第6話 拡張者(アグメンター) ~行きずり姉妹のインパクトはでかかった~
まるでペアダンスの見せどころ映像を切り取ったようだった。
店の入口を覆うビニールを跳ね上げた俺たちが目にしたのは、逆さまになった男の靴先が描くカンペキな弧の軌跡。フィギュア選手を思わせる小柄で伸びやかな肢体が軸となり、はるかに大きく無骨な男が手足を広げて宙に舞う。
俺が呼吸を取り戻したときには、頬を紅潮させた女の足元で地面に背中を打ちつけられた金髪が呻いていた。
「合気道……いや、少林寺?」
ツルタ氏の口からつぶやきがこぼれた。
俺にはなにが起こったのかわからなかったが、そうか、今のは彼女がかけた技だったのか。
「次はどっちが来んの? なんならまとめてでもいいよ。手間省けるから」
小柄な女は倒れている男に見向きもせずに、次なる標的を品定めしている。かかとをあげた右脚をまっすぐ前に伸ばし、折り曲げた左脚に体重をかけた独特の構え。下半身が、横に置いた長方形を上から斜めに切り落したみたいに見える。標的に向けた腕の先でくいくいっと手首だけ動かし、立てた手刀でおいでおいでまでしていた。
怯えた表情でうしろに立つ大柄な女の子はあきらかに緊張している。が、対峙する男たちの方はより一層気押されていた。完全に勝負あり、だな。
引けた腰のまま倒れた仲間を手繰り寄せた男二人は、捨て台詞的なものをぼそぼそと吐いてその場から立ち去った。
なにもせずただ見ているだけだった俺たちに顔を向けた美少女は、にいっと頬を緩めた。横を見たら、満足げな顔のツルタ氏が拍手までしてるし。
⌚
「あんたらも探索者っしょ。匂いで分かる」
あのあと店に入ってきた女たちは、俺たちを奥側に押しやってつくった空席に待ち合わせのような顔をして座り込んだ。
ポニーテールが凛々しい小柄の方は、目こそきついが横顔は整っていて普通に美少女。向こうに座る大柄の方もよく見れば小動物を思わせる可愛らしさがある。はっきりいって、俺の四十年を越える人生ではまるで交差してこなかった類の生き物たちだ。狭いカウンターの隣り合わせで、剥き出しになった美少女の肩と触れんばかりになっているツルタ氏もあからさまに狼狽している。その気持ち、わかるわぁ。
どう扱えばいいのかわからない俺たちは、黙って酒を飲み続けるしかなかった。が、生ビールと焼き鳥の注文を済ませたところで、小柄な方がツルタ氏の隣から話しかけてきたのだ。
いや、俺たちは探索者じゃなくて。
そう答える前に、小柄な美少女は言葉を重ねた。
「あたしらはひと山当てるため、北からここまでやってきた。巷じゃ『みちのくサスケシスターズ』って呼ばれてる」
「おねえちゃん、その通り名広めるのよそうよ。まだ誰も呼んでない今のうちに」
胸を張る美少女の口上に、向こう隣から苦情が入った。遠近感覚がバグりそうな大柄な女の子だが、表情は幼い。耳の両脇で短く結んだ髪がすれていない来歴を演出している。体格で言えばまったく逆の組み合わせだが、上下関係はすぐわかる。小柄で自信たっぷりの美少女が姉で、大柄だけど小動物みたいな雰囲気の素朴な方が妹だ。
「あんたらは何日くらい潜ってんの?」
妹の制止などおかまいなしに、姉は質問をかぶせてきた。目線をツルタ氏と交わしてから、俺が代表で応える。
「トータルで四日、かな」
ふふん、と鼻で笑われた。
「にわか勢だね。あたしらは、もうひと月潜ってる。チャンネル登録数も三桁にいってるし」
「だからおねえちゃん、三桁は威張れないって」
大柄な妹のツッコミに眉を吊り上げた姉が、振り返って反論する。
「しょーがねえっちゃ。クソネットのエリア構築がもだもだしでっから」
おおっと。いきなり矢面かよ。
姉が背を向けている隙にツルタ氏と目配せをする。こっちの素性は隠しといたほうが無難だな。
⌚
