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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅱ部 戦いの幕開け
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第五章「富瑠美の企み」―1

「お帰りなさいませ、せんしゅくだいじん殿、せいざいだいじん殿、しゅうさいだいじん殿。年が変わる前に御戻りになられて、本当に安心致しましたわ」

「ええ。こちらもです。日程がずれ込んだ時には驚きましたが……」

 そう言ったのは、シュールである。

 実は、演説会に来た人数が予想以上に多かった為日程がずれ、そのせいで次の場所がなくなり、急遽場所を用意してといったことが繰り返され、結局予定よりも一週間遅れたのだった。

「本当に。もし年を越してしまえば、戦争の予定すらも狂ってしまいかねませんもの。良かったですわ」

 は、沁々と溜息をついた。

「それで? 皆さんの反応は、どうでしたか?」

「ええ。大変良好なものでして、大勢の賛同を頂けました。これでしたら、我がおうこくに国内の憂慮は御座いませぬ。それに対し、私が得ました地球連邦の情報によりますと……」

 このような会話が三十分ほど続けられ、やがて終わりになった。

 ちなみに、富瑠美と話したのはほとんどシュールであった。

「そうですか。三人御揃いになり、ありがとう御座いましたわ。戦祝大臣殿、政財大臣殿、貴方方は執務に御戻り下さい。皆さん、貴方方の帰還を心より御待ち申し上げておりましたもの。ですが、宗賽大臣殿には、少し御相談があります。少しばかり、御時間を頂いても宜しいでしょうか?」

「ええ。勿論で御座います」

 シュールが頷き、シャーウィンとウォルトは富瑠美に向かい会釈した。

「それでは陛下、失礼致します」

 二人は部屋を出て行き、残ったのは富瑠美とシュールのみになった。

「それで陛下、御相談とは一体何なのでしょうか? 戦争に対しては、私が責任を持ち御決め致しますと申し上げたはずですが?」

 二人だけになると、シュールの口調は変わり、態度も変わった。

 富瑠美の目線も自然と鋭くなり、親の仇を睨むような目線だった。

 まあ、確かに死にはしていないものの、仇であることには間違いないのだが……。

「ええ、勿論わたくしには戦争のことなど全く分かりません。なので、そこは御任せ致しますと、それこそだいぶ前に申し上げたはずです。わたくしが貴方を御止めしたのは、それでは御座いません。二人には怪しまれないように相談事とは申しましたが、御相談でも御座いません」

「ほほぅ……それでは、何の御用ですかな? 私も宗賽省の大臣。仕事があるので、できる限り御早めに御話とやらを終わらせて頂きたいのですが」

「ふふ。それは貴方の返答次第で御座います」

「…………?」

 富瑠美の怪しげな笑いに、シュールは何とも形容しがたい顔になった。

「確か貴方、わたくしとあの約束を取り付けた時に仰いましたよね? 一つだけ、どんな御願いでも叶えると。ですから、その御約束の御履行を今、求めたいと思います。宜しいですね?」

 その富瑠美の言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。

 それは、まさに王者の風格が漂っていた。

 貴族とはいえ、戦祝大臣家のスウェール家ほど家格が高くないウィレット家の人間であるシュールには、逆らうことができなかった。

「御願い、聞いて頂けますわよね、宗賽大臣殿?」

「…………」

「それでは、御願いを致しますわ」

 その富瑠美の『お願い』を聞いたシュールは、目を剥いた。

 その場で卒倒しなかったのが不思議なぐらいだった。

「へ……陛下! そのようなこと、いくら何でも聞けませぬ! 今がどんな時だか、御承知なされておるのでしょうか?! いくら貴女が花鴬国の女王であろうと……いえ、だからこそ、そのようなことは聞けませぬ!」

 シュールの必死の言葉に、富瑠美は薄っすらと、ひんやりと笑って言った。

「今更、忠義面ですか? 本当に可笑しいこと。それでは、あのことを表に出されても宜しいと?」

「な、何を……」

(まさか……気付かれた? まさか! 私は細心の注意を払い、あの計画を立て実行したのだぞ? こんな小娘に、暴けるはずがない!)

