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時と宇宙(そら)を超えて  作者: 琅來
第Ⅰ部 それぞれの居場所
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第七章「二人の悪戯」―2

 そうこうしているうちに、しょうの部屋がある二十階に着いた。

 そして、互いに目線で喋らないように制止し合うと、ほうきょうのいる部屋の前まで行った。

 だが、驚いたことに薄く明かりが洩れている。

 どうやら、起きているようだ。

 そこで、は一計を巡らせた。

、ちょっと声を出さないで見ててもらってもいいかしら?」

「ええ……?」

 富瑠美がそう言うと、富実樹は目を閉じ、何かを呟いた。

 すると、一瞬強い光が出て、富瑠美が目を開けると、そこには別人が立っていた。

 背は、富実樹が富瑠美よりも大きかったのが、富瑠美とだいたい同じくらいまで小さくなり、髪も背の中程まで短くなり、だいぶ波打っていたのが少し波打っている程度になり、色も栗色から茶色へと変化した。

 そしてその瞳の色は、薄桃色から緑がかった黒色へと変化していた。

 それは、昔いたおうこくシューリック大陸先住民――いわゆる魔族の身体的特徴と同じだ。

 富瑠美は知らなかったが、もし千紗がここにいたのなら驚くだろう。

 何故なら、それは地球連邦の『ほんじょう』が成長した姿なのだから。

「私の名前は……そうね、ユーリ・ウェルナ・シェヴィにするわ。貴女も変えた方がいいわね」

 そう言うと富実樹は富瑠美に手をかざし、髪の長さを肩甲骨ほどまで短くし、髪質も真っ直ぐに近いぐらいにまでに伸ばし、目の色も、花鴬国の一般的な瞳の色である菫色に変えた。

「う~ん……そうね、貴女はリリィ・マシュリル・ウェルトね。それで、貴女は富実樹付きの中級侍女で、私は貴女の世話をする富実樹付きの下級侍女。いいわね?」

 富実樹の問いに富瑠美は答えず、ただただ目を瞠っていた。

御異母姉様おねえさま……何故……」

「ふふ、私はこれぐらいの魔力なら使えるの。何でかしらね。由梨亜の時は使えなかったのに、今は使えるのよ」

 富実樹は悪戯っぽく笑うと、おどけて言った。

「リリィ様。それでは、どうぞ先王陛下の御部屋に御入り下さいませ」

「はい。分かっておりますわ」

 富瑠美もツンとすまして言うと、コンコン、と戸を叩いた。

「先王陛下、由梨亜妾様、御入り致しても宜しいでしょうか?」

 富瑠美の問い掛けに、峯慶は答えなかったが、由梨亜妾が出て来て訊ねてきた。

「こんばんは。何か御用で御座いますか?」

「はい。先王陛下と由梨亜妾様は、御食事を御取りになられないまま御就寝致しましたが、昨日は何も御召し上がりになられておりませんのを思い出しまして、それで、勝手ながら、簡単に御召し上がりになられるような物を御作り致しましたので、いかがかと……」

