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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅲ部 心の置き場所は
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第一章「智覚」―1

姉上……異母姉上あねうえ? 大丈夫ですか?」

「あ、あら……? ごめんなさい……わたくし達、いつの間に……眠ってしまったのかしら……?」

 些南美は、柚希夜に揺り動かされて、ようやく目を覚ました。

「もうそろそろ夕餉だそうですが……」

「えっ?! もう、そのような時間なのですかっ?」

 些南美は慌てて起き上がり、窓の外を見た。

 もう既に暗くなっていて、夕陽の欠片も見えない。

「わ……わたくしったら……はしたないですわ……」

 些南美は、思わず頬を赤く染めた。

「ふ……富瑠美御異母姉様(おねえさま)、御起き下さいませ」

 些南美は、富瑠美の体を揺すった。

「う……う、ん……些南、美……? 何、ですの……?」

 富瑠美はゆっくりと瞳を開けたが、まだ寝惚けているのか、再び瞳を閉じ、スウスウと寝息を立てて眠ってしまった。

「まあ……富瑠美御異母姉様ったら……」

 思わず些南美は、苦笑を洩らしてしまった。

「柚希夜。このまま、しばらくそっとしておきましょう? 少し、お疲れになっているようですから」

「ええ。……些南美姉上」

「何ですか? 柚希夜」

 些南美は、富瑠美に掛け布団を被せながら答えた。

「先程の……あの、内親王達に呼ばれた時のことです」

 些南美は、僅かに肩を強張らせて言った。

「ええ。それが、どうかしたのです?」

「あの……さんと、富瑠美異母姉上のことで」

 柚希夜は深呼吸を一つすると、気遣わしげな顔になって言った。

「富瑠美異母姉上……帰って来てから、泣いていましたよね?」

「…………」

「誤魔化さないで下さい、些南美姉上。私……聞いてしまったのです。富瑠美異母姉上と、些南美姉上が泣いているのを」

 その言葉に、些南美の肩がピクリと震えた。

「それで……思ったのですけれど……」

 柚希夜は少し躊躇うと、決然と顔を上げて言った。

「あの方……単に頭にきたというだけにしては、嫌に敵愾心に溢れてはおられませんでしたか? ……まるで、()のように」

 柚希夜は、軽く息を吸った。

「でも……気遣わしそうにしていらっしゃった。……何故、でしょうか?」

 その視線は、十五歳の少年にしては、あまりにも鋭い物だった。

 末っ子の第七王子とはいえ、さすがは一国の王子である。

「さあ……そこまでは、わたくしも分かりませんわ」

 些南美は振り返り、困惑した顔で言った。

 何故、柚希夜がこんなことをいうのか、全く理解できなかった。

「そう、ですか……」

 ふと、柚希夜はその視線を緩めた。

「参りましょう、些南美姉上」

「ええ」

 些南美は、柚希夜の横を歩きながら思った。

(そういえば……御姉様がまだおられた時は、柚希夜、わたくしよりも小さくて、弟っていう感じがあったけれど……この一年半で、わたくしよりも、ずっと大きくなって……多分、富実樹御姉様よりも、ずっと大きくなっているわ……)

 ちらりと、少し自分よりも上にある、まだ幼さを残す顔を見上げた。

(柚希夜は、わたくしよりも一歳だけ年下だけど、小さな頃から、ずっと背は小さいし、子供っぽくって……だから、わたくしもずっと子供扱いをしていたけれど……。でも、いつの間に、ここまで大きくなっていたのかしら……。それにしても、あの質問……一体、何なのかしら? 千紗さんって、感じのいい人で……まあ、富瑠美御異母姉様に突っ掛かって行ったのにはとても驚きましたけれど……柚希夜が心配するような方には、思えませんわ……)

 些南美は、ひたすら困惑しながら歩いて行った。




(……些南美姉上は、何も御存知ない、か……)

