第二章「兄弟姉妹達」―3
鳳蓮に痛いところを突かれた兄弟達は、一斉に押し黙った。
「で、ですが……鳳蓮異母兄上。確かに私達はまだ子供ですが、私達は王族で、しかも十人もいるのです。それぐらいのことならば、大丈夫ではないのでしょうか? それに、下手に母上達にお話しすると……」
涼聯が慌てたように口を開くと、鳳蓮はゆっくりと首を振った。
「別に、私はそれを否定する訳ではないよ、涼聯。だが、一般的に見れば、私達はまだ幼い子供だと、そういうことだ。せめて、一人でいいから……私達が信用できる大人に、相談ができればいいのだが。……私達だけで考えるのは、あまりにも危険過ぎる……。普通の同年代の子供達よりは物を知っているとは思うが、私達は世間知らずだ。世の中を知らない」
鳳蓮は腕を組み、深く考え込む。
「けれど、鳳蓮。そこまで都合のよい大人は、一体どこにいると言うのだ?」
そう言ったのは、柚菟羅だ。
「母上達には、決して話せない。ヒステリーを起こしてしまうのは目に見えている。沙樹奈后や母上以外の方も、莉未亜貴は地封貴族の御息女であらせられたし、紗羅瑳侍も幼い頃からこの城で御育ちになられて来たし、かろうじて平気そうなのは阿実亜女だけだが、それでも、後ろ盾の低さと元の御身分が庶民だということに、一抹の不安は残る。……大臣達も、完全に信用できる者はいないのではないか? せめて、宗賽大臣殿達御三方が手隙でいらっしゃれば、話は違っていたかも知れないが……」
その言葉に、思わず麻箕華が体を揺らした。
その反応に、実兄の篠諺は訝しげな顔を向けたが、それだけだった。
「マリミアン様……」
ふと、杜歩埜が呟いた声に、その疑問は霧消してしまったのだ。
「え?」
その場にいた兄弟達は皆、杜歩埜の言葉に首を傾げる。
「マリミアン様は……どうだろうか? マリミアン様は、かつての由梨亜妾――つまり、私達の義母であった。そして、今は王宮を退いていらっしゃる。それに、マリミアン様の父君はかつての戦祝大臣であり、今は異母兄君が戦祝大臣を務めていらっしゃる。マリミアン様自身も、とても聡明であらせられると共に茶目っ気も御持ちで、柔軟な御心の持ち主だ」
杜歩埜の言葉に、異母弟妹達は顔を見合わせる。
「そして、富実樹異母姉上のこともあり、現実をよく知っておられる方であろう。……本当ならば、父上に御相談するのが最もよい手段なのだろうが……父上は、未だに御目覚めになられない。……私には、そのような都合のよい御方は、マリミアン様しか思い浮かばない」
その言葉に、思わず柚菟羅と苓奈が顔を顰めた。
だが、苓奈は渋々ながらも小さく頷いて言った。
「ええ、まあ……会って下さる、下さらないはともかくとして、候補の御一人としては……賛成してもよいのではないかと愚考する次第に御座いますわ」
顔を顰めたまま一気に言われても、何の信憑性もない。
だが、苓奈にとってはこれが精一杯の譲歩なのだろう。
あれほど仲の悪い姉弟の、母親なのだから。
「ええ、そうですわね。わたくしも、確かにマリミアン様ならば、とても条件に合う御方だと、思いますわ。マリミアン様以上の、好条件の御方は、他におられないのではないでしょうか?」
羅緯拿は、にっこりと笑いながら賛成をする。
「ですから、わたくしも、杜歩埜御兄様に賛成ですわ。ですが、その……苓奈の言った、『候補の一人』、ということは……苓奈、わたくしには思い付かないのですが、他にも、ちょうどよいと思えるような御方が、おりますのかしら?」
羅緯拿の、一種独特なのんびりとした口調での質問に、苓奈は少し目を伏せ、そして顔を上げると言った。
