第二章「兄弟姉妹達」―1
早理恵は、いきなり部屋の端末が鳴って驚いた。
もうそろそろ休もうとしていたところで、結っていた髪も下ろされているし、服装も寝間着だ。
取り敢えず、寝間着の上に長袖のカーディガンを羽織ると、今は見事な金髪に染めている髪を軽く撫で付けて、瞳に桃色のカラーコンタクトがはまっているのを確認してから通信に出た。
すると、驚いたことに――そこには、兄の杜歩埜が映っていた。
つい癖で『杜歩埜御兄様』と呼びそうになるのを抑えながら、早理恵は小首を傾げて言った。
「あら? どうか致しましたの? 杜歩埜」
すると、その杜歩埜は少し目を瞠って言った。
「申し訳ありません。起こしましたか? 富瑠美異母姉上」
「いいえ。休もうとしていたのは事実ですが……」
早理恵は、視線だけでどうかしたのかを訊ねた。
すると、杜歩埜は真剣な顔になって言った。
「その前に、富瑠美異母姉上。周りに、誰か人はいますか?」
その言葉に、早理恵はきょとんとして言った。
「いいえ、杜歩埜。誰もおりませんが?」
すると、杜歩埜は悪戯っぽく笑いながら言ったのだ。
「早理恵、無理することはないよ。いつも通りに話しなさい」
その言葉に、思わず早理恵は呆気に取られた。
「えっ……?」
「誤魔化さなくてもいいよ、早理恵。もう、私には全て分かっているから」
「え、違……違い、ますわ。わたくしは、富瑠美です。早理恵では御座いませんわ。ふざけるのも大概になさいませ、杜歩埜」
早理恵は、緊張しながら真面目な顔を作って言った。
「そちらこそ、何を言っているのだい? 早理恵。私は、富瑠美異母姉上と産まれて来てからずっと――それこそ、十八年間も付き合って来た。富瑠美異母姉上は深沙祇妃の長女ではあるが、御前も知っての通り、幼い頃はマリミアン様に育てられた。そしてマリミアン様は、私達の母上、沙樹奈后と、とても仲が良くていらっしゃった。そして早理恵、御前とも、御前が産まれてからずっと……そう、もう十七年になるか、その長い間ずっと一緒に育って来た。それを忘れてもらっては困るな」
杜歩埜は、穏やかに微笑みながら言った。
思わず、早理恵は絶句した。
どうしてばれてしまったのか……早理恵には、全く分からなかった。
頭の中は凄まじい大混乱を起こしていたが、顔だけは妙に冷静だった。
これは、早理恵のいつもの癖だった。
どんなに焦っても、動揺しても、それが面に出ることはない。
これは、母親の沙樹奈后の血だろう。
沙樹奈后は、産まれた時からずっと『花雲恭沙樹奈』で、かつてはこの花鴬国の第一王女であり、第四位の王位継承権を持っていた。
つまり、生まれながらの、かなり王位継承権の高い花鴬国の王族なのだ。
そして、現在でも第十六位の王位継承権を保持している。
その娘である早理恵も、その母の性質を見事に受け継いでおり、感情をコントロールする術を生まれながらに持っているのだった。
しかし、羅緯拿もその両親は沙樹奈后と峯慶なのだが、母や姉と違ってすぐに感情が面に出る。
同じ両親から生まれた姉妹なのに、不思議である。
羅緯拿の性格は、むしろ一歳年上の腹違いの姉に当たる、些南美の方が近い。
そして、その顔立ちも。
「……ですから、あまりふざけないで下さいな、杜歩埜。戯れ言を言うにもほどという物があります。確かに、わたくしと早理恵はよく似ておりますわ。……まあ、わたくしと御異母姉様ほど似てはおりませんが」
そして、軽く睨み付けるようにして言った。
「杜歩埜。わたくしが、もしも……もしも、ですよ? 早理恵であるとしたら、その証拠は、一体どこにあると言いますの? そして、そうだとするのならば。一つ、矛盾があるでしょう? もしわたくしが早理恵なのならば、『花雲恭富瑠美』は、一体どこへ消えたと仰るのかしら?」
そう言うと、通信画面の向こうの杜歩埜は苦笑した。
「……分かったよ。降参だ、早理恵」
「ですから、わたくしは早理恵ではないと――」
「誰が何と言おうと……たとえ御前が言ったとしても、御前は富瑠美異母姉上ではない。早理恵だよ。私を騙そうなんて、百年早い。たとえ他の全員を騙し遂せたとしても、兄である私の目だけは誤魔化せないよ、早理恵。では、御気を付け。御前は、これから戦場へ行くのだから」
杜歩埜はそう一方的に言うと、これまた一方的に通信を切った。
通信画面が灰色になり、そしてしばらく経つと、自動的に黒い画面になる。
早理恵はしばらくその場に立ち尽くしていたが、ぽつりと呟いた。
「……御兄様……杜歩埜、御兄様……」
早理恵は、ぎゅっと瞳を閉じ、拳を握り締めた。
「どうして……? どうして、どうしてっ……?! 何故、御分かりになられてしまったのっ? 杜歩埜御兄様っ……! わたくしは……わたくしは、誰も巻き込みたくはなかったのにっ……!」
早理恵は、思わずその場に跪いてしまった。
「わた、くしはっ……! 誰も、巻き込みたく、ないっ……!」
そして、涙が零れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
「富瑠美、御異母姉様……富実樹御異母姉様っ……」
早理恵は、強く唇を噛み締めた。
「ごめ、なさっ……わた、くし……全然、分かって、なっ……! 御、異母姉様、達が……どんな、御気持ち、だったのかっ……! ごめ、なさい……ほん、とに……本当に、ごめんなさいっ……御異母姉様……!」
早理恵は、珍しいくらいに、素の感情を吐露していた。
滅多に、ないほどに。