第六章「天皇家主催パーティー」―1
「皆様、本日はわざわざここまでいらっしゃって下さり、本当にありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい」
義彰がそう言ってお辞儀をし、その小さなパーティーは始まった。
だが、いくら小さくても天皇家主催パーティーだからということで、来ている人は皆正装している。
ちなみに、日本州から来ているのは本条家のみで、あとは別の州から来ていた。
これも、挨拶回りに出掛ける家を減らす為の、天皇の努力であろう。
ここに来ている人達の中で、同年代に近い人はほんの十五人程度しかいなかったが、千紗と由梨亜はご機嫌だった。
何故なら、久しぶりに睦月や香麻とゆっくりできるからだ。
だが、自分達も一応は挨拶をしなければならない。
なので、双葉と若葉と義彰を含めた七人で連れ立って、まず向こう側に固まっている六人のグループに行った。
大人達は皆、それぞれ天皇に挨拶をしたり、別の州の貴族と話したりしている。
子供達の動きに注意を払っている大人は、一人もいなかった。
そしてそれが、由梨亜にとって幸いなこととなった。
「こんにちは。ようこそ、いらっしゃいました」
最初に、双葉がそう声を掛け、その六人と話し始めた。
その六人は、どうやら二つに分かれるようで、そのうちの一つである四人の方は、アメリカ州から来ている男三人女一人の四人姉弟だ。
そしてもう一つの二人の方は、南アフリカ州から来た兄妹である。
三十分ほど和やかに話をした後、そこの人達とは別れて別のグループの所に行った。
そこにはブラジル州から来た二人の姉妹と一人の少年、オーストラリア州から来た少年が一人いた。
そこでもしばらく話した後、最後のグループに行った。
そこには、中華州から来た二人兄弟と、ロシア州から来た女二人男一人の三人姉弟がいた。
由梨亜は何故か、その三人を見た途端、心の奥が大きく揺さ振られるような感覚がした。
何故かは、よく分からない。
だが、軽い衝撃――動揺とも言えるようなものが胸の奥を衝き抜けて行くのを感じ、そのことに自分でも驚いていた。
「こんにちは。初めまして。私は日本州から来ました天皇の娘、双葉と言います」
「初めまして。私は双葉の双子の妹の、若葉と言います」
「初めまして。僕はこの二人の弟の、義彰です」
「初めまして。あたしは日本州から来た、本条千紗と言います」
「……初めまして。私は千紗の双子の妹の、由梨亜と言います」
「初めまして。俺は千紗の婚約者の、荘傲睦月と言います」
「初めまして。俺は由梨亜の婚約者の、藤咲香麻と言います」
七人が挨拶をすると、向こうも挨拶を返してきた。
「初めまして。僕は中華州から来た、聯流旺と言います」
「初めまして。僕は流旺の弟の、秀旺と言います」
「……初めまして。私は、ロシア州から来ました……ルーレ・ウォンレットと申しますわ」
その時、横にいた妹らしき人物が軽くルーレを抓った。
それに首を傾げているうちに、その少女はにっこりと笑って言う。
「初めまして。私はルーレの妹の、ルーリと言います」
「初めまして。僕は、この二人の弟の、ルーマと言います」
そうして自己紹介が終わると、流旺が目を瞠って言った。
「貴方達は、婚約者ですか? その……睦月さんと香麻さんは、本条家の方ではないのに、ここにいらっしゃっているのです?」
「あ、はい。俺達は別にイギリス州にこなくても良かったんですが、俺達は付いて来る方を選んだんです。それで、俺達は貴族じゃないから、本条家と一緒に行動しているんです」
「え……貴族では、ないのですか?」
「はい、よく言われます」
香麻はそう言うと、苦笑した。
「それでは……富豪か何かで?」
「いいえ、富豪でもありません。俺達は、バリッバリの庶民です」
その言葉に、今度こそ全員が目を瞠った。
そして、ルーリが軽く叫んだ。
「まあっ! 庶民が名門である本条家の婚約者にっ? 一体どうすればそのようなことになったのですっ?」
「え~っと、まあ、何だ? その……」
睦月が詰まると、千紗が実に軽い口調で言った。
