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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅱ部 戦いの幕開け
46/71

終章「変化」

 その日、はずっと落ち込んでいた。

 に言われた言葉が、ずっと気になっていたのだ。

(人を、好きになったことがない……愛したことがない……。確かに、その通りですわ。わたくしは、恋をしたことがありません。でも、確かに、わたくしは……と共に、十歳になるまで育ちました。でも……些南美は、を心の底から愛しています。異母妹いもうととしてではなく、一人の女性として、杜歩埜を。そして杜歩埜も、異母兄あにとしてではなく、一人の男性として些南美を愛している。だけど、わたくしは……誰も、そのように愛したことがない)

 富瑠美は、唇を引き結んだ。

(確かに、あの人が仰られた通りですわ。初恋なんか、したことはありません。御母様と共に暮らしていた時も、御別れしてと暮らし始めてからも……わたくしに求められていたのは、もしも御異母姉様おねえさまが戻って来られなかった時、女王として振舞うのに申し分のない教養。そして……もしそうなったのであれば、わたくしは杜歩埜と結婚しますから、恋愛だなんて、する必要がなくて……御異母姉様が戻って来られてからも、恋なんてしなくて、する余裕もなくて……それからおうだいじんとして色々働いて……)

 そこまで考えた途端、富瑠美の胸が痛んだ。

(わたくしは……国の政治に、比重を置き過ぎたのかしら? 確かに、人は……恋をする。それは、太古の昔からの、子孫を残そうとする本能から。だけど、わたくしは……そんなこと、必要ないと切り捨てていた。あの人から、あんな風に言われても仕方ありませんわ……わたくしは、それぐらい価値のない人間ですもの)

 富瑠美には、自信がすっかりなくなっていた。

 その時、些南美が部屋に入って来た。

「富瑠美御異母姉様……大丈夫ですか?」

「駄目……もう、わたくしは駄目です……」

「そんな、富瑠美御異母姉様っ!」

 些南美が富瑠美の足元に膝を付き、その顔を見上げた。

 そして、少し気まずそうに目を逸らした。

 何故なら、富瑠美はポロポロと涙を零していたから。

 王族は皆、幼い時から自分の気持ちを抑えるようにと教育を受けて来た。

 だから、滅多なことがなければ、富瑠美が涙を零すことはなかった。

 特に、大きく成長してからは。

「わたくしに……価値など、あるのでしょうか? 確かにあれは、千紗さん一人の考えです。でも……それでも、わたくしは……その御考えが全く分かりません。わたくしは、全ての人の気持ちを推し測るようにと教わって来ました。そして、それはわたくしにとって、とても容易いことでした。でも……その自信は、間違いだったのですね。宮廷人の気持ちや、国民の総意といったものは理解できます。でも……人を愛するという感情を……理解できません」

「それ、は……」

 些南美は、思わず目を泳がせた。

 確かに、この異母姉あねが他人と『恋愛』するところを、些南美は想像できなかった。

「わたくしは……物知らずでしたわ。知らないことは山ほどあるというのに、全てを知っていると思い込んで、傲慢で……こういう性格だから、いけないのですわ。深沙祇妃の性格を受け継いで……思い込んだらもう一直線で……。わたくしに、王位に即いている資格など、あるのでしょうか?」

 すると、些南美は、突然富瑠美の肩を揺さ振り、必死に言い募った。

「富瑠美御異母姉様っ! それは悪いことでは御座いませんわ! 富瑠美御異母姉様がそのような性格なのは、深沙祇妃の娘だという何よりの証拠! 深沙祇妃がいらっしゃらなければ、富瑠美御異母姉様は御産まれになられておりませんでした! 富瑠美御異母姉様が深沙祇妃を嫌っておいでなのは御理解致します! でも……でも! それでも、産みの母君で御座いますっ! あまり深沙祇妃を責めないで下さいませっ!」

