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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅰ部 それぞれの居場所
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第八章「あり得なかったはずの凶行」―1

「御早う御座います、陛下。朝に御座いますわよ」

「ええ、もう起きておりますわ」

 そう答えたの顔色はあまり良くなく、少し蒼褪めていた。

 だが、起こしに来た上級侍女はそれを緊張の為だと思い、その様子を無視して言った。

「まあ、今日は早う御座いますわね。陛下の従姉としても、嬉しゅう御座いますわ」

 そう……上級侍女の彼女は、しょうの四歳年上の異母姉あね、シュメリアン・リシェル・スウェールの長女、ユリザ・シュメリアン・フェルスだ。

 ちなみに彼女は二十歳で、他にも由梨亜妾の異母妹いもうと、シュリエル・ハミシェ・スウェールの十二歳の長女であるシリュィ・シュリエル・ヒューンと、同じく由梨亜妾の異母妹、アミエル・ハミシェ・スウェールの十二歳の長女であるマリア・アミエル・ウェリアムも、富実樹が即位したと同時に上級侍女として仕えている。

 王族個人に仕える上級侍女は、その王族の従姉妹という慣習があるので、時たま再従姉妹が加わることもあるが、富実樹の上級侍女達は皆、従姉妹達であった。

「それでは、朝食室へ」




 四人は朝食室でいつもより早い朝食を食べ、富実樹は最終論説の為の論文の推敲に入った。

 と言ってもこのような大きなものになると、重要なこと以外では大勢の前では発言しないし、話さない。

 今回その文章を読み上げるのは、せんしゅく大臣だいじん――つまり、富実樹の祖父だ。

 ちなみにの方では、の後見人で、貴族の中で二番目に位の高い、せいざいだいじんが文章を読み上げることになっている。




 富実樹が推敲を終える頃、コンコン、と扉が叩かれた。

「どうぞ」

 富実樹が顔を上げずに答えると、カチャッと音がして、人が入ってきた。

「陛下、推敲は御済みでしょうか」

 それは、今年で六十六歳の戦祝大臣、ノワール・エリア・スウェールだった。

「もう少し御待ちいただけますか? 戦祝大臣殿。あと少しで終わりますので」

 そして約一分後、富実樹は顔を上げ、他に誰もいないのを確かめてから小声で訊いた。

「御祖父様、何か、おありですか? 御祖父様が直接御取りに来られるはずでは……」

「ああ。……富実樹よ。重大も重大だ。大変な事件が起こった」

「何が、でしょうか……?」

 富実樹は嫌な予感を覚えて、慎重に訊き返した。

「先王陛下が……其方の父が、刺客に殺されかけた」

「う、そ……そんな、まさかっ……! 御父様が、刺客に……。何故? それよりも、御父様は? 御容態はどうですの?」

 富実樹は思わず立ち上がり、掴み掛からんばかりにノワールに詰め寄った。

「そう近寄るでないっ。本当だ。私も聞いた時は耳を疑った。だが真実を信じなければ、全てが嘘にも真実にもなる。……先王陛下の御容態は、まだ何とも言えぬそうだが、午後のそうひょうかいにはとても参加できぬそうだ。その遣り口だが、刺客は用意周到でな、先王陛下の中級侍女一人を魔術で操り、食事の中に毒を混入させたそうだ。しかもそれは遅効性で、一時間後にその毒が回り始めるらしい。そして毒味役だが、その中級侍女がやったらしい。その侍女は今までも毒味役をやっていたので怪しまれなかったそうだ。そして先王陛下に毒が回り始めた頃、拳銃で自殺したそうだ」

「そ、そんな……。御祖父様、このことは他に……」

 動揺して顔色を変える富実樹に、ノワールは落ち着かせようと強く富実樹の肩を押さえた。

「口止めはしておる。このことを知っているのは、私、由梨亜妾、侍医、先王陛下の上級侍女達のみだ。私がこれを伝えに来たのは、富実樹に事実を伝えると共に、誰にこのことを知らせてもよいのかということを相談しに来た。……富実樹、其方の意見は?」

