第二章「兄弟姉妹達」―4
マリミアンは、突然ふっと顔を上げ、虚空を凝視した。
ちょうど、店の中に客はいない。
だからその様子を見付けたのは、大学の講義がなくて店でぶらぶらしていた、マレイとレイシャだけだった。
「……マリミアンさん? どうか……したんですか?」
マレイが不思議そうに訊ねると、マリミアンははっとしたような表情になり、こちらを見詰めた。
だが、微妙に焦点が合っていない。
「マリミアンさん……?」
再び呼ぶと、マリミアンは瞳を揺らし、ようやく焦点が合ってきたようだ。
「大丈夫ですか? マリミアンさん」
「ええ……大丈夫よ、マレイ、レイシャ。……わたくし自身には、何もないわ」
その言葉に、二人は不思議そうな顔になる。
「マリミアンさんに何にもないんなら……じゃあ、誰に何があるんですか?」
その鋭い言葉に、マリミアンは苦笑する。
「鋭いわね、貴女達……」
「それで? 一体、どうなんです?」
その顔はいかにも興味津々で、その様子に、思わずマリミアンは再び苦笑を洩らした。
「そこまでは、わたくしには分からないわ。わたくしの勘は、当たるか否かで言えば当たったことしかないけれど、そこまで詳しいことは分からないのよ。けれど……」
「けれど?」
「これは、わたくし自身に関わることのようね。でも、今すぐではない……多分、少し時間は掛かるでしょうね。けれど、そう遠くもない……」
マリミアンは、二人に笑ってみせた。
「まあ、その時が来れば分かるわよ。逃げなければならないほど、重大なことでもないようだし……座して待て、というのが一番近いのかしらね?」
マリミアンの言葉に、レイシャが顔を顰めた。
「嫌だ。……『座して待て』なんて、あたしがいっちばん苦手なもんじゃん」
その様子が可笑しくて、思わずマリミアンは吹き出した。
「ちょっとぉ、笑わないで下さいよ、マリミアンさんっ! マリミアンさんって、本当に花鴬国一番の貴族のお嬢様なんですかぁ?」
その言葉に、何故かマレイも頷く。
その様子に、マリミアンは苦笑した。
「ええ。本当よ。それにね、レイシャ、マレイ。『スウェール家の令嬢』っていうだけでそんな固定概念、可笑しいわよ? わたくしは元々こういう性格ですもの。御父様にも御母様にも、御異母兄様にも御異母姉様にも……もう、家族全員に、『御前は好奇心が旺盛だな』とか、『少しは大人しくしてくれ』とか、『もう悪戯は止めなさい』とか……もう、本当に色々と言われて来ているのよ」
「それって……貴族として、大丈夫なんですか……?」
「ええ。わたくしは、産まれた時から峯慶様と結婚することがほとんど決まっていたから、学校も、貴族の子弟しかいないような女学校にずっと通っていて……それで、女の子だけの世界って、まあ、ある意味男女両方がいる世界よりも、色々と凄いことがあってねぇ……」
マリミアンは、ふと遠い目をした。
「それで、元々の性格に拍車が掛かってしまったのよ。それに、貴族で第一王位継承者の婚約者っていうだけで、好きな時に外出が許されなかったし、街を歩きたい、ウィンドウショッピングがしたいって思ってもできなかったわ。そのせいでストレスが溜まっちゃって、それを屋敷で発散させていたのよ」
その言葉に、レイシャとマレイは目を白黒させている。
まあ、貴族と言う存在に夢を持っている彼女達にしたら、突然非情な現実を突き付けられたように感じても仕方がないだろう。
だが、マリミアンは容赦しなかった。
「でもねぇ、これぐらいで驚いていたら、わたくしの娘達に会ったら腰を抜かすでしょうねぇ」
その言葉に、レイシャとシュミアが石化した。
すると、そこに声が掛かる。
「え~っ?! それってどういうことですかぁっ?!」
その声は、いつの間にか帰っていたミアが発した物だった。
その隣には、ユリアの姿もある。
「ああ、お帰りなさい、ミア、ユリア」
「そんなことよりも、マリミアンさんっ! マリミアンさんの娘さん達ってっ……娘さん達、って、誰……?」
そう言って、首を傾げる。
「ちょっとミア、一人ぐらいは知ってるでしょ」
ユリアが、顔を顰めて言う。
「えっ? 嘘、誰々?」
「富実樹先王陛下よ。花鴬国の第百五十三代国王陛下」
「えっ? あの行方不明になってしまった女王様って……マリミアン様の娘さんなんですかぁっ?!」
シュミアが、仰天して大声を出す。
「ええ。あと、第五王女の些南美と第七王子の柚希夜が、わたくしの産んだ子供達よ。……本当に、富実樹も些南美も、わたくしに似なくていいところまで似てしまって……。富実樹なんか、御腹が空いたからといって厨房に忍び込んだこともあるのよ?」
その言葉に、四人はピシッと固まる。
「そ……れ、って……」
「しかもその時、ちょうど峯慶様は御病気で、その日は何も御口になされなくて……。それを心配した富瑠美――今の陛下は、料理をしようと思い立ったけれど、料理の仕方が分からなくて、結局富瑠美は富実樹と一緒に料理をして、わたくしと峯慶様の所に持って来たのよ。まあ、そんな無駄なぐらいの行動力が、富実樹の富実樹たる所以だけど」
その言葉に、四人は更々と砂になりかける。
「せ……先王陛下って……」
「そんな人なんですか……?」
「ええ。わたくしの可愛い娘よ。些南美も富実樹に負けないぐらいの行動力を持っているし、柚希夜も、富実樹や些南美とは違った破天荒さがあるわ。それに富瑠美も、時として富実樹を凌ぐほどの奇想天外な発言や行動があって……本当に面白いわ。話で聞いただけだけれど、わたくしが後宮を退いた後に起こった深沙祇妃――妃とその子供達の親子喧嘩は、とても凄かったらしいわ。国宝級の絵や壷を投げ合って、最後には沙樹奈后――后も気絶してしまったほどらしいし……ちょっと見てみたかったわねぇ」
その言葉に、四人はぐしゃっと潰れてしまった。
マリミアンは、大して意図もせずに、王侯貴族に夢見る少女達の夢を、跡形もなく壊してしまったのであった……。