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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅱ部 戦いの幕開け
32/71

第二章「事実と覚悟」―3

(一体、はどこまで行く気なの……?)

 はそう思い、隣をスタスタと歩いて行く千紗の顔をチラッと見た。

 二人は、外の道を歩いていた。

 だが、由梨亜は一体どこに行くか知らなかった。

 ただ、千紗に付いて行くだけで精一杯だった。

「あ、あの、さ……ど、どこ――」

 由梨亜はそこまで言い掛けてやめてしまった。

 千紗が睨んで来たからだ。

 由梨亜が言うのをやめると、千紗はふっと笑い視線を完全に前に向けた。

(ったく、千紗ったら……ほんとに、どこまで行くのよ……)

 今、由梨亜は嫌な予感に襲われていた。

(この道、通ってるって……もしかして……いや、もしかしなくても……いや、でも……やっぱり……あそこかも……)

 やはり、由梨亜の予感が当たった。

 着いたのは、近くの臨海公園だった。

 千紗と由梨亜は、小学生の頃よくここで遊んでいた。

 二人が初めて会ったのも……ここだった。

「千紗……」

「……うん?」

 千紗は、海の方をじっと見詰めていた。

「どうして、私を連れて来たの? ここに」

「……あのね、由梨亜。これから、地球連邦はおうこくと戦うでしょ?」

「ええ。もう、宣戦布告されたみたいだから……」

「ねえ、由梨亜。地球連邦が花鴬国と戦って、勝算はどれぐらいだと思う?」

「それ、は――」

 由梨亜は言葉に詰まった。

(千紗は……どこまで知ってるの? 私が、覚悟していることを。だけど……それなら、私は――)

「由梨亜。正直に、答えて。あたしは、ほんとに勝算は少ないと思う。由梨亜。花鴬国の元女王としての考えは?」

「……じゃあ、言うよ。私は……詳しくはよく分からないけど、多分、良くて十パーセント。悪くて……一パーセント未満。それぐらい、今はすっごい無謀な状態。ただ……地球連邦の上の人達は……勝算は最低でも三十パーセントはあるはずだって思ってるはずよ。地球連邦の隠してる力は、絶対それぐらいの力を持っているはずだって。そして、花鴬国はそれに不意打ちを食らうはずだって、信じてる」

 由梨亜は、瞳を閉じて吐き捨てた。

「けど、花鴬国はその情報を得られる。そして、仮にその情報が僅かにしか得られなくても、花鴬国の力の方が強いわ。中央諸国なら知っていることも、地球連邦は知らないっていうことは沢山あるの。おまけに、花鴬国が他国に隠してることも沢山ある。そこからみると、地球連邦の勝算は、絶望的に低いわ」

「そっか……じゃあ、地球連邦が負けたら、ここに花鴬国の人が来るんだよね」

 千紗の確認するような、そして妙に穏やかな口調に、由梨亜は気付いた。

(そんな……千紗は、全部気付いてたっていうの……?)

 だから、答えることが……できなかった。

「やっぱり……そうなんだね。もしここに王族が来たとすれば……由梨亜のこと、うんきょうだって気付く人、いるんでしょう? それで、もし気付かれたら……由梨亜はあたし達に黙って、花鴬国に戻るつもりでしょう? そうすれば、は富実樹に王位を戻す。そして、富実樹(・・・)なら地球連邦に対して悪いようにはしない――つまり地球連邦は、宇宙連盟に加盟する以外の無茶な要求は、あまり呑まないことができる……。そういうことなんでしょ? 由梨亜。貴女は、人身御供になろうとしている。……違う?」

「……ええ。そうよ。ただし、ばれたらね」

 由梨亜は、そっと溜息をついた。

 そう、ばれたら、なのだ。

 もしばれなければ、由梨亜はずっと地球連邦にいられる。

 千紗と、こうと、父と、母と、沢山の友達と。

 だけど、ばれたら……由梨亜は富実樹になるしかない。

 それ以外、何一つ道は残っていない。

 地球連邦が、花鴬国と戦う以外に何一つ道が残っていないのと同じように。

「もしばれなきゃ、私はここにいれるわ。私はここにず~っといたいから、ばれないように努力する。だけど、もしばれたとしたら……」

 由梨亜は、千紗の背中を真っ直ぐに見詰めて言った。

「その時の覚悟は、私にはあるわ。だから……止めようとはしないで。誰に止められようと、その覚悟は揺るがないわ。止めても無駄なの。だから、このことは誰にも言わないでくれると嬉しい。特に、香麻と睦月むつきには。お父様とお母様にも言わないで欲しいけど……でも、香麻と睦月の方なんかは、それこそ力に物を言わせて無理矢理止める気がするのよ……ううん、気がするだけじゃないわ。本気でする。だから、もしばれた時はお願い。二人を止めて頂戴。これは、千紗にしか頼めないことだから」

 由梨亜がそう言い終わると、千紗は振り返り、穏やかに微笑みながら言った。

「嫌」

 ……由梨亜の、思考が止まった。

(な、に……? 千紗、今何て言ったの……?)

