第四章「憂慮」―1
ミア達は、不意に手を止めたマリミアンを見て、首を傾げた。
今日は土曜日だからミア達四人は大学が休みで、朝からマリミアンと共に店に下りていた。
「……マリミアンさん?」
ユリアは首を傾げた。
そう言えば……つい二、三日前にも、似たようなことがあった気がする。
ユリア自身は目撃していないが、マレイ達から聞いたのだ。
ユリアは、少し考え込んだ。
(一体何なの? この前のあの男達も、マリミアンさんの様子も……。結局あの男達が、どうして宗賽大臣から命令を受けてここまでやって来たのかも、よく分かんないままだし……。戦祝大臣様の手の者が、その男達に尋問をしているとは思うんだけど……。ああ、もうさっぱりだわ。全然分からない。はあ。せめて、魔族並みの身体能力だけじゃなくて、知力も持ってれば良かったんだけど……。そしたら、こういう時に役に立てるし……。折角癒璃亜女王陛下のようにって、お父さんやお母さんから『ユリア』って名前貰ったのに。身体能力が高いだけって、ただの役立たずじゃない。あたし、あんまり勉強も好きじゃないしさ……)
と、その時。
いきなり、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ~!」
ユリア達四人は一斉に言ったが、マリミアンは目を瞠って呆然と立ち尽くしていた。
「あれ? マリミアンさん?」
店の中に入って来たのは、帽子を目深く被った、その立ち居姿から感じる気品と、何となく違和感を感じる服装から考えると、恐らく貴族の少女と少年だ。
少女の方は、夏という季節にあわない毛糸の帽子からアッシュブロンドの髪が覗いていて、少年の方は赤茶色の髪が覗いている。
冬の装いらしいということと高価そうな服装を除けば、到って普通の少年少女だ。
だが、次の瞬間マリミアンの口から漏れた言葉に、四人は硬直した。
「まさか……杜歩埜? 麻箕華?」
「え……?」
(待って……ちょっと待って。まず、整理しよう。うん。『トフヤ』とか『マミカ』って名前は、まず花鴬国じゃ一般的じゃない。っていうことは、自動的に外国人。でも、聞いたことがある。そう、どっかで聞いた――って、ええっ?!)
「まさか、杜歩埜王子殿下と麻箕華王女殿下っ?!」
ユリアは、大絶叫してしまった。
二人は、その言葉を引き金に、帽子などを取り去る。
すると、二人の顔立ちがはっきりと見え、杜歩埜の朱色の瞳と、麻箕華の白緑色の瞳もよく見えるようになる。
杜歩埜のように非常に濃い赤の色や、麻箕華のように寒色系の色を持つ王家の人間は珍しい為、見間違いようもない。
間違いなく、報道などでよく見かける人物だ。
「……マリミアン様、まさかこのような所におられるとは、思いもしませんでしたよ」
杜歩埜の言葉に、マリミアンは苦笑する。
「どうして、ここが分かったのです? 杜歩埜」
「最初は、シャンクランにあるスウェール家の本邸へと御伺い致しましたのですが、そこにはおられないということでしたので、シャーウィン殿やシャーキヌ殿、シャーリン殿達をおど――いえ、御三方に頼みまして、ここの場所を紹介してもらいましたの」
……一瞬、不穏な言葉が聞こえた気がする。
だが、マリミアンはそれを無視して、変な顔をする。
「あの……御異母兄様達からは、わたくし、何も伺ってはおりませんけれど……」
その言葉に、麻箕華は曖昧な笑みを浮かべる。
「その、一日だけ休みを取りまして、朝早くから……そう、まだ彼らが登城なされる前に、御伺い致しましたの。そうして、マリミアン様がそこにおられないことを不思議に思って、徹底的に追究したのです。そして、その足でここまで……」
その言葉に、マリミアンは絶句した。
リィウォン大陸は北半球で、ルーシャック大陸は南大陸。
つまり、向こうは冬だが、こちらは夏なのだ。
二人が毛糸の帽子を被っていた理由も、それで何となく分かる。
「まあ……随分と無理をしましたのねぇ、杜歩埜、麻箕華」
「ええ。だって、この機会を逃したら、次はいつ休めるかも分かりませんもの。それに、善は急げと言うではありませんか」
その言葉にマリミアンは苦笑すると、ユリア達を振り返って言った。
「しばらく、お店を任せても良いかしら?」
「あ、はい。分かりました……」
「それでは、杜歩埜、麻箕華。こちらへいらっしゃいな。いつまでもここで立ち話をしている訳には参りませんでしょう?」
「はい。御邪魔致します」
そう言うと、三人は店の奥へと入って行った。
ユリア達は、ただただ、呆然とそれを見詰めるしかなかった……。
「御久し振りです、マリミアン様」
奥の机に落ち着くと、杜歩埜と麻箕華はにっこりと微笑んだ。
「ええ、そうですわね。もう一年半が経ちますでしょうか……」
マリミアンは溜息をつくように言った。
「……それで、貴方達は何故、ここまでいらっしゃったのです? 貴方達は今、それほど暇のある身ではありませんでしょう?」
「はい。……実はマリミアン様に、少々御頼みしたいことがあるのです」
「わたくしに……頼みたいこと、ですか?」
マリミアンは、目を瞬いた。
「はい。その……実は、私達もつい数日ほど前に知ったばかりなのですが……」
杜歩埜は、軽く非難の目で麻箕華を睨み、それに麻箕華は視線を漂わせた。
「富瑠美異母姉上のみならず、些南美も柚希夜も、もうこの星にはいないようです。そして……早理恵も」
その言葉に、マリミアンは目を瞠った。
「え……?」
(ちょっと……待って。一体……どういうことなの?)