「ふふ、それは簡単な事よ、ルーリさん。あのね、あたしは睦月を好きだったのよ。本当に。心の底から。婚約者候補何か比べ物にならないくらい。由梨亜もそう。由梨亜なんか、それで家出しちゃたくらいね。それで、由梨亜が家出してしばらくしてから、あたしは婚約者候補達の中から婚約者を選べってお父様に迫られてね。それでその時、由梨亜が助けてくれたの。そして、あたしも由梨亜も、お互いに好きな人と婚約者になるのをお父様に認めさせたの。ねえ? 由梨亜」
千紗が由梨亜に笑い掛けると、由梨亜もにっこりと笑って言った。
「ええ、そうね。何だか懐かしいわ。それに私達は、たとえ相手が庶民であろうと、富豪であろうと、王侯貴族であろうと、そんな身分なんかで人を好きになんてならないわ。そんな身分のせいで恋愛を限られるなんて……私には、耐えられないもの。だから、お父様を引っ掛け――じゃなくて何とか説き伏せて、私は香麻と、千紗は睦月と婚約者になったのよ」
「はぁ……大恋愛ですねぇ。何だか羨ましいですよ。僕は婚約者候補とは、それほどの恋愛をしてはいませんから……」
秀旺が、羨ましそうに溜息をつきながら言った。
「羨ましいのですか? 僕には、そうは思えません。逆に、苦労することばかりなのではないでしょうか?」
ルーマがそう言うと、ルーリがたしなめた。
「ルーマ! 何てことを言うの? いくら身分が違っていても、苦労することばかりでも、恋をするっていうことは、本当に素晴らしいことだわ。ルーマは恋愛をしたことがないから、そのようなことが言えるのよ」
「ルーリ姉上……まぁ、ルーリ姉上は、何年前でしたっけ? かなり前から、あの人のことをずっと好きでしたよね? 本当、周りが呆れ返るぐらい」
「ちょ……こんな所で言わないで下さいな! 恥ずかしい!」
突如始まった言い争いに、千紗は吹き出して止めた。
「待った待った! ほら、そんな言い争いは周りにあまり人がいない所でやってね。ここがどこで、何をしに来たのか忘れたの? ルーリさん、ルーマさん」
千紗の言葉に、若葉も便乗して来た。
「そうよ。今日は親交を深めにやって来たのであって、口喧嘩をする為に来たのではないでしょう? それに、あんまり堅苦しいから、敬語も使わないようにしましょうよ。そうすれば、もっと話しやすくなるわ」
「あら、たまにはいいこと言うじゃない、若葉。じゃ、これから敬語禁止! ねっ、千紗!」
さすが双子と言うべきか、双葉も身を乗り出して嬉しそうに笑う。
「うん! あたしも、簡単なの――先輩とか先生とか、とにかく年上の相手に使うような敬語は普通に使えんだけど、同い年とか年下に使うのは、なんかねぇ……」
「そうそう。私もよ。若葉はそれこそどんな時でもどんな人が相手でも敬語使えるけど、私は無理。相手が若葉だったり、千紗だったり、由梨亜だったり……顔見知りでいっつも敬語使ってないような相手だと、うまく敬語って使えないのよねぇ……。気を付けても、必ずどこかで襤褸が出るって言うか。今もだけど、タメ口になっちゃったり、変なアクセントとか、間を空けちゃったり……」
そう言って溜息をつく双葉に、義彰はからかうように笑った。
「双葉姉上は、本当に敬語が下手だからなぁ……時々、『本当にこの人は僕の姉なのか?』って思うぜ。僕はその気になればいつどこでも敬語はバンバン使えるからな」
「あっら、義彰? 後で痛い目にあっても知らないからねぇ?」
「ごめんなさい。ほら、話を続けようぜ」
この話のテンポの良さに、ルーレとルーリとルーマは、ぽかんと目を丸くしていた。
あまりのテンポの良さに、付いて行けなくなったようだ。
だが、双葉の『敬語禁止令』に流旺と秀旺は喜び、そこからしばらく会話が弾んだ。
話が続いていくうちに、千紗は何となく違和感を覚えた。
何故だろうと考え、ふと視線を巡らせると、それに気が付いた。
由梨亜の口数が、物凄く減っているのだ。
しかも半分上の空といった風情で、誰も話していなかったら、あっと言う間に自分の世界に引き篭もってしまうような気がした。
そして、ルーレもだ。
由梨亜ほどあからさまに違うという訳ではないが、何となく違和感を覚える。
そして、気付いた。
(あっ……! この人、由梨亜ばっかり見てる……!)