「……ええ。わたくしは、マリミアン様だけではなく、宗賽大臣殿――シュール殿も、候補の一人になり得るのではないかと思いますわ。何しろ、シュール殿はあのような御性格でいらっしゃいますし、富瑠美御姉様達が向こうへ行っておられることも御存知なのでしょう? でしたら、御相談するのに最も相応しい御方なのではないでしょうか? 少なくとも、わたくしはそう思いますわ」
その言葉に、兄姉達はそれぞれ考え込み、賛同の意を示し出す。
「お……御待ち下さいませっ!」
声を上げたのは、この中で唯一、シュールが何をやったのかを知っている麻箕華だ。
だからこそ、麻箕華は――麻箕華だけは、この苓奈の意見に、賛成することはできなかった。
「……麻箕華?」
篠諺が訝しげな顔をすると、麻箕華は気まずそうに視線を逸らしたまま、早口で言った。
「宗賽大臣殿に御相談することは、わたくしには認められません。たとえ誰が何と仰ろうとも、絶対に。本当にわたくしは、決して、それだけは認められないのです。これは……」
麻箕華は少し言いよどみ、視線を振るわせた。
「第百五十四代鴬大臣として、そして第百五十二代花鴬国国王、花雲恭峯慶の第六王女及び第十一子、並びに第九王位継承者としての立場から言わせて頂きます」
その言葉に、兄弟達は一斉に訝しげな顔になった。
「……麻箕華? 御前は、一体……」
杜歩埜が言うと、麻箕華は疲れたように、静かに首を振った。
「……申し訳御座いません、杜歩埜御異母兄様。このことを話す訳には、参りませんのです。まだ……今の段階でそれを御話しするには、時期尚早なのです。いつかは御話しできるかも知れませんが、今は、まだ……。それに、富瑠美御異母姉様にも、そして戦祝大臣殿にも、厳重に口止めをされているので……。もし、三大臣のどなたかに御相談をするのであれば、それは、戦祝大臣殿以外には駄目です。それ以外の方には、決して認められません。そうでなければ……もう、それ以外、わたくしに申せることは……何一つとして、御座いません。……申し訳、御座いません……」
麻箕華は、震える体を必死に抑えて言った。
頭の中は、恐怖でいっぱいだ。
その尋常でない様子に、兄弟達は一様に不思議そうな、不安そうな顔になる。
「……貴女がそこまで仰るのなら、それ以上は訊きませんわ、麻箕華」
璃枝菜が、静かに言った。
「……ありがとう御座います、璃枝菜御異母姉様」
麻箕華も、静かに頭を下げる。
「……それ以上は、無理なのですね、麻箕華御異母姉様」
「……はい」
「分かりましたわ。それならば、マリミアン様に、御相談致しましょう?」
羅緯拿はおっとりと言い、にっこりと笑って杜歩埜を見上げた。
「ねぇ? 宜しいでしょう? 杜歩埜御兄様?」
「あ、ああ……勿論だとも、羅緯拿」
おっとりと笑いながら決して退かない羅緯拿の様子を見る度に、杜歩埜は異母妹であり、そして最愛の女性である些南美のことを思い出す。
いくら腹違いの姉妹とはいえ、見た目も似ていて性格も似ている彼女と同母の兄妹で、特に何もない限り毎日のように顔を合わせていなければならないとは、これは一体何の拷問かと、些南美がいなくなってから、ずっと密かに思っている杜歩埜だった。
最も、その独特のゆったりした調子の語り口調で、思い惑うことも思ったより多くはないが。
「それでは、そういうことで……宜しいですか? 皆様」
羅緯拿がおっとりと微笑みながらそう言うと、兄弟達は、静かに頷く。
「それでは、あんまりこうして皆で集まっていると、何を言われるか分からないからね。そろそろ解散としよう。……マリミアン様には私と麻箕華で連絡を取ってみるから、心配しなくていい」
杜歩埜がそう言い、異母弟妹達は互いに会釈を交わした後、三々五々散らばって行った。