 些南美の声に、富瑠美は息を呑んだ。

 そして、些南美にしがみ付いて、嗚咽を洩らして泣き始めた。

 それは、まるで幼児のようだった。

 そしてそれは、幼い時から子供でいられなかった、感情を律するようにと教わって来て、その通りに生きて来た富瑠美の想いが沢山詰まっている泣き声だった。

 些南美も、富瑠美を抱き締めたまま、ポロポロと涙を零した。

 その泣き方は、些南美の方が二歳も年下なのに、富瑠美よりも大人のようにも見えた。




「ほら、そろそろ起きなさい。朝ご飯が冷えてしまうわよ? 早く来ないなら、朝ご飯抜きでお店に出てもらうからね?」

 マリミアンの声に、慌ててレイシャ、マレイ、ミアが起き出して来た。

「ちょっとマリミアンさん! 朝ご飯抜きは厳しいですよぉ!」

「ふふ、そうでしょ?」

「え~ん! ユリア! マリミアンさんがいじめる~う~!」

「それは起きて来ないそっちが悪いんでしょ?」

 ユリアの批評は、身も蓋もない。

 だが、確かにその通りの正論を突いて来るので、反論しにくいのである。

 その、いつも通りの朝食が終わり、いつも通り店に出た。

 だが、そこでいつも通りではないことが待ち受けていたのである。

 店を開けた途端、三人の人物が中に入って来た。

 開店早々、お客が入ってくることはあまりないものの、それほど珍しいという訳ではない。

 だが、その年齢と雰囲気が問題だった。

 このお店は、売っている物が売っている物なので、基本的に若い女性に人気がある。

 そして、そういった女性に贈り物をする、若い男性にも。

 だが、入って来た彼らは、四、五十代ほどの歳に見え、更に雰囲気も、女性に贈り物をする為に来たとはとても思えない。

 しかも、どのお店に行っても浮くこと間違いなしの、怖い雰囲気である。

「い、一体……何の用ですか?」

 その見るからに怪しげな男達に向かって、果敢にもミアが訊ね掛けた。

 だが、その男達はミアを全く見ていなかった。

 見ていたのは、その奥……呆然と立ち竦んでいる、マリミアンしか見ていなかった。

「貴女は、マリミアン・カナージェ・スウェール様ですね」

 その声に、少女達は驚いて男達とマリミアンを見比べた。

『カナージェ』という苗字は、この広い宇宙、探せば他にもいるかも知れない。

 だが、『スウェール』という苗字は、この国にたった一つしかない、大貴族の苗字。

 マリミアンは胸を張り、腰に手を当てて眉を顰め、訊ねた。

「私に、一体何の用ですか? 用がないならさっさと出て行って下さい。お店の邪魔です」

 その声が聞こえなかったように、男達はただ無表情で訊ねた。

「貴女がマリミアン・カナージェ・スウェール様だとしたら……貴女は、必然的にうんきょうしょうとなりますね」

 その言葉に、今度こそ少女達は絶句した。

 スウェールの苗字を持つ女性は、それなりの数はいるだろう。

 それぐらい、誰にだって分かる。

 だが、それに『花雲恭』が付くとなると――しかも、名前を変え、『妾』まで付くとなると、これは大変な大事である。

 それが意味することは、前国王、花雲恭()の生母である、ということである。

 彼女は、仮にも王族に数えられる身。

 王位継承権はないものの、重要な人物であることには間違いない。

 そんな人物が、普通、お店を開き、働いているものか?

 それも、首都シャンクランから遠く離れた地で。

 いくら何でも、あり得ない。

「ですから、一体何の用です?」

 だが、マリミアンは決して動じていなかった。

 動じた様子を作れば、相手に隙を与えることになる。

「ご同行を願います」

「一体、何の為に?」

 マリミアンは、男達を鋭く睨み付けた。

しゅうさいだいじん様の御命令で御座います。従って頂きましょう」

 男はそう言うと、マリミアンを捕らえようとした。

 一対三で、しかも男と女。

 マリミアンは、そのまま連れ去られることを覚悟した。

 だが、次の瞬間、男達は皆気絶していた。

 マリミアンは驚き、後ろの少女達を振り返った。

 三人の(・・・)少女達は、あまりのことに硬直してしまっている。

 だが、その範疇から一人、外れた人物がいた。

 そう……一瞬で自らの前に飛び出して来た、一人の少女。

 マリミアンはゆっくりと振り向き直すと、まじまじとその少女を見詰めた。

「そんな……ユリア……」

 マリミアンが絶句して突っ立っていると、ユリアはマリミアンの顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか? マリミアンさん。……いいえ、由梨亜妾様」

「どう、し、て……?」

「全く……陛下やせんしゅくだいじん様が、何の護衛も付けずに、貴女様をふらふらさせておくとお思いですか?」

「いや……それは……その……」

 マリミアンがたじろぐと、ユリアは堂々と言い放った。

「あたしは、陛下と戦祝大臣様のご命令で来ました。勿論、このような荒事をするような相手が出て来た場合のみ、護衛として働かせて頂きます」

 その言葉に、四人は皆呆気に取られた。

「え、でも……今、どうやったの?」

 レイシャが呆然としながら訊ねると、ユリアは笑って答えた。

「あたしには、身体機能の魔族の力があります。つまり、護衛には最適です」

 その答えに、マリミアンは呻いた。

「そ、んな……貴重な人材を……どうして……わたくしなどの為に……」

「本当に……何を言うんですか? 貴女は義母ははとして、異母妹として大切に想われています。それに、あたしは自ら望んでここにやって来たんです。それと……今まで、騙していてごめんなさい」

