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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅰ部 それぞれの居場所
23/71

第十章「再会」―1

~! じゃあ、また明日部活でねっ!」

「うんっ! あいしょうもとっ! じゃあねっ!」

 そう言い、千紗はその四人と別れた。

 彼女達は千紗の部活の仲間であり、副部長が素香、金管楽器の代表的な役割を担っている金管セクションが尚鈷、木管楽器の代表的な役割を担っているコンサートミストレルが藍南で、他に副部長に睦月むつき、もう一人の金管セクションにりょう、コンサートマスターにそうがいる。

 れいごう高校吹奏楽部の幹部は、この七人で形成されていた。

 その中ではこの上げた女子四人男子三人とプラス一名で仲のよいグループを作っている。

 八人は、他の部員が苦笑するほど仲が良かった。

 この日は、女子四人でカラオケに行って来たところだった。

(遅くなっちゃったな……うっわ、もう五時三十分になる~! 休みの日の門限六時なのにっ!)

 千紗は慌てて走っていたが、声を掛けられて足を止めた。

「おい、千紗!」

「睦月っ! どうしたの? こんな時間に……」

「それはこっちの台詞だよ。千紗って門限厳しいだろ? 俺車あるからさ。近くまで乗っけてくよ」

「ありがとう! 睦月っ! 嗚呼、これで救われた……」

「何だよ、そこまで悲観することないだろう?」

 その言葉に、千紗は気まずそうな顔をする。

「実は今日逃げて来ちゃったんだよね。それで、机の上に『門限までには帰ります』ってメモ置いて来ちゃったからさ。

『サボっただけならまだしも自ら示したことすら破るとは何事か! お前はほんじょう家の人間としての自覚はあるのか!』

 ってお父様に怒鳴られるに決まってるもん」

 千紗は肩を竦めて言うと、睦月の車に乗り、家まで帰って行った。

 そして家に帰るとやはり、耀ようの怒鳴り声が屋敷を揺るがした。

「お前という娘は! 今日はさとる殿、まもる殿、みや殿が来てくれると前々から言っておいただろうが! 彼らに無駄足を踏ませてしまった私の世間体はどうなると言うのだっ!」

 その延々と続きそうな耀太の言葉を、煩そうに千紗は途中で遮った。

「んなもん知らないし。第一前々って何。言われたの昨日だよ? しかも夜。あたしはもう友達と約束してたんだから。先に約束した方が大事だって、最初に約束したことは守らなくてはならないって言ってたのはどこの誰だったっけ? お父様じゃないの?」

「うっ……うぐっ……」

 確かに、言った覚えがあるので言い返せない。

「あたしは最初の約束を守って遊びに行ったの。お父様の言うことには逆らってない。それに、お父様はあの人達に会えって言わなかったでしょ? 『明日は婚約者候補達が来る』としか言ってないもん。それにあたし、メモ残したよ? 六時までに帰るって。あたしはちゃんとそれを守った。あたしはお父様に怒られるようなことは何一つやってないわ。なのに怒るの?」

 正論過ぎて……反論も何もできない。

 だが、立ち去ろうとする千紗に、耀太は思い切って声を掛けた。

「千紗、お前は明日の午後、何も予定はないか?」

「……ないけど」

「それでは、応接室に来い」

「……分かったわ。でも、午前は部活あるから駄目だからね」

 そう言い置くと、千紗は部屋へと行った。

 千紗の姿が見えなくなると、耀太は大きな溜息をついた。

「何故……小学校の頃は、もっと言うことを聞く、素直な子だったのに……」

 当たり前だ。

 それは、千紗ではなくだったのだから。

 だが、それを知らない耀太は、嘆いていた。

「一体、どこで育て方を間違ったというのだ……」




 千紗は、ベッドの上に倒れ込むと、溜息をついた。

(何でお父様はあんなに頑固なの? 昔は優しかっ、た? あれ? 何か違う……?)

