の大事な家族を、信頼していた人間が害そうとしていたと知れば、その衝撃はかなり大きいだろう。

 だいぶ落ち着いてきた由梨亜は、小さい声で呟く。

「それに……富瑠美と些南美と柚希夜が地球連邦に来てるのだって、あいつのせいだし……。そりゃあ、最初に言い出したのは富瑠美だけど、計画を立てたのはあいつよ? しかもあいつ、これを機会に、些南美と柚希夜ごと富瑠美を始末しようとして……」

 由梨亜の声が、微かに震える。

「富瑠美達から、早理恵達に連絡が取れないようにしているし……早理恵は早理恵で、向こうから連絡が来るものと思っているし……」

 由梨亜の言葉に、千紗は眉根を寄せる。

 だが、何とか声を励まして言った。

「でもさ、由梨亜。由梨亜が頑張ればいいんだよ。頑張って、こっちに直接攻撃が来ないようにして、その由梨亜の異母妹いもうと……早理恵、だっけ? その子にも危害が加えられないように、由梨亜が攻撃のポイントのアドバイスをすればいいんだよ! そして、本格的な犠牲が出る前に和平条約を締結すれば……。そうすれば、そのシュールの思惑通りにはなんないでしょ? それに由梨亜の御母様だって、富瑠美とか由梨亜の伯父さんが、ちゃ~んと護衛を付けてるでしょ? だから、大丈夫だよ、由梨亜。大丈夫。……大丈夫」

 千紗が何度も噛み含めるように言っていると、だんだん由梨亜も落ち着いてきた。

 由梨亜はそっと涙を拭うと、千紗に向かって笑い掛けてみせる。

「うん。……分かってるわよ、千紗。……私は今、ここでできることをするわ。もしも向こうにいたらなんて、もう考えない。過去に戻りたいなんて、もう思わないし言わないわ。私は、今できることをやるの」

「うん。それでこそ由梨亜だよ! いつまでもうじうじと悩んでるなんて、らしくないよ? 由梨亜、頑張ってね? あたしには現解鏡を視ることはできないけど、あたしはあたしにできることを、精一杯やる。由梨亜のサポートは任せてっ!」

 千紗の言葉に、由梨亜は吹き出して言う。

「それ、逆に心配だわ」

「な、何おうっ!」

 二人は、ようやくいつもの調子に戻る。

 二人もそれに気付き、やがて声を立てて笑い出す。

 それは、戦いの直前と言うこの緊張した状況には全く似付かわしくなく、不謹慎だと眉を顰められても可笑しくはない物ではあるが、この年頃の少女の物としては相応しい、軽やかな笑い声だった。




 ……戦いは、もうすぐ始まる。

 それぞれの、運命の歪みを抱えて。

 そして、その結果は……そして、富瑠美達がどうなるのかは――

 現解鏡を、今やほぼ思い通りに扱えるようになった由梨亜にしても、分からない物であった。

 誰も――誰にも、分かりやしない。

 これから、一体……世界は――花鴬国は、地球連邦は、どうなるのか。

 誰にも……誰にも。

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