 柚希夜は少し眉根を寄せ、自分の目線よりも少し下の辺りにある、赤茶色の頭を眺めた。

 この姉は、いつもお姉さんぶっていて、その様子をいつも可笑しく思っていた。

 何故なら、そんな風にしていても、些南美は恐ろしく隠し事が下手で、素直で、可愛らしい子供で、王族とは思えないほど純真だったのだ。

 些南美は、自分とのことを知っているのは、兄弟では富実樹と柚希夜と、マリミアンが城を出て行く時に告げた富瑠美だけだと、ついこの前まで思っていた。

 だが、実はもうずっと前――それこそ五、六年前から、頭がいいくせに恐ろしくこういったことには鈍過ぎる富瑠美以外には、すっかりばれていたのだ。

 そして、五年前におうこくに還って来て、そしてまた行方知れずになってしまった富実樹にも、簡単にばれてしまった。

 その時のことを思い出すと、柚希夜は今でも笑いが込み上げてくる。

 そう……あれは、あの姉が花鴬国に戻って来て、四ヶ月ほど経った十二月の二十九日。

 柚希夜の誕生日だった。

『あのね……柚希夜。少し、いいかしら?』

 悩ましげな顔をして、長姉は言ったのだ。

『その……杜歩埜と、些南美のことなのですけど……』

 姉は、散々躊躇った後、恐る恐る口を開いた。

『その、貴方の誕生日に訊くようなことではないと、分かってはいるのですが……二人は、何と言うか――兄妹と言うには、仲が良過ぎはしませんか? その……まるで、恋人、のような……』

 その、つい四ヶ月前に会ったばかりの姉の様子に、思わず柚希夜は吹き出した。

 この姉――富実樹は、産まれてすぐにこの星を離れたので、花鴬国にいる長さは、合計しても半年にすらならない。

 だが、その言いにくいことを言おうとする様子は、母親そっくりだった。

 母であるしょう――マリミアンも、言いにくいことを言う時は、いつもそんな風だったのだ。

 例えば、柚希夜が六歳の頃、それまでずっと一緒に育って来た富瑠美と、これからはずっと一緒にいることは許されないということを、初めて柚希夜に告げた時のように。

 柚希夜はこの時、いくら離れていたとしても、血の繋がりは侮れないと思った。

 柚希夜は、その日ようやく十歳になったばかりだったが、まだ十一歳の姉と十三歳の異母兄あにの姿を思い浮かべ、大人びた微笑を浮かべて言った。

『さすがは富実樹姉上ですね。……当たりですよ。些南美姉上と杜歩埜異母兄上(あにうえ)は、確かに恋仲です。……私達兄弟の中でこのことを知らないのは、恐らく富瑠美異母姉上だけでしょうね』

『まあ……兄妹で……』

 富実樹の声は、どこか脱力しきっているようだった。

 柚希夜は知らなかったのだが、恐らく富実樹は、嫌悪を感じていたのだろう。

 そう……確か、杜歩埜と富実樹が婚約者同士だというのを最初に言ったのも、確か自分だったと思う。

 それを聞いた時、富実樹は、酷く衝撃を受けた顔をしていた。

 あの時も、自分にはよく分からなかった。

 王の一番目の子供が、そのすぐ下の異性の弟妹と結婚する。

 祖父の時のような例外もあったが、基本的にはそういう形でずっとやってきている。

 だから、何故嫌悪を感じるのか、全く分からなかった。

 今でも少しよく分からないが、知識としては、兄妹で結婚や恋愛をするのは、あまり良く思われないということだけは知っている。

 そういった自分ではよく分からないことを、この一番上の姉が感じていることは、何となくではあるが知り、それから興味を持って接してきた。

 あまり兄姉達の中で知る者はいないが、実は、王族の中で一番利己的で打算的で計算高いのは、実は柚希夜だった。

 そして、富実樹と富瑠美の次に頭がいいのも、実は柚希夜だ。

 簡単に兄弟の情など切って捨てるので、柚希夜が『本当』を見せる兄姉よりも、そうでない兄姉の方が圧倒的に多い。

 一番年下の第七王子で、同腹の長姉は第一王位継承者だったが長年行方不明で、同じく同腹で次姉の些南美は大して目立つこともなく、はっきり言って積極的に柚希夜に構ってくるのは、ほうきょうとマリミアンと富瑠美と杜歩埜と些南美ぐらいだったのだ。

 だから、その時はまだ七歳か八歳かそこらだったが、異母兄の杜歩埜と姉の些南美が相思相愛であることを察することができたのだ。

 そして、だからこそ……一番王位に遠い子供だからこそ、柚希夜が裏でこそこそやっていても、誰も気付かず、気にも留めなかった。

 なので、柚希夜は誰にも気付かれないところで、持って産まれた素質もあったのだろうが、そういった能力を磨くことができたのだ。

 父と母は何となく気付いてもいるかも知れないが、柚希夜は気にしていなかった。

 その自分が――利己的で、打算的で、どうしてこんな自分の母親がマリミアンで、姉が富実樹と些南美なのかは、全然分からない。

 むしろ、自分よりも富瑠美がマリミアンの子供だと言った方が、余程信憑性がある。

 だから初めて富実樹に会った時も、まだ自分は九歳だったが、顔は少し不安げな笑顔を取り繕い、どれほどの人物なのか品定めする気持ちだった。

 なのに……それなのに、あの姉は。

『あ……』

 そう言って、ぽかんと口を開けた。

 はっきり言って、三つも年上の姉とは思えない。

『か……』

『か?』

『可愛いっ!』

 そう言ってその姉は、まだ九歳と十一歳だった自分と姉を、ぎゅっと抱き締めた。

 確かに、自分達姉弟の容姿が非常に整っているという自覚はあったが、王族ということもあり、こんな風に接せられた憶えが全くないのと、その『可愛い』と言った姉の方こそ人形のように整った容姿で可愛らしかったので、思わず度肝を抜かれたのだ。