「……わたくしはこう、深沙祇妃、しゃじょに御報せした方がよいと存じますわ。信じられるかどうかは別として。勿論、彼女達には口止めをしておいて下さいませ。弟妹達のことですが……わたくしは、彼らに無闇に報せるのは、不安なのです。なので、年長者のみ――と、富瑠美にのみ御報せ願えませんでしょうか」

おうだいじん殿下に……? しかし、彼女はあの深沙祇妃の娘――」

「いいえ! 彼女はわたくしの弟妹達の中で、最も信頼できる方なのです! ……これから御話しすること、秘密にしてもらっても宜しいでしょうか?」

 富実樹の真剣な顔に、ノワールは思わず居住まいを正した。

「ええ……どうぞ」

「わたくしが富瑠美の他に信頼している方は、(第七王子、ほうきょうの第十五子で十三歳の弟)など同母の弟妹と婚約者の杜歩埜、そして絶対に王位を継ぐことのない継承権の低い異母弟妹ていまい達です。けれど、彼らは心変わりをして、どうせ自分が継ぐことはないのだからと裏切る不安があります。そして、些南美には絶対に報せられませんわ。杜歩埜は仕方がないので外せませんけれど……二人は……杜歩埜と些南美は、慕い合っているのです」

「……今、何、と、仰い、まし、た、か? それ、は……その、本、当の……」

 ノワールは、戦祝大臣というかなりの要職にあり、かなり腹芸や駆け引きに手馴れていて、滅多なことでは感情を露わにしない。

 だが、その彼でも度肝を抜かれるような、超衝撃的爆弾発言だった。

 何しろ、自分の孫娘が、その姉の婚約者である異母兄あにを……。

 富実樹は、無情にもあっさりと肯定し、矢継ぎ早に言葉を重ねる。

「本当ですわ。下手に些南美に報せると、この国を混乱させて、辺境の星に杜歩埜と共に逃避行をするかも知れないのです。柚希夜の場合、何故一番下の弟に報せて他の年上の信頼する方に報せないのかと後で騒動が起きる可能性があります。そして、第二王位継承権を持ち、更には鴬大臣の地位に就いている富瑠美は絶対に外せません。それに、彼女とわたくしは異母姉妹というだけでなく乳姉妹ですわ。彼女は深沙祇妃の娘とはいえ、由梨亜妾の手によって育てられました。ですから、わたくしのことは余程のことがない限り裏切るはずが御座いません。それに今回わたくしと意見が対立致しましたのも、鴬大臣は大抵、必ずこうしなければ駄目だということ以外は王と反対の意見のことが多いからですわ」

 富実樹は、強い目をして言う。

「……ですが、わたくしの意見でしかありませんが、富瑠美は、御父様を暗殺しようとは絶対にしておりません。けれど、それをやったのは富瑠美派の人物でしょう。そしてその人物はきっと、こちらがこのことをすぐさま公表すると思っているでしょうね。御父様がわたくしを生かそうと地球連邦に御送りになられたのは、一部の方限定では御座いますが、周知の事実に御座います。その御父様が、御倒れになられた……つまりこちらの陣営が危ういと、こちらに下手に肩入れすると自分の身も危ういと思わせるには充分です。そしてそれをした人物は、かなりの地位と人脈のある人物でしょう。こちらに全く気付かせずに後宮の中級侍女と接触することは、とても難しいことに御座います。高度な技術を持つ魔術師を雇えるほどの金持ちで、後宮にもその人物を連れて入り御父様の中級侍女とも接触できるほどの人脈と金脈の持ち主……それほどの持ち主ならば、大した理由もなしに取り調べることは不可能です。濡れ衣と、侮辱と言われます。けれど、手がない訳では御座いません。御祖父様」

 富実樹の強い言葉と視線に、ノワールは居住まいを正した。

「はい」

「黒幕の特定を御急ぎ下さいませ。御父様が暗殺されかかったとメディアに公表するのは明日に。毒が盛られたのは、今晩か明朝にするのです。その後、噂をばら撒いて下さいませ」

「それは、どのような……」

「それは、その黒幕の貴族が『どうもあの貴族は怪しい。先王陛下の暗殺を謀っていたのではないだろうか』という噂です。そうすればその人物は代替わりせざるを得ないでしょう。そのような噂に手を打てば、必ず、やはりそうかと噂が流れますから。それと、杜歩埜と富瑠美にはわたくしから御報せしておきますわ。御祖父様は、沙樹奈后達に御報せ下さいませ」