「…………な、んて、言っ」

「だから、聞こえなかった? 『い・や』」

 千紗は、由梨亜の語尾に被せるようにすかさず言った。

 ……やはり、由梨亜の聞き間違いではなかったようだ。

「…………ど、して」

「ん~? 嫌だから」

「……だ……から、理由、は」

 由梨亜は、途切れ途切れにしか言葉を発せなかったが、千紗はくすりと笑い、実に滑らかに、楽しそうに言った。

「だってさ。由梨亜、ほんとは嫌なんでしょ? 花鴬国に戻るの。だって、ここには由梨亜が愛する、香麻がいる。そして、あたしとかあいとか、しょうとか、もととか、睦月とかりょうとか、そうとか、あと他にも沢山の友達――親友がいる。お父様も、お母様も。なのに、どうして由梨亜が花鴬国に戻りたがってるなんて思えるの?」

「千紗」

 由梨亜の声に、軽く肯定するような感情が思わず混じってしまった。

 そのことに気付いたのか、千紗は真剣な口調で言った。

「由梨亜は、ほんとは戻るのが嫌。そして、あたしは由梨亜に行ってほしくない。だったら、止めるのが一番いい方法なんだよ? 由梨亜。睦月と香麻には、富実樹のことは絶対に言わない。っていうか、それこそ絶対に言えない。だってあの二人、一体何仕出かすか分かったもんじゃないもん。だけど、もし止めるのなら二人の力を借りるよ。だって、あたしはずっと由梨亜と一緒にいたいもん」

「…………」

 由梨亜は、何て言ったらいいのか全く分からなかった。

 だが、何とか言葉を捻り出して言った。

「……その、千紗……さ……これを訊く為に……この為だけに、わざわざここまで……来たの?」

「う~ん……もう一つだけあるんだけど……いい?」

「……いいも何も、この状況で私に拒否権なんてないと思うんだけど……?」

 由梨亜の少し呆れたような、脱力したような声に、千紗は軽く笑って答えた。

「あたしが訊きたいのは、由梨亜の――ううん、富実樹の曾お祖母さんの、女王のことなんだ」

「曾御祖母様の……?」

「うん。今夜、その癒璃亜女王に会うんだよね」

「ええ。今夜、花鴬国から曾御祖母様が戻って来るから」

「じゃあさ、その人に訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ええ。勿論よ。その前に私に報告があると思うけど……何しろ、曾御祖母様にお会いするの三ヶ月ぶりだから」

「……そうなの?」

 千紗の口調には、純粋に驚いたような響きがあった。

 そんなに長い間会ってないとは、思っていなかったようだ。

「だって、あんまり長い間花鴬国にいても目新しい情報が入るとも限らないけど、あまり短くても大して情報が入らないもの。だから三ヶ月交代みたいな感じで、地球連邦と花鴬国を行き来しているのよ」

「ふ~ん……。じゃあ、あたしの訊きたいことはみんな訊き終わったし、戻る?」

 千紗の珍しくも真っ当な問いに、由梨亜は笑って答えた。

「折角ここまで来たのに、遊ばないで帰るの? 勿体ないわよ。遊んで行きましょ?」

「うん!」

 千紗の元気な答えに、由梨亜は頬が綻ぶのを抑えることができなかった。

 千紗が元気だと、嬉しいと――自分まで元気になる、嬉しくなる。

 結局、二人はいつもそうだ。

 心の奥底で……繋がっている。




 その夜、千紗はこっそり由梨亜の部屋を訪ねた。

「由梨亜……来たよ?」

「いらっしゃい、千紗」

 今の時刻は真夜中の午前二時。

 夜更かしをしていない限り、いつもなら起きていない時間である。

 千紗と由梨亜は双子ということになっているが、さすがに部屋は離れている。

 さて、千紗は由梨亜の部屋に入ったが、しばらく何もせずにベッドの上に腰掛けていた。

 由梨亜も、千紗とは少し離れた場所に腰掛けてぼんやりしていた。

 五分が過ぎ、十分が過ぎた頃……部屋の空気が、揺らいだ。

 由梨亜が立ち上がって虚空を見詰め、それを見た千紗もはっとして立ち上がり、由梨亜の様子をじっと見守った。

 そして……由梨亜が口を開いた。

「お久しぶりです、曾御祖母様」

 由梨亜の口調はいつもより少しは改まってはいるものの、『富実樹』だった頃よりはだいぶ砕けた口調で、何もない所に声を掛けた。

 すると、その由梨亜の視線の先が揺らぎ……二十代前半ほどの姿をした、軽く波打った漆黒の髪に、目が覚めるような、とても濃い紫――貝紫、ロイヤルパープルと言われる高貴な色、王者の色と呼ばれる紫色の瞳をした女性が、目の前に浮いていた。

 いきなり現れた上に妙に立体的で、だけど宙にも浮いているということで、千紗の思考は完全停止した。

(な、に……誰? 癒璃亜女王ってのは、分かってる、けど……でも……こんないきなりって……こっちの心がついていかないんですけど……)