 千紗は今までに何度も感じていた違和感を覚えた。

 今までは気にせずに通り過ぎていたのだが、今は無性に気になった。

『千紗、ご飯よ~。そろそろ降りてきなさ~い』

『は~い、お母さんっ!』

 今まで一度もなかったことだが、記憶の底からそんな会話が飛び上がってきた。

 普通は、自分が勝手に考え出したのか、話の中にでも出て来たのかと思うが、妙な胸騒ぎがした。

 これは他人事ではない、自分のことだと……そう、直感的に感じた。

 だからと言って、どうにかできるものでもない。

 妙な胸騒ぎに鼓動が速くなるのを感じ、千紗は起き上がり呼吸を整えようとした。

 その時、いきなり自分の部屋の一つから、オルゴールの音が聞こえてきたのだ。

 隣の部屋と言っても、今ここの近くには千紗以外人がいない。

 だから、聞こえたのだった。

(一体、何だろう……まさか、あたしの部屋に勝手に人が入ってくるわけないしね)

 と思いながら千紗はその部屋に行った。

 すると、部屋の隅に置いてある本棚の上のオルゴールが勝手に開いていた。

 それは六年生の時の誕生日プレゼントとして、手作りの特注品として頼んだ物だった。

 それは千紗のイメージとは全く違う、繊細で可憐な、基調が青の可愛らしい物だった。

 その中には、赤系の色のビーズで作られたブレスレットとネックレスが入っていた。

 何故、そんな物を持っているのか分からない。

 だが、とても大切な物だということは分かっていた。

 ふと、そのアクセサリーを手に取った千紗の脳裏に、声と顔が浮かび上がってきた。

『うわあ。千紗、ありがとう! ちょうど着るドレスが青いんだよね』

 そう言って微笑んだ、明るく澄んだ声の持ち主……柔らかく波打った茶色い髪に、緑がかった黒の瞳の美少女――そう、本条由梨亜の顔が浮かび上がってきた。

(これ……由梨亜っ! あたしの……親友っ!)

 そして、それに答えるかのように、自分の、今とは少し違う、幼い声が聞こえた。

『何言ってんの! お礼を言うのはあたしの方だよ! 赤はあたしの色って言われるし……本当にありがとう!』

(あたし達は、さいいん千紗と、本条由梨亜……そして、今は本条千紗と、うんきょう!)

 千紗の脳裏に、偽りの記憶ではなく、本当の記憶が雪崩れ込んで来た。

(……あたしは、由梨亜のことを忘れてた……だけど、今思い出せた……由梨亜!)

 千紗の胸に喜びが湧き出て、気付けば、頬を涙が伝っていた。

 千紗は微笑むと涙を拭い、そのオルゴールを閉めると、部屋を出て行った。

(今大事なのは婚約者候補をどうにかすること。あの賢い由梨亜でさえもてこずった問題だし、すぐに上手くいくとは思わないけど、あたしはあいつらとは結婚しない。絶対に)

 千紗の決意は固く、どんなに重い物でも動かせる梃子でも、絶対に動かないものだった。




「ここって……」

 由梨亜は、途惑ったかのように小さく呟いた。

 シャンクランと日本州では時差があり、日本州が午後七時の時、シャンクランでは午前三時である。

 つまり、日本州の方が十六時間進んでいるのである。

 由梨亜は寝ていないが、それでもまだ日が昇る前と日が沈んだばかりでは違う。

 おまけにシャンクランの五月は日本州の三月の気候と同じであり、日本州の五月の気候はシャンクランの六月の気候と同じである。

 さすがに、そのせいで一瞬くらっと来たが、何とか立て直して自分の服装を見直した。

 由梨亜は、ついさっきまでカサミアン宮の中級侍女の女官服を着ていたはずだが、今は七分丈の白いパンツに淡い水色のティーシャツと上着を着て、そして千紗に貰ったアクセサリーを付けている。

(何だか、便利だか便利じゃないのかよく分からないわねぇ……この魔力って)