 富実樹はきっぱり言い切ると、推敲した文章の入っているキエシュをノワールに渡し、

「それでは戦祝大臣殿、期待しておりますわ」

 と、先程の会話が嘘かのように、至って事務的でありながら威厳のある口調で言った。

「私もこちら側の案件が御通りになられること、祈っております。それでは失礼致します」

 そう言うと、ノワールは部屋を出て行った。

 富実樹は小さな溜息をつくと、立ち上がって杜歩埜の元へと急いだ。




 後宮の二十四階にある、の部屋を誰かが叩いた。

「どうぞ」

 杜歩埜がそう言うと、彼の異母姉あねにして婚約者の、が入って来た。

「御早う御座いますわ、杜歩埜」

「御、早う、御座い、ます……富実樹異母姉上(あねうえ)

 彼は、途惑いながら答えた。

 なにしろ、本当ならば、富実樹は本宮の執務室に居るはずだからだ。

「どう、なされたのでしょうか?」

「ええ、少し……」

 富実樹は、そう言い淀むと、深呼吸をして切り出した。

「あの……大声を出さないで下さいませんか? それと、これから話すことは魔力に賭けて他言無用で――にも」

 杜歩埜は目を瞠った。

 杜歩埜は、富実樹に魔族の力(魔族の力には人間離れした知力、体力、魔法を使えるという意味で魔力の種類がある)の魔力が宿っていることを知っている数少ない人物だ。

 ちなみに、これを知っているのはほうきょうしょう、そして先日暴露しただけだ。

 そして、魔族の力を持っている者が自らの持つ力に賭けて誓約しそれを破った場合、その力の持ち主の力は失われ、破った相手は最悪の場合、死に至る。

 それほどまでに、拘束力のある誓約だった。

 富実樹が、そのようなことを好んでするはずがない。

 杜歩埜はそれを分かっているから、驚きながらも頷いた。

「はい……了承致します」

 富実樹は息を吸い込むと、たった一言だけ、告げた。

「御父様が、暗殺されかかったわ」

「え……」

 あまりのことに反応できないでいる杜歩埜に、富実樹は無情にも言い放った。

「本当のことに御座います。わたくしは忙しいのです。冗談を言っている暇は御座いませんわ」

 そう言うと、一息付き、続けた。

「御父様の御容態ははっきりとしておりません。きょかいきょうを使用するにも、上手くいかないでしょう。それなりの時間の後には使用許可が戴けるかも知れませんが、その結果を報せる者が、その時間の間で黒幕の手の者に掏り替えられたり、買収されたりしておいででしたら言い逃れができますわ。なので、戦祝大臣殿に、去解鏡を明日中に御使用を御願い致しました」

「す、少し御待ち下さい、富実樹異母姉上。許可を戴くには、御時間が掛かりますよ? そう、簡単におできになられるはずが……」

「ですが、できますわ」

「はっ……?」

「実はわたくし、去解鏡を創ってしまいましたの。そして、それをせんしゅくだいじん殿の御家に……」

 その言葉に、杜歩埜は絶句した。

 いくら、相手が自分のがいとはいえ――

「ふ、富実樹異母姉上……何とも、大胆不敵と言うか、何と言うか……」

「けれど、そう長く持たないので御安心を。……あと三年ほどしか持たないはずですわ」

 そうにっこり笑って言うと、最後にこう付け足した。

「そうそう、この誓約は、今日限定と言うことで。明日、発表する予定ですから」

「あ……はい」

「それでは、失礼致しますわ」

 富実樹は見事に要点プラスアルファのみを伝え、部屋を出て行った。

 そして、その脚で本宮に戻るのかと思いきや……。

 富実樹は、何と後宮の二十五階まで上がってしまったのだ。

 そして、『うんきょう富実樹』から『ほんじょう』へと変わった。

 その上、下級侍女の服を着ると、厨房に一分ほど籠もり、出て来た時には、持ち運び用の小型カートに何かを乗せて出て来た。

外祖父…母方の祖父。

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