第二章「兄弟姉妹達」―2
杜歩埜は通信を切ると、後ろを振り返った。
「……これで、良かったかな? みんな」
そこにいたのは、璃枝菜、風絃、篠諺、柚菟羅、鳳蓮、麻箕華、涼聯、羅緯拿、苓奈。
戦争に付いて行くとなっている富瑠美達と、行方不明の富実樹を除いた峯慶の子供達十人が、この部屋にいたのだ。
普段は、深沙祇妃の子供で、しかもずっとその手元で育って来た柚菟羅と苓奈は、他の兄弟達とあまり仲が良くない。
だが……それでも、ここにいる。
それが、意味するところは――。
その時、璃枝菜が口を開いた。
璃枝菜はここにいる兄弟達の中で、杜歩埜を除いて一番年上だからなのだろうか。
「ええ。御異母兄様。充分過ぎるほどですわ。わたくしには、よく分かりました。確かに、あれは早理恵です。わたくしの御母様は阿実亜女ですが、あれが早理恵だと、充分過ぎるほどに分かりますわ。富瑠美御異母姉様とは、やはり違いますもの。多少似ているとはいえ、実の兄弟を騙そうなんて無理ですわ。……まあ、早理恵達が旅立ってから確認したわたくし達にも、問題があったとは思いますけれど」
その言葉に、他の兄弟達も頷き、一様に麻箕華を見詰めた。
まだ十五歳の麻箕華は、頬を染めてあわあわと手を振った。
「え、だ、だって……富瑠美御異母姉様も早理恵御異母姉様も、些南美御異母姉様も柚希夜も、わたくしに黙っていてほしいと……入れ代わることは、絶対に内密にするようにと……」
そして、視線をうろうろと動かす。
「そ、それに宗賽大臣殿も、御存知のことで……一応、わたくし……反対は、致したのですが……」
麻箕華は、小さな声になってぼそぼそと呟くように言った。
「御異母姉様達は……全然、御聞きになって下さらなくって……」
その言葉に、彼らは難しい顔をしたが、柚菟羅が苦笑して言った。
「まあ、早理恵異母姉上が入れ代わったことに、ずっと気付かなかった私達も悪いということですよ。麻箕華は悪くありません。富瑠美姉上達が、それを強制しただけなのですから。そうでしょう?」
その言葉に、皆は苦笑しながらも頷いた。
「全く……早理恵御姉様達は、本当に白々しいですわ」
羅緯拿が、唇を尖らせて言った。
「わたくし達……それほどまでに、信用が、ならないのでしょうか? 何も……一言も、打ち明けぬほど」
「まさか。そんなことはあり得ませんわ、羅緯拿御異母姉様。御姉様達はただ、わたくし達を巻き込みたくはないと御考えになられただけでしょう。ただ、わたくしはそれを、白々しいとは思いますけれどね。……昔からそうですわ。富瑠美御姉様も、些南美御異母姉様も、柚希夜も。皆、余所余所しいほどまでに白々しいのですわ。信用していないのではなく、ただ巻き込みたくはないと思って、それで黙っているだけでしょう。全く……的外れにもほどがありますわ。知らせない方がわたくし達にとって辛いことだと、全く理解しておりませんもの」
苓奈は、つんと顔を上げて、気位が高そうに言い放った。
だが、だからと言って苓奈が早理恵達を蔑んでいる訳ではない。
少し高飛車なのは、苓奈のいつもの様子だった。
麻箕華と苓奈は顔が似ていて、しかも生まれた月はたったの七ヶ月差の同い年だ。
しかも、髪の色は二人とも同じで、アッシュブロンドである。
昔から、この二人を見分ける方法は、瞳の色を見るか性格を見るかだと言われるほど、この二人の性格は違っていたのだった。
苓奈は、部屋にいる兄姉達を見回して言った。
「今わたくし達が確認したことを纏めますと、まず、富瑠美御姉様はあの船に御乗りになってはいらっしゃらない。そして、早理恵御異母姉様が富瑠美御姉様の身代わりをしていらっしゃる。……そういうことですわよね?」
その言葉に、皆は頷く。
苓奈はこの中では一番年下で、兄弟全員が揃ったとしても下から二番目でしかないが、この中で最も年上の杜歩埜と年下の苓奈の歳の差は、たったの三年と一ヶ月しかないのだ。
人数は多いものの大して歳が違わず、苓奈にはそれなりの統率力といざという時に惑わされない冷静さがあるということもあって、今は苓奈が杜歩埜と並んで仕切っていた。
「取り敢えず、どうして、や何故、といった疑問は、横に置いておくことに致しましょう。ここでつまずいていては先に進めませんし、いくら考えても、その答えは訊かなければ分かりませんもの。とすると、残る疑問は一つ。……富瑠美御姉様は、一体、どこで何をしていらっしゃるのか」
「ああ。そうだね。……それと、些南美や柚希夜は関与しているのか否か、ということも挙げられると思うよ?」
