第二章「事実と覚悟」―2
「たっだいまぁ、お父様」
「ただいま。ちゃ~んと今日は走んないで来たわよ? お父様」
「プッ……それが今言うことかよ、千紗、由梨亜」
「ああ、同感だな」
多種多様な言い方に、耀太は苦笑すると四人を座らせた。
「さあ、さっさと座りなさい。今日はお茶も何も出さないぞ。どうせ昼は食べてきて、お腹いっぱいだろう?」
「うん」
「だから、すぐに本題に入るぞ。……花鴬国はおよそ一週間前、地球連邦の王族や皇族、議会に向かい、通信文書で宣戦布告した。その送り主の名は、花鴬国の王、花雲恭富瑠美陛下だった」
その言葉に、由梨亜ははっと息を呑んだ。
(やっぱり……誰かに押し切られた? でも、富瑠美を動かせるようなほどの力を持つ人は、三ヶ月前の報告では誰もいなかったはずなのに……! 今の花鴬国では、御祖父様も政財大臣殿も代替わりをして、恐らく、今花鴬国で一番権力を持っているのは宗賽大臣殿……)
由梨亜は、小さく顔を歪めた。
(でも、彼は権力に何の興味もなくて、世襲制の大臣家に産まれて、長男だったから王宮に仕えて大臣もやってるけど、いつも、ただ神に仕えられるほどの力があれば、それで充分だと……そういうすっごい宗教的で穏やかな考えを持って、しかも明言してる、花鴬国の中では滅多にいない超貴重で希少価値の高い重要人物なのに……。だから、彼は多分違う。だけど、他に誰が伯父様と政財大臣殿と宗賽大臣殿を動かせるって言うの……?! 分からない……分からないよっ!)
由梨亜がそう考えていると、耀太が話を進めた。
「彼女は、こう述べていた。……ここに、それの写しがある」
耀太はそう言うと、端末を起動させ、そこにその文書の写しを映し出した。
そこに書いてあったことを要約すると、こう述べてあった。
『わたくし達花鴬国の、宇宙連盟加盟への再三の問い合わせに全く何も返答がないとはどういうことで御座いましょうか。連盟に加盟したくないのであれば、そう仰れば宜しいのです。わたくし達は必ず御認めになられると思い申し上げたのでは御座いません。勿論、御断りになられることも考えてはおります。ですが、わたくし達は何度も何度もそちらに問い合わせました。そして、何も御返事がない場合は、武力を持って征する可能性があるとも申し上げました。けれど、今までの一年間、何の御返事もないままに過ぎ去っていきました。ただわたくし達が言われた言葉は、
「今は即答できかねます。地球連邦の総意がなければ、このことに返答はできませぬ。ここイギリスが首都となっておりますが、私には何の独裁権もありませぬので、今回は御引取り願います」
とだけ。花鴬国の国民の不満は高まりに高まっております。そして、幾ら何でも一年間何の動きも見せぬままで「検討中」などと仰せられても、こちらは疑わざるを得ません。よって、花鴬国は宇宙連盟の長としてではなく、ただ花鴬国一国として、地球連邦に宣戦布告致します。この文書が届く頃には、こちらの準備は既に始まっているでしょう。花鴬国が地球連邦に攻め込むのは時間の問題となります。それでは、これから始まるであろう戦いの、条約制定の時に御会い致しましょう。皆様の御幸運を御祈り申し上げております』
読み終わった四人の顔は、蒼かった。
信じられない内容に、睦月と香麻は顔を引き攣らせ、千紗は心を落ち着かせようとしているのか、胸に手を当てて軽く喘ぎ、由梨亜は瞑想するかのように目を閉じ、何を思っているのか全く読めなかった。
「戦争が、既に確定事項だったなんて……拒否権がないだなんて、思いもしなかったな……」
「ああ……戦争が起こるとすれば、この国は滅茶苦茶になっちまう……俺らの入学式が延期になるどころの話じゃない。下手をすれば、この国の指導者的存在とか、政治家とか、みんないなくなるぞ」
