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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅱ部 戦いの幕開け
35/71

第三章「花鴬国の現在(いま)」―3

「陛下ぁ! こちらも御願い致します!」

「はい! あ、レーン! ここに積み上げているキエシュを、各省に配って頂けるかしら?」

「えっ! 私は後宮の侍従で……」

「他に人がいないのですから、代わりにやって下さいませ! 今は人員不足なので御座います! これでは、他の人が戻ってくる前に溢れ返ってしまいますわ! ほら、さっさと持って御行き下さいませ!」

 の怒号に、その若い侍従は飛び上がった。

「は、はいぃ~!」

 その僅か一分後。

 再び執務室の扉が開いた。

「陛下! 本日締め切りの案件にはもう御署名を――」

「その前に、貴方は外務省の人間ですね?」

「は、はい!」

 その返事に、富瑠美は一つのキエシュを、王とは思えない凄まじい形相で投げ付け、それを危ういところで目の前の人物が受け取った。

「だったらこれは一体何なのですかっ? これでは諸外国が納得致しません! これが外国から送られて来られた物として考え、さっさと作り直してこちらに御持ち下さいませ! 締め切りは本日ですっ!」

「そ、そんな無茶」

 その言葉が言い終わらないうちに、富瑠美は言い募った。

「何が無茶ですかっ? 本日締め切りの物を昨夜御提出なさるような常識外れの省の人間に言われたくは御座いません! 幸い、今は午前十時。これをしっかりと練り直し作り直して、夕方の五時まで、延長しても六時までには御提出下さい!」

「そ、それをどうやって上司に言えって言うのですか、陛下!」

 その言葉に、今まで会話を交わしながら書類を捌いていた富瑠美は、視線を上げた。

「貴方の上官は、一体誰ですか?」

「あ、貴族の副大臣の、シェイ殿です」

「……ということは、貴方は官吏ですね」

 この王宮では、貴族と官吏が共に働いている。

 その見分け方は、貴族は王宮で働いている貴族のことを『かんほう貴族』と言い、官吏はただ『貴族』と言うことだ。

 その理由は、庶民にとって官封貴族もほう貴族も貴族だが、貴族にとっては官封貴族と地封貴族は違うからだ。

 そして、互いに官封貴族であること、地封貴族であることを誇りに思っている。

 けれど庶民にとっては、そんなことは『どうでもいい』ことなので、このような見分けが付くのだ。

「それでは、わたくしが言っていたと仰り、御伝え下さい。それでもし御不満を訴えるようでしたら、貴方を官吏の副大臣であるマレイ殿の部下に致します。そしてシェイ殿の省の移動、降格を致します。そんな我儘を仰る方は、副大臣として不適格ですので。なので、そうでしたらわたくしに御伝え下さいませ」

「は、はい。それでは失礼致します」

 そう言うと、彼は部屋を出て行った。

 その途端、富瑠美は再び厖大な量の資料に目を通し始めた。

 何故、富瑠美がこんなことになっているのか。

 その理由は、簡単過ぎるほど簡単だ。

 何故なら、ここにシャーウィンも、ウォルトも、シュールもいないからだ。

 それぞれの省で対応できる程度の物は、副大臣で対応できる。

 だが、その副大臣にも本来の仕事があり、そこに無理矢理押し込める量というものも限度がある。

 その結果、富瑠美や、その他の王族達で分担してその分の仕事をし、おまけに富瑠美には、三人の代わりに最後の署名をしなければならないという役割まである。

 だから、富瑠美は目の回るような忙しさの中にある。

 そしてもう一つ、今()おうこくが地球連邦と戦おうとしていることも、その原因の一つだ。

 他国には、貿易などでその影響が出る為、その説明が必要になってくる。

 また軍備を整えたり、いざと言う時に徴兵や志願兵を募ったりする時、それに備えて国民に理解を求め、協力してもらうということもある。

 シャーウィン達が今、国中を回っているのもそのうちの一つだ。

(……早く、御帰りになって頂けないでしょうか。このままでは、わたくしが保ちませんわ。あまり長い間大臣三人の仕事を分担するのも、考え物ですわね。三人揃って御出掛けになるのに反対しておけば良かったですわ)

 富瑠美は頭の片隅でそんなことを考え、その考えに自嘲した。

(わたくしったら……何てことを考えているのかしら。しゅうさいだいじんに反対しても、その意見は無視されるだけだと言うのに。わたくしは、もう……逆らえやしないのに。嗚呼……御父様、御母様、御異母姉様おねえさま……逢いたいですわ。そして、御助けして頂きたい。わたくしには、確かに政治の才能がありますが、それは頂点に立つ政治家という意味ではなく、その補佐をする人間としての才能ですわ。誰かに御助けして頂かないと、わたくしは、わたくしを活かせない……)

 富瑠美は、書類を捌く手を止め自嘲した。

(わたくしは御父様にとって二番目の子供ですが、御異母姉様がいない今、わたくしが一番上の子供……。もう、誰にも頼れません。弟妹達には、精々兄弟としての助けしか求めることしかできませんし、年長者の助けが必要でも、あのには決して頼れない。大臣達には、精々臣下に対する相談事ぐらいしか……。もう……わたくしは、駄目……!)