「『何を』? あれほどまでにも賢い宗賽大臣殿の御言葉とも思えませんわ。誰よりもそのことを知っておられるのは、貴方自身でしょうに」

「な……何を仰られるのです? 陛下。そのような戯れ言を……」

「戯れ言などでは御座いませんわ。第一に、当時の先王である、第百五十二代花鴬国国王、うんきょうほうきょうを暗殺しようとした罪。第二に、きょかいきょうの結果を捻じ曲げた罪。第三に、それを無実の、当時の戦祝大臣殿と政財大臣殿に濡れ衣を被せた罪……」

 富瑠美の言葉に、シュールは絶句した。

 そんな様子に、富瑠美はクスクス笑う。

「わたくしがこの二年間、何もしないでいたと御思いですの? 掴める証拠は全て掴みましたわ。前戦祝大臣殿は、わたくしが、大好きで最も信頼している異母姉あね、花雲恭()の外祖父ですよ? 信頼致さないでどうするのです。それに、わたくしを護り育てて下さったのは、ではなくしょうに御座います。そのような意味では、彼はわたくしの義理の祖父ですわ。それに、戦祝大臣殿と政財大臣殿の仲の悪さは折り紙付きですもの。あの二人は、とんでもないことや決まりきったこと以外、どんなことがあろうとも対極にありますから。しかも、『その忠誠心を疑うのなら、私ももう年老いたということだ』と、内祖父の花雲恭(とう)れんが仰られたほど忠誠心の篤い御方ですわ。わたくしが貴方を疑ったのは、当然で御座いましょう」

 富瑠美はくすくすと笑い続け、シュールの顔色は紙よりも白くなった。

「さあ、御誓いを。貴方が言の葉に賭けて御誓いになられたあの誓約を、今ここで果たすのです。勿論、わたくしもあまり御無理は言いませんわ。年が明けてからで結構です。ですが、その下準備は全て年が明ける前に終わらせるように。宜しいですね? 宗賽大臣殿。それから、これを果たしてもらわなかった場合、また他人に御漏らしになられた場合、貴方の罪を、花鴬国国王の名に賭け、国賊として告発致します。御分かりになられましたでしょうか?」

 シュールは、答えることができなかった。

 彼には既に、決定権はなかったのだ。

 富瑠美は、今までその切り札を隠し持ってきた。

 本当に、深くシュールを恨んでいたから。

 だが、その切り札が切られた。

 形勢は逆転し、富瑠美が決定権を握るようになったのだ。

「ふふ、御返事がないということは、御承知なされたことだと解釈致しますわ。それでは宗賽大臣殿、御下がりなさい。よい成果を、御待ち申し上げておりますわ」

 富瑠美はそう言うと、シュールを部屋から追い出した。

 シュールは、茫然自失のままフラフラと部屋から出た。

 その脳裏は、疑問符だらけだった。

(何故……何故、あの小娘がそこまで知られる。何故……しかし……もし、これがばらされたら、私は一巻の終わりだ。あの陛下は人が宜しいから、口にした約束を決して破らないであろう。だから、ばらされない為には……言うことを聞くしかない。しかし……何故? 何故なんだ? あんな小娘が……。癪に触る。私は、あんな小娘に手玉に取られて……威厳も何も、あったものではない。それにしても……何故? 何故、何だ? 一体、何故……何故、ここまで……)

 その後、城の執務室に戻ったシュールだったが、周りの人間が声を掛けてもすぐには気が付かず、結局誰も何にも言わなくなったというあり様だった。




「ふふ……ふふふふ。やったわ。やりましたわ。あの宗賽大臣を負かせることができましたわ! これで、わたくしは……行けますわ。あの国へ……!」

 富瑠美は、満面の笑みを顔に浮かべた。

 本当に、嬉しかったのだ。

「ふ……富瑠美、御異母姉様おねえさま? いかが致しましたか? 富瑠美御異母姉様?」

「ふふふ……これで、ゆ~っくりと休めますわ! それに、あいつを言い負かすことができて嬉しいです! な~んて、清々しい気分なのかしら!」

「……富瑠美御異母姉様っ!」

「きゃっ!」

 富瑠美は、いきなり至近距離で大声を出され、びっくりして固まってしまった。

「あ……あら? では御座いませんの。どうかなされました?」

「『どうかなされました』、では御座いません! 富瑠美御異母姉様こそ御様子が可笑しいですわ! 一体どうなされたのです?!」

「も……申し訳御座いませんわ。ただ……あの宗賽大臣を言い負かすことができたので、とても嬉しくて……」

「まあ、あいつを?」

 今度は、二人揃ってくすくすと笑った。

 二人とも、嬉しくて仕方がないという顔だ。

 何しろ些南美は、シュールがノワールとフォリュシェアをはめたということを知っていて、富瑠美がその裏付けを取ろうとしていた時に、協力もしていたのだ。

 嬉しくないはずがない。

「それで……どうなされたのですか? あの国に行けるとは?」

(そ……そこまで、聞いていたのですね……些南美……)