「御気遣い、ありがとう御座いますわ。どうぞ、御入り下さいませ」

 そう言うと、由梨亜妾は二人を部屋に入れた。

「御名前を御伺い致しておりませんでしたわね。何と仰るのでしょうか?」

 その質問にも、前もって考えていた二人は動じなかった。

「わたくしは、リリィ・マシュリル・ウェルトに御座います。陛下の中級侍女を致しております。ユーリ、御挨拶なさいな」

 富実樹は、控えめに自己紹介した。

「わたくしは、ユーリ・ウェルナ・シェヴィと申します。陛下の下級侍女を致しておりまして、リリィ様の御世話を致しておりますわ」

 そして峯慶の前に出ると、峯慶は吹き出した。

「……? どうなされましたの」

 由梨亜妾が尋ねると、峯慶は目尻に笑いを残したまま答えた。

「……富実樹、富瑠美……下手な変装をしても、ばれるぞ」

 富実樹と富瑠美は、二人そろってつまり、由梨亜妾は

「……あら、富実樹と富瑠美でしたの。それは気付きませんでしたわ」

 と棒読みで、明らかにとっくに知っていたように言った。

 富実樹は魔法を解いて元の姿に戻ると、拗ねたように言った。

「何故、御分かりになられてしまわれましたの? だいぶ自信が御座いましたのに……」

「何故か? 何、頼んでもいない食べ物の世話をする侍女が、二人の娘に面影があり声が同じ少女であれば、そう思わない方が可笑しい」

「……誤算でしたわ」

 富実樹は心底悔しそうに呟くと、首を傾げて言った。

「それにしても、御父様は、と同じことを仰りますのね」

「千紗……? ああ、富実樹と入れ替わった少女か」

「はい。彼女もわたくしと別れる前、わたくしが富実樹に変わった時、わたくしを『富実樹』と呼ぶのに多いに抵抗があったようですわ。理由を訊くとこう仰いましたの。『外見は変わっても、声の抑揚、表情も顔の表情も全然変わってないし、由梨亜の面影がちゃんと残ってる。これで別人だと思えだなんて無理があり過ぎる』、と。それと同じことを仰ったので……」

 富実樹はそう言うと、パン、と手を打って言った。

「さあ、召し上がられませんか? これはわたくし達が腕によりを掛けて作った自信作で御座います。この雑炊とお握りはわたくしが、ゼリーは富瑠美が作りましたの。さあ、御召し上がり下さいませ。御母様も、御一緒に」

 そうして、それらを皆で食べ始めた。

 峯慶は雑炊を茶碗一杯分食べ、ゼリーも食べた。

 由梨亜妾は峯慶に付き合いあまり食事を摂っていない為、雑炊とお握りを中心に食べた。

「これは美味しい。私は食欲がなかったが、これは大丈夫だ。ありがとう、富実樹、富瑠美」

「御父様、御礼は御異母姉様だけに申し上げるべきですわ。もし御異母姉様が来て下さらなかったら、わたくしは作れませんでしたもの。まあ、わたくしは御父様と由梨亜妾の為にお料理を致そうと思って厨房へ下りていったのですが、御異母姉様は何と……」

「ちょっ、富瑠美っ! それ以上は駄目っ!」

「御異母姉様」

 と、富瑠美は冷たい声で言った。

「は、はい?」

 富実樹がそう返事をすると、富瑠美はこう答えた。

「話し方が庶民的になっておいでです。御両親の前でそのような御振る舞い、断じて許せることには御座いませんわっ!」

 富瑠美はそう叫ぶと、富実樹の元へ、迫力満点に近寄った。

「わ、わ~っ! 富瑠美、ストップ、ストップ! 堪忍してっ! お願いっ! 富瑠美っ!」

「それでは条件が御座います」

「じょ……条件?」

「そうですわねぇ……まず、わたくしに、正式に、御謝り下さいませ。御父様、由梨亜妾、何か御座いますか?」

 富瑠美がいきなり話題を振ったにも関わらず、二人は平然として答えた。

「そうだな……富瑠美が言い掛けたことの続きを話してもらおう。由梨亜妾は?」

「ええ。わたくしも大賛成に御座いますわ。さあ、御始め下さいませ」

 そのきらきらとした瞳に見つめられて断ることのできる人が、どれぐらいいるだろうか。

 それほどまでに期待の込められた瞳だった。

「うっ……」

 富実樹は

(余計なことをっ!)

 と、恨みまくりの眼で富瑠美を睨んだが、あっさりと躱されてしまった。

「……申し訳御座いませんでした」

「もう少し」

「これからは御父様と御母様の前でこのような失態は致しません。……いいでしょう?」

「貴女が何も言わないのなら、わたくしは許しを与えませんわよ」

「……御許し、下さいませ……」

「はい、宜しいですわ」

 富瑠美がにっこりと笑って言うと、富実樹はそっと溜息をつき、思った。

(全く、この異母妹いもうとは……)

「それでは富瑠美、話しなさい」

 峯慶がそう言うと、富瑠美は

「はい、御父様」

 と言い、話を続けた。

「御異母姉様は、御夕食には来られませんでしたの。御眠りになられてしまわれたそうですわ。そして夜、御目が覚めてしまわれた御異母姉様は、御腹が御空きになられたそうで、何か御食べしようと厨房に忍び込まれに来たそうです。そこで、わたくしと鉢合わせなさったのですわ」