 そのことだけが、千紗の頭をグルグルグルグルグルグルグルグル回っていた。

『ええ。お久し振りですね、富実樹。全然変わっていないようで、安心しました』

(うっわ……すっごい丁寧な喋り方……)

 そう千紗は思ったが、これでもまだ砕けている方である。

「曾御祖母様、紹介致します。この方はほんじょう千紗。今は、私の双子の姉となっている方です。そして、私の無二の親友ですわ」

『ええ。千紗さん、初めまして。わたくしは富実樹の曾祖母の花雲恭癒璃亜と申します。どうぞ宜しくお願い致します』

「えっ、あっ、はい。こちらこそ宜しくお願いします……」

 千紗は反射で頭を下げていた。

 そして、その頃にはようやく頭が動き始めていた。

「あの、あたし、訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」

『ええ。どうぞ』

「えっと……癒璃亜様って、元々花鴬国の女王様だったんですよね?」

『ええ。第百五十代花鴬国国王でしたが』

「それなら、このことはご存知のはずでしょう?」

 千紗はそう言うと、今までずっと隠し持っていた物を差し出した。

 それを見た癒璃亜は、顔色を変えた。

『これっ……! 何故……何故、これを貴女が……!』

 千紗が持っていた物は、片手より一回りほど大きい、四角い小さな黒いケースだった。

「これは、だいたい半年ぐらい前にあたしが発見した物です。これが何なのか、由梨亜は知らなかったみたいでした。本当に、何の心当たりもなかったみたいですけど。そうだよね、由梨亜」

「え~っとぉ、ま、待って、ちょっと待ってねぇ…………ええっと…………う~ん…………う~ん…………あっ! 思い出したわ! そう言えば、こんなのあったわね……確かにこれが何なのか、私には全く分からなかったわ。……今も、全然分からないけど」

 由梨亜は、半年ほど前にこれを見せられていた。

 と言っても、

『ねぇ、由梨亜。今日これ見つけたんだけどさ、何だか分かる?』

『ううん、分からないわ。でも、どこで見つけたの?』

『え~、っとね……うん、すぐそこの庭の植え込みの陰っていうか、とにかく樹とか草とかに隠れてよく見えないとこ』

『ふ~ん……一応お父様に訊いといたら?』

『いいよ。ただあたしが気になっただけだから。じゃあこれ、捨てとくようにれいに言っとくね』

『ええ』

 といったもので、特に何の変哲もない、ごく在り来りの日常的な会話だった。

 由梨亜も、それを見てもすぐには思い出せず、思い出すのにもかなりの時間を要した。

「それ……捨ててなかったんだ」

「うん。実はこれね、庭で見つけたんじゃないんだ」

「そ……そうなの?」

 途惑ったように目を瞬く由梨亜に、千紗は申し訳なさそうに首を竦めた。

「嘘付いてごめん。これ、家の客室の中で見つけたの。メモも、一緒にあった。それを由梨亜に言わないままにしたのは悪いと思う。だけどそのメモは、花鴬国に関係する物だったから。だから、由梨亜には言わない方がいいと思って。で、由梨亜はこれを知らなかった。だったら、そのメモを見せて不安にさせることはないと思って、今まで隠してたの」

『そうだったのですか。ですが、それは花鴬国に対する立派な武器となります。今まで、よく隠して置きましたね。本当に立派です。これはもしかしたら、地球連邦が勝てるかもしれません。勿論、これを利用したらの話ですが』

「そうなんですか? そこまでとは思わなかったな……それでは癒璃亜様、これを利用した場合、勝算は何パーセントぐらいですか?」

『恐らく……六十パーセントぐらいではないでしょうか』

「あ、あの! 曾御祖母様!!」

 由梨亜が、勇気を振り絞ったかのように声を出した。

『何ですか? 富実樹』

「えっと……その、これって、一体何なんですか?! 私だけ、話に付いてけないって言うか……とにかく、置いてきぼりにしないで下さいっ!」

『ああ、ごめんなさい、富実樹。わたくし、富実樹がこれを知らないことをつい忘れてしまいましたわ』

「右に同じ」

 千紗はそう言うと、由梨亜に向かって一枚の紙を渡した。

 それは、植物の繊維で作られた物で、由梨亜は破れないようにそっと受け取った。

「これっ……! ……何だ。そういうこと……」

 由梨亜の、半分納得したような、半分脱力したような声を聞き、千紗は苦笑した。

「やっぱり、これだけで分かったか……。さすが、花鴬国の王様をやってただけあるね」

 その千紗に対し、由梨亜はきっぱり過ぎるほどきっぱりと言い放った。

「ええ。これが分からなかったら、花鴬国の王たる資格はないわ。ところで曾御祖母様、そろそろ花鴬国のことについて伺いたいのですが……」

『随分と面白い情報が得られましたわよ。これをどうするかは、貴女達次第です』

「それでは、お聞かせ願えますか。曾御祖母様」

『宜しいでしょう。それでは……』

 その後、一時間ほど由梨亜の部屋の明かりは点きっ放しだった。

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