第六章「天皇家主催パーティー」―2
「はあ、やはり、こちらの方が落ち着きますわ。そうは思いません? 富瑠美御異母姉様」
「こら、些南美。その名前は言ってはならないと……」
「そう仰る富瑠美御異母姉様こそ、わたくしの名を御呼びしているではありませんか」
「うっ……まあ、仕方ありませんわね」
ルーレ・ウォンレットにそっくりの姿になった富瑠美は、諦めたように呟いた。
そう、『ルーレ』にそっくりなのは富瑠美、『ルーリ』にそっくりなのは些南美、『ルーマ』にそっくりなのは柚希夜である。
彼らは花鴬国からリャウラン国に渡り、更にそこから地球連邦へ来たのである。
このウォンレット家には、ちょうど十八歳の娘、十六歳の娘、十五歳の息子がいて、更にその子供達までをイギリス州に連れて行くのを渋っていたので、シュールによってこの家が選ばれたのだった。
更に、イギリス州に住んでいる貴族ほどの力はないものの、かなり上位に食い込んでいるということも、選ばれた理由の一つである。
「……富瑠美御異母姉様? 富瑠美御異母姉様。……富瑠美御異母姉様っ?」
「はっ、はい! えっ……些南美? どうか致しましたか?」
「富瑠美御異母姉様、一体どうしたのですか? あのパーティーを終えてから、何だか変ですわよ。意識がどこかに飛んで行ってしまっているようですわ」
些南美は少し眉根を寄せた。
「大丈夫ですわよ、些南美。ただ……あの方達の毒気に中てられたと申しますか……少し、感心してしまいましたわ。御異母姉様があのように御育ちになられたのも、納得が行きました」
富瑠美が、富実樹が戻って来た後に施した教育の事を思い出して苦笑すると、些南美も思わずといった様子で苦笑いを浮かべた。
「まあ、そうですわね……。ところで、富瑠美御異母姉様、先程御会いした――確か、本条由梨亜さん。あの方、富実樹御姉様とどことなく似ていらっしゃいませんでしたか?」
「えっ?」
富瑠美は、一瞬ぎくりと体を揺らした。
だが、些南美はそれに気が付かなかったようだ。
富瑠美は、少し考え込むようにして、ゆっくりと言った。
「まあ、確かに似ていらっしゃると言えば似ていらっしゃったとも思いますが……あそこでは、わたくしは気が付きませんでしたわ」
「あら、そうですか……」
些南美は、少し残念そうな声を出した。
だが、富瑠美はまるで聞いていないようだった。
夜も更けた頃、富瑠美は些南美と同じ部屋で寝ていた。
耳を澄ませば、些南美の穏やかな寝息が聞こえる。
ぐっすりと寝入っているようだ。
それに対して富瑠美は、何度も何度も寝返りを打っていた。
あのパーティーでのことが、頭から離れないのだった。
いや、むしろ、わざとそのことを考えているようだ。
(やはり……わたくしの見間違いでは御座いませんわ。あの『本条由梨亜』は……あの夜に、御父様と御母様の所に参りました時に、御異母姉様が御自分の御姿を変えられた時の、あのユーリ・ウェルナ・シェヴィという名を名乗った時の御姿その物ですわ。一年以上も前のこととはいえ、それぐらいは分かります。あの御姿――見間違いようは御座いません。あの『本条由梨亜』は……やはり、御異母姉様で御座いますわ。些南美も、どことなく似ていらっしゃったと仰いましたもの。それに……『本条由梨亜』に、『本条千紗』――。やはり、そうですわ。わたくしの記憶違いでなければ……)
富瑠美には、他の弟妹達に隠していることが沢山ある。
その中の一つに、富実樹のこともあった。
王族も高官の貴族や官吏も、富実樹が地球連邦の日本州で育ったということは知っている。
だが、その富実樹が何と名乗っていたかは、前戦祝大臣であるノワール、峯慶、マリミアン、富瑠美しか知らない。
そして、名前が同じだけではなく、更に富瑠美には覚えていることがあった。
(御異母姉様が、たった一人だけの親友――大切な友達だと仰っていた相手は……『本条千紗』。もしくは『彩音千紗』。そして、『本条由梨亜』の双子の姉と名乗っていた人は……『本条千紗』。それに御異母姉様は、地球連邦にいらっしゃった時に、御好きな方がいらっしゃったと仰っていましたわ。そして、その方の名前は……確か、『香麻』。そして、『本条由梨亜』の婚約者として来ていた人は……『藤咲香麻』! やはりそうですわ。御異母姉様は、ずっと地球連邦にいらっしゃったのです……! 全く、誤算でしたわ。わたくしが、あのように訊ねてしまったからっ……!)