「それは、それは……クッ」

「ふふ、ふ……」

 峯慶と由梨亜妾の、忍び笑いが部屋を覆い、富実樹は真っ赤になった。

「お、御父様、御母様っ! あ、あまり笑われると、恥ずかしいですわっ!」

 富実樹は何とかそう言うと、雑炊をすすりだした。

 そして、料理が片付くと、富実樹は皿をカートに乗せ言った。

「さあ、わたくし達はそろそろ戻らなければ。さあ富瑠美、行きますわよ。明日……いえ、もう、今日はそうひょうかいですわ。今日で、全てが決まりますわね。わたくしは負ける気はありませんわよ、富瑠美」

「ええ、こちらこそ負けやしませんわ。こちらが勝って見せます」

 二人が密かに火花を散らしていると、由梨亜妾が苦笑して言った。

「けれど、総票会に参加する中で最も力を持っているのは王族ではなく、一般の貴族、官吏、宗教家、学者に御座いますわよ。二人とも、それを御忘れなく」

 その呼び掛けに、二人は目を瞠り、口々に

「そう致しますわ」

 と答えた。

 そして、富瑠美は首を傾げていった。

「そう言えば、御父様と由梨亜妾は、どちらに投票なさるか御決めになりましたの?」

 富瑠美のその問い掛けに、二人は顔を見合わせ、峯慶が答えた。

「まだ、揺らいでおるな。決定するのは明日、二人の最終論説を聞いてからだ」

「そうですか。それでは、失礼致しますわ。御休みなさいませ、御父様、由梨亜妾」

「御休みなさいませ、御父様、御母様」

 二人がそう言い部屋を出て行こうとすると、峯慶が声を掛けた。

「富実樹、少しいいか? 富瑠美は先に行って構わないから」

「はい。分かりましたわ」

 富実樹と富瑠美が答え、富実樹が峯慶に向き合うと、峯慶は穏やかな目をして言った。

「富実樹。それは懐かしく聴き覚えのあるものだ。そして、それを選ぶのなら、今は失っているものを取り戻すだろうが、今持っているものは全て失うであろう……。考えるのだ、富実樹」

(御父様は、一体何を言ってるの……?)

 と富実樹は首を傾げながらも答えた。

「分かりましたわ、御父様。それに、わたくしが今得ているものを捨てることはないでしょう。歳を取ればあり得るかも知れませんが。御休みなさいませ」

「ああ、御休み……明日は、楽しみにしているぞ」

 富実樹はそう言うと部屋を出た。




 扉が閉まると、珍しいことに、由梨亜妾が非難掛かった目付きで峯慶を睨んだ。

「峯慶様。何故、そのように解りやすいヒントを御与えになられてしまわれましたの? そのようなヒントを御与えになれば、富実樹は、わたくし達からっ……」

「ああ、そうだな」

 その非難を、峯慶はあっさりと肯定した。

「峯慶様はまた、わたくしから富実樹を御奪いになられるおつもりですかっ? わたくしは、もう我慢がなりません! 今、はっきりと分かりましたわ。富実樹は手段があれば、地球連邦に戻りますっ!」

「マリミアン、落ち着きなさい」

 峯慶のその落ち着いた、けれど厳しい声に、由梨亜妾は一拍おいてから息を呑んだ。

 何故ならばその名前は、由梨亜妾が峯慶に嫁いでから今までのおよそ十七年間、一度も使われることのなかった――由梨亜妾が産まれた時に付けられた本名だったのだ。

「あの子の道は、十六年前に……あの子を手放した時、我らの手から離れた。それに、其方にはまだ他にも子供がいる。再会して三年でまた失うのは悲しいだろうが、富実樹の幸せを考えるのだ。富実樹は、こちらよりも地球連邦の方が安心できるだろう。我らには止められない。それに、死ぬ訳ではない。富実樹がこの国に還って来てくれただけでも、充分としようではないか」

 由梨亜妾は、渋々ながらも頷いた。

「ええ……。嗚呼、あの時、富実樹を地球連邦に送らなければっ! そうすれば、富実樹はっ!」

 由梨亜妾のその悲痛な想いに、峯慶はそうなっていたであろう事実を静かに告げた。

「それでは、富実樹は死んでいただろう。我々は、富実樹を殺されない為に地球連邦に送ったのだよ。事実其方も、何度も命を脅かされていたではないか。そのことを……忘れるな」

 由梨亜妾が唇を噛み、項垂れると、峯慶は優しく言った。

「由梨亜妾、もう、眠ろう。今日は、総票会だ」

「……はい」

 由梨亜妾は、泣きそうな顔で頷いた。

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