第五章「富瑠美の企み」―2
「陛下、些南美王女殿下、柚希夜殿下。これでいかがでしょうか……?」
シュールがその計画書を提出したのは、その五日後だった。
「そうですわね……。ええ。これで結構で御座いますわ。宗賽大臣殿、貴方はこのような人物に、心当たりがありますの?」
「はい。それで、御出発の日はいつに致しましょうか?」
「……どう致します?」
「えっと……私は、三日が宜しいのではないかと思います。私達は、直接地球連邦に行くのではなく、リャウラン国に向かってから地球連邦に行くのでしょう? それでしたら、できるだけ早めに出発した方がよいと存じます」
「ええ。わたくしもそう思いますわ」
にこにこと笑う姉弟と、それを同じく微笑みながら見詰める異母姉に、それを蒼褪めた表情で窺う老いた男。
その様子は、男の孫ほどの彼らの方が、明らかに力が強いということを窺わせる。
富瑠美は、どこか怯えた表情のシュールに、どこか満足気な表情を浮かべた。
「さすがは姉弟ですわね。以心伝心ですわ。では宗賽大臣殿、それで御願い致します」
「はい、承りました。それでは、詳しい御報告は三日後に御報せ致します……」
「御願い致しますわ、宗賽大臣殿」
「それでは、下がって宜しいです」
「はい。失礼致します」
シュールが部屋を出て行くと、三人は顔を見合わせてくすくすと笑った。
「宗賽大臣ったら、本当に公にされたくありませんのね。本当にやりやすいですわ。富瑠美御異母姉様に感謝です」
「ふふ、ありがとう御座いますわ、些南美。それにしても、宗賽大臣に頼んだのは正解でしたわ。彼は本当に素晴らしい計画を立てて下さいましたもの。さて……この調子で行くと、かなりスムーズにことが運びそうですわ。今からもう、楽しみで仕方がありません」
「ええ、私もです。私も些南美姉上も、今まで花鴬国から出たことはほとんどありませんから。本当に楽しみですけど、同時にとても緊張しますね」
「まあ、そうですわよね……わたくしは他国に頻繁に行きますが、ほとんどの弟妹達は、滅多に遠くまで出ませんものね」
「ええ……本当に、楽しみですわ。富瑠美御異母姉様。でも……ふふ、ここを見て下さいな」
「何でしょう? ……まぁ、これは……」
「どうかなされましたか?」
首を傾げる柚希夜に、些南美はシュールが置いて行った計画表を手渡した。
「柚希夜、これを御覧下さいな。そうすれば、貴方にも分かりますわ」
「はい……えーっと……おやおや、これは……私達が地球連邦に行っている間、私達の不在を父上と母上に御会いしに出掛けていると誤魔化すのですか? いくら何でも、そこまでの時間はないでしょう。誤魔化せるとしても、精々一ヶ月……」
「ええ。ですから、怪しまれない内にさっさと戻って来いということですね」
「まぁ……何と申しますか、宗賽大臣は、そこまで御考えになられていないのでしょうかしら? 本当に一ヶ月しかないのであれば、地球連邦には二、三日もいられませんわ。まぁ、富瑠美御異母姉様がいらっしゃらなければ、戦争も始められないのですけれど……」
そう言って眉を顰める些南美に、富瑠美はにっこりと笑って言った。
「ええ。ですから、ここは王宮に戻らず、直接現場に行ったことにすれば、大丈夫ですわ」
「直接っ?」
些南美と柚希夜は、驚いた顔をして富瑠美を見詰めた。
「ええ。御父様に御会いして、御母様にも御会い致しましたら、そのまま地球連邦の近くまで行くことにするのですわ。そして、地球連邦のある太陽系には、地球連邦しか人の住む星が御座いませんから、あの太陽系の星で採掘できる資源は、全て地球連邦の物ですわ。それと同時に、その星で採掘作業をしている機械に攻撃を仕掛けても、結局地球連邦側の損失にしかなりません。ですから、そこに軍を呼び寄せれば宜しいでしょう」
その言葉に、柚希夜は眉を寄せる。
「……ということは、富瑠美異母姉上は、地球連邦に直接攻撃を仕掛けないと?」
すると、富瑠美は苦笑して言った。
「いいえ。さすがにそこまでは申しません。ですが、それはあくまでも最終手段として取って置き、基本的には機械操作の戦闘機で戦うつもりですわ。そうすれば、死傷者はより少なくなります。御異母姉様は、どんな時でも、人の命が最も大切なものだとよく仰っておりましたものね」