「ああ。だから、私達が天皇陛下に呼ばれたのだよ、睦月君、香麻君。そして、いざという時になったらこの国の大勢の人達を守る為に、天皇陛下達は、既に意志を固めている。だから、関係ない人達と、そうでない人達を、引き離すことになった。勿論我が本条家は『関係がある』方だ。睦月君、香麻君、君達は、その『どちらでもない、微妙な立場』となる。好きな方を、決めておいてくれ」
その言葉に、睦月と香麻は顔を見合わせる。
耀太は、追い打ちを掛けるように言葉を重ねた。
「日本州は小さな州だ。花鴬国も狙いにくいだろう。だから、もし私達に付くとしたら、二度とこの地を訪れる可能性がなくなることも、覚悟しておいてほしい。勿論、全ての王族や貴族や政治家達が行く訳ではない。それでは、戦争が終わっても、この国は立ち行かなくなる。だが、本条家は無理であろう。もし付いてくるならば……死を、覚悟して欲しい。生半可な気持ちで来るならば、この国に残った方がマシだ」
「そう、ですか……でも、死なない可能性もあるんですよね?」
「ああ。どれほどかは、言えぬがな」
耀太の不吉な言葉にも拘らず、睦月も香麻も力強く頷いた。
「じゃあ、俺は一緒に行きます。俺は、由梨亜が好きなんです。だから、護ってやりたいと思っている。それに、もう俺と由梨亜は婚約している。だから、半分は本条家の人間となっています。それを理由にすれば、家族を説得できます」
「俺もです。俺は父さんも母さんもいないから、心配してくれるのは兄貴と妹だけ。けど、その二人はきっと説得できます。だから、一緒に行きます」
その言葉に、耀太は息を呑み、ホウッ、と溜息をついて言った。
「分かった。ならば、君達は一緒についてくるがいい。……だが、くれぐれも無茶な真似はしないでくれ。そうしたら、私は君達の家族に顔が向けられない」
「……お父様っ! 本当に、いいのっ?」
千紗のその悲鳴に、睦月は穏やかに微笑んで言った。
「千紗……。お前は、本条家の跡取りだ。だから、もしその要求が来たら、突っぱねることは無理だろ? だから、俺は行くんだ。もし止められるのなら止める。止められなくっても、少しでも長い間は千紗と一緒にいたいしな。香麻も、そうだろ?」
「ああ。由梨亜も千紗も、色々と無茶をするからな。止められるのなら、止めてみせるよ」
睦月と香麻の意気込みに、千紗と由梨亜は唖然としたが、釘を刺すのは忘れなかった。
「でも……本当に、その時が来たら、止めないでよ。私達は、その為に行くんだから。それに……その時が来て私達が死んでも、香麻も睦月も日本州に還ってね。それだけは、約束して頂戴。あの……昨日の約束を、これで一つ使うわ。私の分だけで、香麻と睦月にね」
由梨亜の、その真面目なのかふざけているのだか分からない言葉に、睦月と香麻の顔は一瞬緩んだ。
「……ああ。約束、する」
その顔とは対照的に、絞り出すような声で二人が約束すると、由梨亜は溜息をついた。
(香麻と睦月は、一緒に来て欲しくなかったな……御母様とか富瑠美とか、身近にいた人が私に会えば、ばれちゃうかも知れないし。もし、他の王族だったら……例えば、今鴬大臣になっていて、御父様の十一番目の子供で紗羅瑳侍の娘、第六王女の麻箕華か何かだと、絶対にばれない。麻箕華は兄弟の中でも頭いいけど、私の持ってる力を知らないから。そして……もしばれたら、私はきっと花鴬国に連れ戻されて、王位を再び継がされることになるわ)
由梨亜は、横目でちらりと千紗を窺った。
(千紗はそのことを知ってるから、問題ない。お父様とお母様はそれを知ったら茫然自失になるだろうけど……あの二人は事情を知らない上に、茫然自失になるほど根性なしでもないから、絶対に止められるわ。そうすると、二人の命が危ないのよね……いざとなったら、二人を千紗ごと置いてきぼりにするしかないわ……)
由梨亜がそう考えている内に、話は進んでいた。
「さて、これで話は終わった。四人とも、好きにしていいぞ」
耀太のその言葉にはっと我に返ると、千紗がそっと由梨亜の腕を引いた。
「由梨亜……ちょっと、出よ?」
「うん……分かった」
由梨亜はそう言うと、千紗に引きずられるようにして部屋を出た。