【批評論】自作品を評価する二つの軸
創作の闇落ちさんが今日も今日とて「バカな読者どもめー」「我が作品を認めない世界めー」と怨嗟を吐いている。
ボクはそんなに自己評価が高いなら、それで構わないじゃん、と思うのだが。
あれは理想と現実とのギャップが酷すぎて、自分で受け止められなくなっているんだろうなあ、とも察する。
理想とは、欲しい評価。そして現実とは、実際にもらった評価。
ボクなんかは、あんまり他人の評価を欲しがっていないから、そこのギャップで闇落ちする気持ちがあまり分からない。
というか闇落ちさん、評価を一元的に考え過ぎじゃなかろうか。
ボクは小説の評価をx軸とy軸のグラフで考える。x軸は自己評価、y軸は他者からの評価。
課題がクリア出来た。完成度の高い作品になった。これで自己評価は高まる。
他者からの評価は、PV数が増えたとか、レビューを貰ったとか。見える数字で分かる。
試しにxとyを各十点満点として、自作に点数を付けてみよう。
だがこのxとyは合計しない。かけ算で総合点を出す。つまり「xかけるy」がその作品の点数。だからどちらかが低ければ、総合点は低くなる。
自己評価は高くても、他人からの評価が低ければ、どこか感性がおかしくなっている。
自己評価は低いのに、他人からは高得点をつけられたら。どこか自分の知らない分野があるということ。
そうやって自他のズレを是正してゆく。これが「作風を磨く」ということじゃなかろうか。
この自他のズレ。つまりは「やりたいことと、できることとは違う」ということでもある。
自分がやりたいことと、他人から求められること。この両者のベン図が重なり合う場所に、自分の「個性」がある。
夢を叶えるとは、そういうものだ。
それを「自分がやりたい」だけを優先するなら、好きに誹謗中傷をやっても良いのかという話になるし。
かと言って「他人が求める」自分だけでは、やがて嫌気がさしてしまう。
「自分」とはね、個人で成り立つものではない。大勢の他者との関わり合いの中で生じるもの。
というわけで今日もボクは
自分ではよく出来てたのに、評価が低いー! とか。
イマイチだったけど、えいやと投稿したら受けてる。なぜだ。
と悩むのよね。これこれ、これこそ真なる創作の苦悩(とガチに頭を抱える)
読者さんあっての小説です。ええ。