 ユリアはすまなそうに首を竦めて言った。

「いいえ……貴女は、何も悪くはありません。……でも、この男達、どうしましょう?」

「う~ん……取り敢えず見つかりにくい所に放り出して、後で戦祝大臣様にご連絡致しましょう」

 ユリアはそう言うと、あっと言う間に三人の男を抱えて出て行き、そしてまたもやあっと言う間に戻って来た。

「さて、これで一丁終わり!」

 だが、そこまで呆然としていたマレイが、いきなり言った。

「終わり、じゃないわよ、ユリア。本当のこと、きっちり話してもらわなきゃ」

「ええ、それには私も賛成だわ。富瑠美とシャーウィン御異母兄様おにいさまのこと、お聞かせ下さいな?」

 そのマリミアンの楽しげな、期待に満ちた声に、ユリアはウッと呻いた。

「え~っと……今じゃないと、駄目、かなぁ……?」

「勿論」

「え~……でも……あっ、こいつらのこと、戦祝大臣様にお知らせしなきゃぁ!」

 ユリアはそう言うと、バッと逃げ出した。

「あ、こら! ちょっと待ちなさいよ! ユリア!!」

 大きな声が、そのお店を揺るがした。

 いつも通り始まらなかった朝だが、どうやら午後はいつも通りになりそうだ。

(ほんと、ユリアには参ったわ……よし、ちゃんと富瑠美の言葉とシャーウィン御異母兄様のこと、訊き出さないと!)

「ほら、ユリア! 見苦しいわよ! とっとと白状なさい!」

 マリミアンまでもが参加し、結局ユリアは顔を引き攣らせながら、色々と話すことになった。

 勿論、マリミアンも色々話させられたが。

 結局、楽しげで元気な笑い声が尽きることはない。

 それは、若い少女達が集まれば当然のこと。

 だが、マリミアンはそのような経験がとても少ない為、少し新鮮な思いをしながら、その日を過ごした。




「ええ、それでは御願い致しますわ。わたくしは、途中で些南美とを迎えに参ってから向かおうと思っておりますので、御先に行かせて頂きます」

 そう言ったのは、外見は富瑠美にそっくりに装ったである。

 ただ、髪の色を金色に染め、瞳に濃い桃色のカラーコンタクトを嵌めているのが、いつもとは違う。

 だが、その変装は誰にもばれていなかった。

 兄弟達の前にはこの姿で出ていない為、ばれていないのだ。

 大臣達は、その富瑠美に化けた早理恵に頭を下げ、退出した。

「……早理恵御異母姉様」

 の声に、早理恵は硬い顔付きで振り返った。

「何です? 麻箕華」

「……本当に、宜しいのですか? 今更ですが……本当に、今更なのですが、早理恵御異母姉様は、戦いに行く意志がおありですの?」

 麻箕華の問い掛けに、早理恵は首を振った。

「何を仰るのです? 麻箕華。申し上げたはずです。御役目は果たすと。それに、今、この状態では……」

 早理恵の声は震えたが、それでもキッパリと言った。

「このようなことに、一々物怖じなどをしてはいられませんわ。富瑠美御異母姉様も、些南美も柚希夜も……三人とも、地球連邦におられるのです。もし正体が発覚すれば、とても危険です。その場で命を落としても仕方がありませんわ。三人が御命を張られておられるのであれば、わたくしもそれに見合った行動をしなければなりません。これは、わたくしの矜持――誇りです。麻箕華が気に病む必要は御座いませんわ」

 早理恵はそう言うと、麻箕華を見て、穏やかに言った。

「それにこうなってみると、富瑠美御異母姉様が、『これ以上巻き込みたくはない』と仰った意味が分かるような気が致します。わたくしは今、御異母兄様や御異母姉様、異母弟おとうとや異母妹達を危険に巻き込ませたくはないと思えますもの。だから麻箕華、貴女も付いて行きたいなどとは仰らないで。それに、王がいないだけではなく、戦祝大臣殿、せいざいだいじん殿、宗賽大臣殿は、王の抜けた穴を埋める為に奔走しなければならず、結果的におうこくの頂点がごっそりと欠けるのですわ。鴬大臣である貴女まで行ってしまわれたら、この国は立ち往生してしまいます」

「早理恵御異母姉様……御無事で、必ず御帰り下さいませ」

 麻箕華のその真摯な瞳に見詰められ、早理恵は笑って答えた。

「ええ、勿論。わたくしが花鴬国に帰る時には、富瑠美御異母姉様と些南美と柚希夜が一緒ですわ」

 早理恵はそう宣言すると、部屋を立ち去って行った。

 ……二度と、振り返らずに。




 その次の日、密かに宇宙船が宇宙港から飛び立った。

 誰からの見送りも受けず、国民にも内緒にされ、密かに、足音を忍ばせて。

 その宇宙船は大きく、またその数は凄まじかった。

 けれど、その中に乗り込んだ者達は、一切無駄口を利かなかった。

 ただただ無言で、まっすぐ見詰めていた。

 何故ならば、彼らは緊張していたからだ。

 この一、二世紀で、こんな大規模な戦が起こるのは、宇宙全体で見ても初めてだったから。

 今までにない規模の戦争に駆り出された者達は、そういったことを、誰にも訊かなくても覚っていた。

 何故なら、その宇宙船の数、それに軍備。

 それらが、誰も見たことがない戦争になるということを、無言のうちに物語っていたのだ。

 そして宇宙船は、進み続ける。

 宇宙船の大きさが大きいと、どうしても機動力が鈍る。

 だが、ゆっくりでも、着実に宇宙船は進んで行った。

 地球連邦に――攻め入る為に。



(続)

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