「その……元々の、ことの発端は富瑠美御異母姉様なのです」
麻箕華が、初めて口を開いた。
「富瑠美御異母姉様が、その……地球連邦に、些南美御異母姉様や柚希夜と共に、向かうと……そして、早理恵御異母姉様に、自分の身代わりを頼むと……。そして、富瑠美御異母姉様達は、地球連邦へと向かわれてしまいました。今も……三人は、地球連邦におります。そして、早理恵御異母姉様は富瑠美御異母姉様の振りをして、地球連邦へと向かう船の中におります。そして、その早理恵御異母姉様自身と、些南美御異母姉様と柚希夜も、その船の中におられることになっております。その……戦いに、興味を持ったということになっておりまして」
「まあ……」
「それだけではないだろう? 麻箕華」
マリミアンが呆然と声を洩らすと、杜歩埜は責めるような目で麻箕華を見、麻箕華は視線を逸らした。
その様子にマリミアンが首を捻ると、杜歩埜は咳払いをして言った。
「富瑠美異母姉上達が地球連邦へ向かったのは、早理恵が地球連邦へ向かった日よりもとても早かったそうです。その時間差を解消する為に、些南美と柚希夜は、貴女の所へ行き、そして父上の御見舞いへと向かったということになっていたのです」
その言葉に、マリミアンは頭を抱え込んだ。
「全く、あの子達ったら……似なくてもよいところまで似てしまったようね……」
そう言ったところで、不意に腕に鳥肌が立った。
「待って。その……三人は、地球連邦に?」
その言葉に、杜歩埜は頷く。
「はい。そうですが?」
その言葉に、マリミアンは目を見開いた。
(え――だって、地球連邦には、富実樹がっ……!)
「マリミアン様……マリミアン様?」
こちらを覗き込んで来る麻箕華に、マリミアンは我に返った。
「あ……麻箕華?」
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
(そんな、富瑠美達が……地球連邦に? では、富実樹に――本条由梨亜に、会うかも知れないの……? もし、会ったら……些南美や柚希夜ならともかく、富瑠美だったら……絶対に、分かってしまう……!)
そう、まさにこの日、富瑠美は本条由梨亜に会い、本条由梨亜が花雲恭富実樹であるという確証を持ったのであった。
マリミアンの勘は、やはり、とても鋭い物なのだろう。
「それで、相談とは……このことでしょうか?」
その言葉に、杜歩埜は微笑する。
「ええ。母上や深沙祇妃には、とてもとても、こんなことを相談できようはずがありません」
その言葉に、マリミアンは苦笑した。
「ええ、それは……そうでしょうね」
そして、二十年近くも付き合って、妊娠してから結局最後まで仲良くなれなかった妃と、最初の方から結構仲が良かった、義妹であり母同士でもある后を思い出した。
「確かに……二人とも、それはそれは、生粋の御姫様ですからね……そんなことを言ってしまったら、どんなことになってしまうか……」
「ええ。私達もそう考え、適当な人物が、宗賽大臣殿の他には貴女様しか思い浮かばず……あの? マリミアン様?」
杜歩埜の言葉に、マリミアンは顔を凍らせていた。
(そんな……シュールも? 彼も? そんなっ……!)
マリミアンのその様子に、慌てて麻箕華が口を挟んだ。
「あ、あの、マリミアン様。宗賽大臣殿には、御相談致しておりませんわ。わたくし達兄弟が相談を持ち掛けようと決めたのは、マリミアン様、貴女様だけに御座います」
「そ、そう……ですか」
マリミアンは、内心ほっとした。
「それで、相談とは?」
「はい。その……わたくし達のした判断で、良かったのかと……不安になりまして」
その言葉に、マリミアンは深く納得した。
(そう、ね……一番年上の杜歩埜でさえ、まだ十八歳だもの。不安になっても仕方がないかしら)
「私達は、このことを兄弟だけの話にとどめておこうと考えます。下手に外に出しては、どんな混乱を招くのかも分かりませんので。ただ、私達だけの話にとどめておくには、あまりにも重過ぎる話で、私達は幼く世間を知らないのではないかと、鳳蓮が」
「そう……鳳蓮らしいですわね。さすがは自他共に認める現実主義者ですわ」
思わず、マリミアンはくすりと笑みを洩らした。
「それで、わたくしに?」
「はい。……マリミアン様には、いざという時の証人になって頂きたいのです」
「証人?」
「はい。私達だけでは、いざという時の不安が残る。……これは、私も鳳蓮に賛成です。まだ、この中で一番年上の私ですら、成人に達して一年も経っておりませんから」
「それで、わたくしを巻き込むのですか?」
その言葉に、杜歩埜は気まずそうに目を逸らす。
「ええ。……子供の、勝手な言い分だとは思います。でも、マリミアン様。貴女とも、無関係ではない話だとは思いますが?」
その言葉に、マリミアンは声を上げてころころと笑う。
「マリミアン様?」
「駄目よ、杜歩埜。そんな話の持ち掛け方では。それでは、もしわたくしが強固な態度に出た場合、貴方が不利になるでしょう? 良かったですわね、杜歩埜、麻箕華。わたくしに、断る気がなくて」
「ではっ……!」
「ええ。証人になることぐらい、容易いですわ。それよりも、富瑠美と些南美と柚希夜が、大変迷惑を掛けましたね」
「いえ、そんなっ……マリミアン様に、そのように仰って頂くようなことでは御座いませんわ。それに、マリミアン様はカサミアン宮どころか、シャンクランにすらおられませんでしたし……」
「ですが、娘や息子の不始末は、育てた母の、つまりわたくしの責任でもありますわ。三人とも、わたくしが育てた子供ですから」
その言葉に、杜歩埜と麻箕華は思わず頬を緩めた。