 と首を傾げて、辺りを見渡した。

 そこは、由梨亜の通っていた中学校の校門の前だった。

 由梨亜はそっと溜息をつくと、ふと自分が荷物の入った鞄を……それも大きい鞄と小さい鞄を持っているのに気付き、近くの公園まで行って中身を開けてみた。

 大きい方には着替えや洗面用具など、しばらく暮らしていく分に必要そうな道具類が入っており、小さい方には財布や身分証明書など、盗まれたら大変な重要な物が入っていた。

(これがあれば、当分は困らないで暮らせるわ。けど、ずっとは無理……じゃあ、ある程度情報を仕入れてから家に帰ろう。……それまでは、千紗には秘密にしてよう。もうそろそろ千紗の記憶も戻ってるだろうし、いきなり行って驚かせた方が面白いもの)

 由梨亜はそう覚悟を決めると、お腹が空いてくるのが分かった。

(……そう言えば、あの祝賀会では大して食べれなかったんだった。あともうしばらくすればこっちでは夕ご飯の時間になるから、コンビニでちょっと買ってこっと)

 由梨亜はそう決めると、近くにあるコンビニに向かって行った。




(うわ~。しばらく来てないと、こんなに商品って変わるもんなんだ~。あ、私のお気に入りのパンなくなってる! あっでもこのパン美味しそうっ! どれにしよう。迷っちゃう。そういえば、千紗と一緒に初めてコンビニに行った時もはしゃいで、千紗に呆れられたっけ)

 そんなことを思いながら由梨亜が品物を選んでいると、

「いらっしゃいませー」

 という声がして、由梨亜が振り返ると二人の少女が入って来たところだった。

 すると、二人の少女が笑い喋りながらこちらに向かってきた。

(うわ~。大荷物抱えてここに居たら、邪魔かも……?)

 と由梨亜が思った瞬間、案の定二人が由梨亜をまじまじと見詰めてきた。

「あの……邪魔、でしたか……?」

 と由梨亜が恐る恐る訊ねると、二人は首を横に振ったが、穴が開くほど見詰めてくる。

「あの、間違ってたらごめんなさい。貴女ってもしかして……千紗の親戚か何か?」

 と、一人の少女が言い、由梨亜は思考停止した。

(そんなに私と千紗って……似てるかしら……?)

 由梨亜の沈黙を別の意味に取ったのか、その少女が謝ってきた。

「やっぱり、人違いだったのね。ごめんなさい」

 由梨亜の頭は、そこでようやく通常活動を始めた。

「あ、あの……千紗って、本条千紗のことですか……?」

「うん。そうだけど?」

「それなら、私と千紗は血が繋がっています。でも……そんなに似てますか……?」

「そっくりだよ。千紗がもっと大人びて、髪形と髪の色を変えて目の色も違ってたら、実の姉妹って言われても納得するぐらい似てるよ。つまりは、顔立ちが似てるってこと、かな? あと、どっか雰囲気も似てるよね」

「……あの、っていうことは、千紗のことをよく知ってるんですよね?」

「そりゃあそうよ。だって同じ高校の同じ部活、同じ幹部の、周りが苦笑いするぐらいとっても仲良しの四人組だもん」

 ……自分で分かっていれば、世話はない。

 だが、その得意げな口調を無視して、由梨亜は急いた口調で言った。

「じゃあ、買い物を済ませたら、千紗の話を訊かせてもらえませんか? 私、ついさっき戻って来たばっかりで、三年間と半年ぐらい千紗に会ってないんです。だから、貴女達の知っている千紗の話を訊かせてもらえればと……」

「うん、いいよ。貴女と千紗の関係を教えてくれればだけど」

「ええ。それぐらいのことなら」

「じゃあ、決定ね。それじゃあ、ちょっと待っててね。買い物済ませるから」

「ええ」

 由梨亜はにっこりと笑った。

(うまくいけば、明日にも千紗に会えるかも知れない……)