 強く噛み締めた唇から、血の味がする。

 もう、自分が限界に近いことは、理解していた。

(けれど、宗賽大臣にあの御約束を取り付けて置いて良かったですわ。一つだけ、どんな願いでも叶えるという、約束……。あの約束を使えば、わたくしは休むことができる。……そうですわ! こうすればいいのです。そう、こうすれば絶対に休めますし、わたくしは楽しいですし、一応御仕事もできます。……そう、このことを望みましょう。これは、わたくしを最も有効活用でき、それでいて休みの取れ仕事もできる、宗賽大臣から逃れる唯一の策ですから……)

 富瑠美はそう考えると、ふっと心が軽くなった。

(……そうですわ。そうしましょう。それが、一番いいですわ)

 富瑠美は先程までの殺気立った様子とは反対に、ウキウキと仕事をしていった。

 そのせいで、先程までの富瑠美の様子を知っていた官吏や貴族がその様子を見た時、一体陛下に何があったのか、と心底怖ろしく思ったのだった。




 ふと、扉を叩く音がして、は顔を上げた。

「……杜歩埜御異母兄様(おにいさま)? 今、御時間宜しいでしょうか?」

「……か?」

 杜歩埜が自室の扉を開けると、些南美がキエシュを胸に抱えて立っていた。

「些南美? 一体、どうしたのかい?」

「……私のことも忘れられては困りますよ、杜歩埜異母兄上(あにうえ)。いくら杜歩埜異母兄上が些南美姉上のことが御好きでいらっしゃっても、そのことは周りの誰にも覚られてはなりませんから」

 そう言ったのは、だ。

「……おや。柚希夜もいたのか」

 その声には、先程些南美を見た時ほどの覇気はなかった。

 それに柚希夜は苦笑し、言った。

「ですから、そういった物言いは、他に人がいない場合のみにして下さい。まだこのことは秘密なのですから」

 柚希夜はついこの前、十五歳になった。

 と別れた時、まだ十三歳という幼さの残っていた柚希夜だったが、富実樹と別れてから背がグンと伸び、声変わりをし、だいぶ大人っぽくなって来た。

 既に身長は姉の些南美を抜き、百七十を超えている。

 富実樹の身長が百六十センチ台後半で、些南美の身長が百六十五センチほどというそれなりに背の高い姉がいることを考えると、柚希夜はこれからももっと伸びるだろう。

 杜歩埜は微妙な笑いを柚希夜に返すと、二人を部屋に入れた。

「……とにかく、部屋に。そう言えば、何故二人はここへ?」

 その問いに、手近なソファーに座り、キエシュを目の前のテーブルに置いた些南美が笑って答えた。

「ええ。わたくし達、今まで最低限の政治の知識しか持ち合わせて来ませんでしたの。わたくしも柚希夜も、この王宮に留まり政治をする気など更々なかったものですから。今まではそれで充分だったのです。ですから、いきなりこんなに書類を処理しろと言われましても、困ってしまって……それで、杜歩埜御異母兄様に御手伝いして頂けないかと思いまして……ねぇ、杜歩埜御異母兄様。御手伝い頂けませんか?」

 些南美の甘えるような問いに、杜歩埜は苦笑して答えた。

「ふふ、そんな声を出されたら、私が断りにくいではないか。まあ、私に断る気はないし。いいよ」

「まあ! 杜歩埜御異母兄様、ありがとう御座いますわ! これで皆も救われます!」

「えっ?」

「はっ?」

 その答えに、杜歩埜も柚希夜も間抜けな声を出した。

 だがその二人に構わず、些南美は扉を開け、外に向かって声を掛けた。

「皆、いいですわよ? どうぞ、御入り下さいな」

 その言葉で、大勢の弟妹達が一緒に入って来たのだ!

「んな……ふうげんに、に、りょうれんに、に……私は、六人も相手にしなければならないのか……!」

 ちなみに、涼聯はの次男で第六王子、ほうきょうの第十二子で、羅緯拿はこうの次女で第七王女、峯慶の第十三子ある。

 今政治の道に今いるのは富瑠美と麻箕華だけだが、麻箕華がおうだいじんなので、その麻箕華の兄であるしょうげんは、将来建築デザイン関連の仕事に就こうと思っていたが、政治に詳しい。

 そして富瑠美以外の深沙祇妃の子供達は、富瑠美とそれほど仲がよいとは言えずに、めかけの子供達とは仲が悪い為、こちらは声を掛けようとすらもしなかった。

 そしてじょの娘のと、息子の第五王子、峯慶の第十子であるほうれんの姉弟は官吏志望だったので、このような書類が来ても慌てることはない。

 結果、その他の弟妹達が集結した訳である。

 その後、六人の異母弟妹ていまいを相手に自分の書類も片付けなくてはならず、杜歩埜はとても忙しい日々に突入したのであった……。

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