杜歩埜が言い、残る兄弟達も揃って麻箕華を見詰めた。
そして、麻箕華とは同腹の兄、篠諺が口を開いた。
「麻箕華。……説明しなさい」
その口調は、穏やかながらもどこか厳しく、さすがは王子と感心するほどだ。
麻箕華は観念するしかなく、仕方なく口を開いて、富瑠美と些南美と柚希夜が今どこにいるのかを話した。
そして、何をしているのかも。
だが、前戦祝大臣達のことは話さなかった。
自分は一応この国の鴬大臣で、国王が不在の為、代理もやっている。
だが、今現在国政に関わっていなくて、そしてこれからも関わらないだろうという兄弟も大勢いる。
その話は、ここで話すようなことではないのだ。
そして、いつかは話すにしても、今話してしまっては時期尚早だろう。
第一、富瑠美達がどこにいるかというだけでも途轍もない大珍事なのだ。
それにこのことが累乗してしまったら、とんでもない大惨事になりかねない。
それを証明するように、前戦祝大臣達のことを抜いた話を聞いた兄弟達の顔からは一斉に血の気が引いた。
「……な、何てことを許可したのだっ! 麻箕華っ!」
真っ先にそう叫んだのは、風絃だった。
「ふ、風絃御異母兄様……で、ですから、わたくしは、止めたと申し上げました……それを聞かずに、地球連邦まで行ってしまわれたのは、富瑠美御異母姉様達の方です。……わたくしに責任がないとは、申しませんけれど……」
「確かに、富瑠美異母姉上達も軽率ではあっただろう。だが、そのような愚昧な行動を抑えるのも、鴬大臣たる麻箕華、御前の仕事ではないのかっ?」
そう言われ、麻箕華は思わず俯いてしまう。
確かに、まだ十五歳というほんの歳若い少女だとはいえ、麻箕華はもう一年以上鴬大臣をやっているのだ。
そして、歴代の王が愚挙愚計を企てた時には、国の為に命を張って止めるのも鴬大臣としての仕事の一部。
つまり、成り立ての頃ならばともかく、鴬大臣の仕事に就いて一年以上経った今の麻箕華が止められなかったということは、鴬大臣として相応しくないという烙印を押されても、全く文句は言えない。
「申し訳、御座いません……」
麻箕華が俯いたまま謝ると、苓奈が一つ溜息をついて言った。
「とにかく、今はそのようなことを取り沙汰しても何の意味もありませんわ、風絃御異母兄様。過ぎたことは過ぎたことです。過去を変えることは、誰にもできませんもの。今は、変えることのできる先のことを考えるべきでしょう」
その苓奈の言葉に、皆沈黙した。
これでも、苓奈はまだ十五歳の、麻箕華や涼聯や羅緯拿とは同い年の異母妹なのだ。
だが、このてきぱきとした動きは、とてもそうとは思えない。
さすがは、富瑠美の実の妹であり、富実樹の異母妹だというべきか。
「……取り敢えず、このことは秘密にしておこう」
そう言ったのは、杜歩埜だ。
「これは、無闇矢鱈に公言すべきことではない。……王が異母弟妹達と共に、対戦国に行っているなどとは、決して公表できない。他国の人間にも、国民にも」
「ええ、私もそう思います、杜歩埜異母兄上。私達が知っていればよいことだと。……それと、もう一つ」
「何でしょうか? 篠諺御兄様」
麻箕華が不思議そうに、それでいて不安そうに篠諺を窺うと、篠諺は静かに言った。
「母上達にも、このことは内緒にすべきだと思います。母上達は、政に近いのか近くないのか、微妙な立ち位置にある。知っても、御互いに困るだけではないでしょうか? それに、沙樹奈后も深沙祇妃も、良くも悪くも立派な淑女です。御生まれになられた時から、ずっと王族として生きて来られた御方です。そのような方々が、もし自らの娘が王の振りをして戦地に向かっている、または敵地にいると知ったのなら、一体どのようなことになるか……。想像するだけで、とても寒気が致します」
その言葉に、その沙樹奈后と深沙祇妃の子供である杜歩埜と柚菟羅と羅緯拿と苓奈は、それぞれ顔を見合わせて苦笑した。
「確かに……」
「まあ、あの母上達でしたら……」
「何をするのか、分かりませんわね……」
「篠諺御異母兄様の仰る通り、御母様達には告げない方が、賢明な判断と言えるのでしょうね……」
だが、その中でただ一人、鳳蓮だけが顔を曇らせた。
「ですが……この中で最も年上の杜歩埜異母兄上ですら、まだ十八ですよね?」
「……何が言いたいの? 鳳蓮」
璃枝菜が、訝しげな表情で言った。
「璃枝菜姉上……忘れてはいませんか? 私達は、まだ……子供なのだということを」
まだ十六歳の鳳蓮だったが、この中ではかなりの現実主義者だったのだ。