 二人が目を白黒とさせているうちに、ようやく富実樹は二人を離すと、にっこりと笑った。

 その笑顔はとても素朴で、滅多に見ることのない笑顔で、思わず柚希夜は見惚れてしまった。

『貴方達が、私と同腹の弟妹ね?』

 すると、突然横にいた富瑠美が口を挿んだのだ。

『御異母姉様。ですから、私ではなくわたくしと仰って下さいませ。それに、はしたないですわ。どこもかしこも。全く……先に御行儀の授業を致してから会わせるべきでしたわね』

『え……えっと、その……ごめんなさい……あ、でも、少しこれで喋らせて? 最初だけだから。お願い、富瑠美』

『ええ、まあ……ですが、御異母姉様。明日からは……覚悟しておいて、下さいね?』

『う、はい……あ。そうだ、自己紹介、してなかったわよね。まあ、知ってるだろうけど、私は富実樹。初めまして、些南美、柚希夜。私、昨日の夜にここへ来たばっかりだから、何も分からないけど……これから、宜しくね。私、地球連邦では兄弟って一人もいなかったから……いきなり十五人兄弟の一番上って言われても、何だか実感湧かないし、頓珍漢なことばっかりすると思うけど、そこはちょっと勘弁してね?』

 富実樹はそう言って、にっこりと笑った。

 その時、柚希夜の心の中で、何かが動いた。

 だからこの姉の、姫としての、そして次期王としての教育を手伝った。

 この姉も、他の兄姉達同様、柚希夜の本性に気付くことはなかったが、それでも、柚希夜は自分の『本当』を、安心してさらけ出すことができた。

 そして注意深く、この姉と一緒にいた三年半、ずっと観察してきた。

 この観察眼だけは、誰にも負けない自信がある。

 だから柚希夜は、些南美達兄姉や峯慶やマリミアンなどの親達が知らないこと――気付いてない、気付きたくないと思って気付いても無視していることも気付き、そして受け止めていた。

 本当は、ここに来たくなかったこと。

 逢いたい人が、地球連邦にいること。

 自分の考えと花鴬国の考えが大きく違い過ぎて、途惑い、そして情けなく思っていること。

 そして杜歩埜のことは、異母弟おとうととしては大切に思えるが、異性として想えず、結婚したらどうしようと悩み、そして杜歩埜と些南美のことでも悩んでいること。

 別に杜歩埜のことを嫌っている訳ではないが、どうも、婚約者という言葉に嫌悪感を抱いているだろうことも。

 富実樹が花鴬国に来て半年経つか経たないかのうちに、柚希夜は、そういったことを全て分かっていた。

 ……そして、だからこそ、気付いた。

 ほんじょうに。

 些南美は勘で『富実樹に似ている』と言ったが、柚希夜は違う。

 勿論、最初のきっかけは『何となく富実樹と似ている』だが、論理的で理性的な思考と、富実樹が花鴬国にいた時の言動や行動、思考や、柚希夜が把握している限りの長姉の性格を基に考えた結果、辿り着いたのがそれだった。

 自分でも、可笑しいとは思う。

 こんなことが、あり得るはずはない。

 だが、その一方で、この可能性が高いことも事実だ。

 だから、思い切って次姉に探りを入れてみたのだ。

 それも、直接本条由梨亜のことを訊ねるのではなく、本条由梨亜の双子の姉の、本条千紗のことを出して。

 けれど、些南美は何も知らないようだった。

(とすると……やはり、富瑠美異母姉上にも訊いてみるしかないか。それに……富瑠美異母姉上の御様子は、ここのところずっと変だ。そう……あの、日本州から来たという、天皇に呼ばれた、あの日――本条由梨亜や、本条千紗と会った、あの日から、ずっと……とすると、富瑠美異母姉上は、気付いているのか? まあ、その可能性は高いだろうな……何せ、富瑠美異母姉上があのような御様子になるなど、今まで見たこともない)

 柚希夜は、些南美に気付かれないように視線を鋭くした。

(やはり……明日にでも、富瑠美異母姉上に訊いてみなければ……)

 そんな柚希夜に、些南美は全く気が付かなかった。

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