富瑠美は、二年近く前のことを思い出した。
富瑠美は、もしかしたら富実樹が何とかして地球連邦に行ってしまったのかも知れないと思い、人を使って調べさせたのだ。
地球連邦の日本州の本条家に、本条千紗という人物がいるのかどうかを。
もし富実樹が地球連邦に戻っているとしたら、恐らく本条家に戻るだろう。
だがその時、本条の名を持っているのは千紗である。
ならば、富実樹は本条由梨亜となり、千紗は彩音千紗になっているはずである。
そう思い、富瑠美は本条千紗が本条家にいるかどうかを調べさせたのだ。
その結果は、いる、だった。
富瑠美は、その報せを聞いた時、驚いて固まってしまった。
つまり、このことは富実樹が本条家にいないということを示すと、そう富瑠美は考えたのだ。
そして次に、その本条千紗と親しい友達を調べさせたのだ。
富実樹は、千紗のことを『親友』と言っていた。
だから、もし本条家にいないのなら、別の所にいるのかも知れないと思って。
その結果を見た時、またしても富瑠美は絶句した。
本条千紗とかなり親しい人物は、澤本藍南、金谷尚鈷、仲埜素香、荘傲睦月、篠崎涼斗、阿本奏谷、藤咲香麻で、どうやら本条千紗は荘傲睦月と付き合っているようだ、と述べてあった。
そう、この中で女性は、澤本藍南、金谷尚鈷、仲埜素香だけ。
富実樹が日本で名乗っていた名は、『由梨亜』。
一応確認の為に顔写真も送らせたが、誰も見覚えはなかった。
つまり、この中に富実樹はいない。
富瑠美はずっと、そのように考えて来たのだった。
そして、今日のパーティーで本条千紗の婚約者だったのは、荘傲睦月だった。
(誤算でしたわ……! まさか、『双子』だったなんてっ……!)
まあ、富瑠美が思い付かなかったのも、無理はない。
何故なら、花鴬国の血を引く人間には、遺伝子上の問題により、何故か多胎児が産まれないのだ。
つまり、富瑠美には『双子』や『三つ子』という存在が身近に感じられないので、知識としては知っていても、現実に反映することはできなかったのである。
(どうして……? 何故御異母姉様は、わたくし達を御棄てになられてしまいましたの……? 何故、花鴬国を御見捨てになったのです……? 嗚呼、どうして……。ですが、些南美と柚希夜は気付いていない……これは、嬉しいことですわ。もし、気付かれてしまわれたのなら、御止めすることは非常に難しい……。何故なら、御異母姉様は……ほとんどの方から、好かれておりましたから……)
富瑠美は、苛々と寝返りを打った。
(あの前政財大臣殿も、御異母姉様の未熟な部分を除いては、御認めになられておりましたし……唯一の例外が、宗賽大臣ですわ。……とにかく、御異母姉様は、ほとんどの方から好かれて、愛されておりましたわ。そんな御異母姉様を――しかも、実の姉をこんな所に捨て置く弟妹だなんて、わたくしを含め、いませんもの……)
富瑠美は再び寝返りを打つと、些南美の寝顔をじっと見詰めた。
些南美は、相変わらず穏やかな寝顔を浮かべていた。
その顔は、富瑠美の知らない顔だ。
けれど、彼女はまさしく富瑠美の異母妹なのだ。
(魔法、か……ここまで便利なものだとは、思いもしませんでしたわ。現に、誰もわたくし達のことを疑っておりませんもの。ですが、その能力は人によってまちまち……。それに、他国に知られてはならない為、秘密裏にしなければなりませんわ。おまけに、強い能力を持って産まれてくる人物の数は、本当に少ない……。はあ。わたくしは今まで、こんなに脆いところが花鴬国にあるとは、思いもしませんでしたわ……ここを衝かれれば、花鴬国はぼろぼろになってしまいます。特に今、宗賽大臣の言い成りの、この花鴬国の状態では……)
夜は、静かに更けていく。
色々な人の思惑を、孕みながら……。