「そうですわね……富実樹御姉様、今、どこにいらっしゃるのでしょう。わたくし達に何も言わないまま……」
悲しげに眉を顰めて俯く些南美に、柚希夜が励ましの言葉を掛けた。
「些南美姉上、富実樹姉上が自ら行方不明になったという可能性だけではなく、誘拐されたという可能性もあります。あの富実樹姉上が、私達に何も言わないまま、出て行くはずが御座いません」
「ええ……そうですわね……。あっ! 富瑠美御異母姉様! 富実樹御姉様は、地球連邦で御育ちになられたのですよね? でしたら、富実樹御姉様は地球連邦にいらっしゃるかも知れませんわ!」
些南美の期待に満ちた表情に、富瑠美は苦笑した。
「それは無理ですわよ。この国を出て行くならば、宇宙船を使わなければなりませんわ。そうでなくては、花鴬国を出るなどほんとんど不可能です。そして、この国を出る人は全員顔写真を取られますわ。髪や目の色を変えることはできますが、顔の形を変えるのは不可能です」
「え……? どういう意味ですか? 全く分かりません」
「えっ? 柚希夜、御存知ないのですか?」
「ごめんなさい、富瑠美御異母姉様、わたくしも分かりません」
「あら……そうですか。まあ、あれは極秘事項ですから、知っているのは一握りの人間しかいませんが……けれど、わたくしはもう、御異母姉様が御話しになられていると思っていましたわ」
富実樹とこの二人は母を同じくする姉弟だから、接する機会も富瑠美よりは多かった。
そして、富実樹は弟妹達に優しい。
だから、いくら機密事項とはいえ、概要は世間話にでも話していると思っていたのだ。
「ですから、何をでしょうか?」
些南美が焦れったそうに言うと、
「ええ。宇宙船に乗る前には、金属探知機は勿論、薬物検査など様々な検査を致しますが、その中に、顔を特殊メイクなどで変えていないかどうかを調べるものもあります。これは、指名手配犯の国外逃亡を防ぐ為ですわ。勿論、その後に写真を撮ります」
「まあ、そんなものがあったのですか? 知りませんでしたわ。それで、どのように調べるのですか?」
「ええ、わたくしも詳しくは分からないのですが、どんな素材を使いましても、必ず使われている物質があるらしいのです。そして、その物質を探知する機械が四年ほど前に開発されまして、それを花鴬国全ての宇宙港に設置することに決まりましたの。勿論その対策の為に、このことは大臣や副大臣など高位の人間と技術者ぐらいしか知りませんし、その物質が何なのかも、技術者と御異母姉様と科学特許省の大臣と副大臣しか知りませんわ。そして、これを全部の宇宙港に設置すると決めたのも、御異母姉様なのです。一応その写真も全て調べましたが、御異母姉様と一致する方はいらっしゃいませんでした」
富瑠美の言葉に、些南美と柚希夜は溜息をついた。
「でしたら……無理、ですわねぇ……」
「……す、少し御待ち下さいませ。ということは、私達はこの顔のまま花鴬国を出るのですか? いくらなんでも無理があります! すぐに覚られてしまわれます!」
「ふふ。わたくしがそれを考えていないとでも?」
「それならば……一体どうやって……」
「『魔法』を使いますわ」
富瑠美の言葉に、些南美と柚希夜の思考は停止した。
「えっ……ま……魔法? 魔法で……外見を変えられるのですか?」
「ええ。とても力のおありになる方ならば、簡単におできになられるそうですわ。既に、その手配はしてあります。わたくし達が成り代わる人達の姿にここで変え、そして花鴬国を出ようと思います。そうすれば、決して覚られませんわ」
富瑠美の言葉に、些南美と柚希夜は呆然としてしまった。
それもそのはずだ。
今生きている王族の中で、魔族の力を持った人間は一人もいない。
一番近い血筋では、曾祖母の癒璃亜女王のみだが、彼女は峯慶とマリミアン達が結婚するよりも前に亡くなっている。
つまり、富実樹を除き、直接は魔族の力を持った人間に会ったことがないのだった。
だから、そう言われてもあまり実感がないようだった。
「さあ、そろそろ御仕事に戻らなければいけませんわ。ほら、些南美と柚希夜も、怪しまれる前に後宮に御戻りなさい。ほら、早く」
「……はい、分かりましたわ、富瑠美御異母姉様。さ、柚希夜、参りましょう」
「はい、些南美姉上。それでは、失礼致します、富瑠美異母姉上」
二人はそう言うと、執務室を出て行った。