それは、千紗だからこそ気付けたのかも知れない。
ルーレは由梨亜と話してはいないが、時折、チラッ、チラッ、と、由梨亜を盗み見ているのだ。
その回数は少なく、しかも一瞬、ほんの瞬きをするほどの時間しか見てはいないが、紛れもなく、由梨亜を見ていた。
(何……? どうして……? 何なの? この人……。変。変よ。可笑しいわ。しかも、盗み見てるってことは……由梨亜に、気が付かれたくない? 周りの人にも? 一体……何なの? 何が目的……?)
千紗は、頭で半分そんなことを考えながら、ルーリと流旺と話していた。
だから、気が付かなかった。
ルーレが、由梨亜だけではなく、千紗も、香麻も見ていたことを……。
「お帰りなさいませ」
ルーレ達は、そう言われながらウォンレット家の別荘へ帰って来た。
「ええ、ただ今戻りましたわ。お留守番、ご苦労様です」
彼らが部屋に戻ると、彼らの父であるウェンリス・ウォンレットが訊ねた。
「本日はどうでしたか?」
何と、彼は実の娘と息子である人物に対し、敬語を使って話していた。
「ええ。とても面白かったですわ。ですが……やはり、国が違うと、ここまで違うものなのですね。本当に、目を瞠らせられることばかりでしたわ」
ルーリは、先程よりもかなり丁寧な言葉遣いにしていた。
しかも、こちらの方が話しやすそうである。
「そうですね。特に……本日は、日本州の天皇陛下とやらに呼ばれたのですが……。あの、ウェリンス殿。日本州とは元々『日本国』で、天皇陛下は国主であらせられたのですよね?」
そう『ルーリ』にそっくりな少女が言うと、ウェンリスは頷いた。
「ええ。厳密に申せば、国主であったのは、今から千と数百年前でありますが……」
「そうですか……。ですが、その元国主の子孫が、あのように無礼講でよいものなのでしょうか?」
「無礼講……ですか?」
「ええ、そうです。仮にも元国主の子孫である娘が、そして貴族が、あのように庶民のような言葉遣いを致しましても宜しいので御座いますか? わたくしには、とてもとても信じられませんわ」
「そうですか……。やはり、貴女は王の娘ですね。地球連邦となんて違う……」
ウェンリスは、後の言葉を飲み込んだ。
「ええ。そうですわね。わたくし達は王女と王子。陛下から地球連邦の様子を探るようにとは言われて参りましたが……あまり、耳新しいことは聞けませんでしたわね」
「まあ……それは仕方のないことです。詳しい情報は、議員や、イギリス州に住めるような貴族や、各地の王皇族でないと、得られませんからね……」
その言葉に、ウェンリスの息子、『ルーマ』とそっくりの人物が驚いて言った。
「おや、ウォンレット家ほどの、大貴族の家柄でもですか? 私達が本日行ったパーティーで、ウォンレット家よりも家格の高い家柄は、天皇家しかなかったはずです。それなのに、ですか?」
「ええ。情報は、あまりこちらには来ません。もしかしたら……貴方方のような人を警戒しているのかもしれませんね」
ウェンリスの言葉に、『ルーリ』そっくりの人物がころころと笑いながら言った。
「あら、わたくし達は諜報員では御座いませんわよ? 母国であるリャウラン国は地球連邦ととても関係のよい国で御座いますし、社会勉強と情報収集を兼ねてもいますわ。けれど、貴方には感謝致します。貴方のような人がいなければ、わたくし達はここへは来られませんでしたもの」
「まあ、親馬鹿と笑って下さっても構いませんが、私は、娘や息子をここまで連れて来たくはなかったので貴方方を受け入れたのです。もしこれがばれてしまったら、ウォンレット家はお終いです。どうか、くれぐれも他に洩らさぬようお願い致しますよ」
「ええ。勿論ですわ。それが分からぬわたくし達では御座いません」
『ルーリ』にそっくりな人物はそう言うと、部屋を出て行った。