「え、ええ。そのっ……それは機密事項ですから、御話しできませんわ」

「……富瑠美御異母姉様。わたくしに、隠し事をなさると? 折角情報を差し上げましたのに……わたくし、とても悲しいですわ」

「さ……些南美?」

 富瑠美が目を瞬かせると、些南美は実に哀しそうに溜息をついてみせた。

「ええ、ええ、悲しいですとも。富瑠美御異母姉様は、富実樹御姉様ほど、わたくしを信用なさってはおられなかったのですね。嗚呼、あの時、情報を御渡ししなければ良かったですわ……。そこまで御信じになられていないとは、わたくし、思いもしませんでしたもの」

「お……御話し致します! 分かりましたわっ!」

「あら、ありがとう御座いますわ、富瑠美御異母姉様。やはり、富瑠美御異母姉様は頼れる御異母姉様ですわね」

(さ、些南美……。やはり、このようなところはよく御異母姉様と似ていらっしゃいますわ……さすが、姉妹というべきか……にはこのようなところがありませんのに……。本当に、血は争えませんわ)

 富瑠美は小さく溜息をつくと、自分の計画を話し始めた。

 それを聞き終った些南美は、首を傾げて言った。

「ですが……危険ではありませんの?」

「そこは恐らく大丈夫でしょう。勿論、わたくしの身分は隠しますわ。そうすれば、きっと大丈夫です。顔も変えますし」

「はあ……。ねえ、富瑠美御異母姉様。わたくしも御一緒してはいけませんか?」

「な……何を仰いますの? 些南美。それは、いくらなんでも無理ですわ。そこまでは、いくら何でもできません」

 富瑠美が狼狽えて言うと、些南美は悲しそうに、それでいて期待を込めて言った。

「……そうですか。でも……わたくしも、御一緒したいですわ。何だか……そんな気が致しますの。何か……よいことがある気が致しますわ」

「よいこと……? それは、幸先がいいですわね」

 富瑠美は、言葉に少し注意を払って言った。

 富瑠美は、マリミアンに『鋭い勘』という形で顕れている魔力があり、富実樹にはそれよりも強いものの、一般的に見ると普通か少し弱い程度の魔力があることを知っている、数少ない人物の一人だ。

 しかも、自分達の曾祖母には、前代未聞、空前絶後のとてつもなく強大な魔族の力を持っていた女王、花雲恭()がいるのである。

 些南美に、少し鈍い程度の『勘』の魔力があっても可笑しくはない。

 だが大抵の人物は、勘程度だったら本人すらも気が付かないことが多い。

「ええ。そうでしょう? ですから……叶うならば、わたくしも御一緒したいと思ったのです」

「そうですわね……貴女がそれほど強く望まれるのであれば、御連れ致すことも、可能かとは思いますわ」

 富瑠美が負けてそう言うと、些南美は実に嬉しそうに言った。

「本当ですかっ?」

「ええ。あと、柚希夜もいいでしょうね。どうせ、柚希夜は弟妹達の中でも末っ子です。少しの間いなくなられても、国民の多くは気が付きませんわ。さすがにまでは無理ですけど、些南美と柚希夜だけならば、可能かと」

「まあ! 嬉しいですわ! 富瑠美御異母姉様、ありがとう御座いますわ! 早速、柚希夜にも報せて参ります!」

「あ、少し御待ちなさい! 些南美っ」

「はい?」

「あの、このことは柚希夜以外、絶対に誰にも仰らないで下さい。わたくし達の持っている宗賽大臣に関する情報と、わたくし達の御父様、御母様、御異母姉様に賭けて」

「はい。分かりましたわ」

 些南美はそう言うと、部屋を出て行った。

 富瑠美は、しばらく目を瞑り物思いに耽った後、目を開けて呟いた。

「よし。明日、宗賽大臣にこのことも御願い致しましょう。そうすれば……そうすれば、わたくし達は……」

 富瑠美は、強い決意を胸に秘めて言った。

「地球連邦に、行けますわ。御異母姉様が御育ちになられた、あの国へ……!」

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