 そう思えば、楽しくなった。




「へ~。そうだったんだあ。でも、千紗があんなに頭のいい高校に入るだなんて思ってもみなかったな。やっぱり千紗、頭いいんだよ」

「何言ってんの? 千紗、日本州の中でも常に上位百位の中に入ってるのよ。部活もやってていつ勉強してんだか。本人に訊くと『効率良くやれば誰でも簡単にできるよ』って言うし。ほんと、凄いんだからっ!」

「へ~。ありがと。こんなに詳しく教えてもらって……」

「いいって。あたし達にとってもいい暇つぶしだったし。だって千紗の家、すっごい門限厳しいんだよ。あたし達は、まだ遊び足りないのに……」

「ね、由梨亜。貴女は、千紗からみたら何なの? 血が繋がってるって言ってたよね?」

 と、素香が言った。

「私? 私は、千紗の双子よ」

 二人が絶句するのを面白く見ながら、由梨亜は嘘とも真実とも言えることを口にした。

「やっぱりびっくりされちゃった。私達って二卵性の双子だから、普通の姉妹並みにしか似てないのよね。だから、誰に話しても驚かれちゃうの」

「い、いや……それ、論点が違う……」

 何とか藍南が喉を振り絞っていったが、由梨亜には全く意味が通じなかった。

「えっ? どこが違うの?」

(こりゃ、言っても無駄だ……)

(さすが千紗の姉妹。呆け方が似てるっていうか、天然だっていうか……あたし達が驚くのは、こ~んな楚々としたお嬢様風……っていうか、ほんとのお嬢様なんだけど……とにかくこんな人と元気と無茶無鉄砲の代名詞みたいなお嬢様とは到底思えない千紗が同じ環境で育っただなんて信じらんないっていうことで……双子の中では二卵性よりは一卵性の方が多いから珍しいかも知れないけど、あり得ない訳ではなくて……って何考えてんだ、あたし。っていうかっ! どうしたら同じ環境でこんな違いが出る訳っ?!)

 と、二人が思っていると、由梨亜がすまなそうに言った。

「あの、ごめんなさい。私、ちょっと用事があるから……別れてもいい?」

「あっ、ううん。あたし達ももう戻らないときついから。それじゃ、じゃあね、由梨亜」

「じゃあねっ!」

「ええ。また会えるといいわね」

 そう言うと、三人は別れた。

 そして、由梨亜は小さなホテルのような所に行った。

 そこは、よく家に居辛くて出てきた中高生達や、お金のない大学生が泊まっていて、公認の家出場所にもなっている。

 つまり、自分の娘や息子が家出をして戻って来なかったら、そこに行けば九十パーセントに近い確率でいるという訳だ。

 まあ、その家出と言うのも、むしゃくしゃして家を出て来たものの、他に行く所がないといって泊まるということの方が多いが。

 由梨亜はそこで軽い食事を摂り、眠りについた。

 辺りは、静けさと闇だけが蔽っていた。




 千紗は、寝返りを打つと、溜息をついた。

 由梨亜のことを思い出してから胸騒ぎがする。

 そして、千紗は起き上がると呟いた。

「やだ、どうして眠れないんだろ……明日、行かなきゃならないのに……」

 そして起き上がると、千紗は勉強部屋へ行った。

「どうせ寝られないんなら、勉強したほうがいいよね。それに、明日は午前中から部活だし」

 千紗は勉強を始めたが、それもあまり手に付かなかった。

「あ~あ。もうやだ……」

 しかし、いくら胸騒ぎがしても、人の体は眠らないといけないようになっている。

 それが、特にしぶとい千紗ならば尚更だ。

 翌日の朝、千紗は気が付いたら机の上にもたれて眠っていた。

「千紗様……千紗様、起きて下さい」

「あ……おはよう、すず

「おはようございます、お嬢様。旦那様からですが、二時までに応接室に来いとのことです」

「ありがと」

 そう言うと、千紗はダイニングに向かった。

 耀太がそう言うのなら、朝は恐らく一人だろう。

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