「きみはなにか拳法でも修めているのかな」
なんとなく馴染んだ空気の中で、ツルタ氏が姉に尋ねた。軽々と大男を投げたあの残像は、たしかに印象深かった。
「田舎の年寄どもが毎朝広場で太極拳やってて、子どもの頃からそれに付き合ってた。片足立ちで止めのポーズとか真似してったら爺いに捕まってや。筋がイイとかおだてられて、みっちりしごかれたっけ」
応え終えた姉はジョッキを傾ける。早くも二杯目が空だ。てかこの娘、いったいいくつなんだ? 見た目だけなら完全に未成年なんですけど。妹の方もちびちびとだけどビール飲んでるし。
「太極拳? 動きが速いから少林寺かと思っていた。でもたしかに言われてみれば、あの見事な体幹は太極拳の賜物ですね」
あの短い立ち回りでそこまでわかるのか。ツルタ氏もやっぱ只者じゃないな。
「ダンディなおじさんは詳しいね。あんたもなんかやってんの? うちのは武式太極拳だ、って爺いが言ってたっけ。親族しか教えてもらえないってのを特別に暖簾分けしてもらったんだって」
「なるほど」
「でもね。そんだけじゃないんだ」
声のトーンを落とした姉が顔を寄せてきた。
「ダンジョンの滞在時間が長くなると身体に変調が訪れるって話、聞いたことない?」
姉は聞いたことのない噂話を語りはじめた。ツルタ氏と俺は酒を飲む手を止めて、耳を近づける。
「あたしたちはここに寝泊まりするようになってまだひと月で、下も第二階層までしか踏み込めてない。でも毎日半日以上潜ってるから、トータルの滞在時間は四百時間を超えてるんだ」
うしろでうなずく妹の生真面目な顔が姉の頭の上から覗いている。
「変調って言っても悪い変化じゃない。むしろ良い方。もともと持ってたその人の特徴が拡張される、みたいな。まあ、それが自覚できるくらいになるのは早くても二百四十時間以上って噂だけど」
四日じゃね、とつぶやいてもう一度鼻で笑う姉。なまじ美少女なだけに、その破壊力は半端ない。豚まんと酒で戻した俺のライフが根こそぎ持ってかれる。
てかこの娘、「敬い」って言葉は習ってねえのか。年長者に対する扱いが酷すぎる。
「ちなみにあたしが拡張された特徴は【精度】。身体をコントロールできるレベルが格段に上がったよ。重心移動なんか、指先1ミリ分に至るまで自在にコントロールできる。ここに来る前と今とじゃ、段位にして三段分くらい違ってきてるはず」
美少女の自慢話はまだ続いた。
「そうだね。わかりやすく野球のバットやゴルフクラブで例えるなら、イメージ通りのスイングをまったく軌道を変えないで何十回でも再現できる、みたいな。もちろん変化にだって瞬時に対応できるし。少なくとも目で追えるものならば、ね。たぶんいまのあたしなら、MLBのユニコーンより上手くバットコントロールができると思うよ」
世界の誰もが認めるユニコーンを引き合いに出すとか盛り過ぎもいいところなんだが、少なくとも俺たちは今しがたの見事な投げを見せられている。話半分程度には認めるしかない。
でも、迷宮にそんな特性があるなんてのは初耳だ。正直、眉唾なんだが。そもそもトリガーはなんなのよ?
「納得してないって顔だね。ま、にわかさんじゃしょうがないよね。でもこの変化はあたしだけじゃない。同じ時間ダンジョンにいた妹も、別の力に目覚めてるの」
姉は腰をずらせて、隣の妹を俺たちの視線に据えた。
「妹の場合は【力】。とにかく体力全体が上がってる。膂力も腕力も脚力も耐久力も。見た目は前からこんなんだけど、中味の密度が跳ねあがった、みたいな。荷物なんか持たせたら凄いよ。重量挙げとかなら、オリンピックでも余裕で金メダルじゃないかな。これで胆力も上がってくれれば言うことなしなんだけど、そっちはやっぱ別もんみたいね」
笑い声をあげる小柄な姉と、大きな体を縮こまらせてうなだれる妹。その対比が妙にコミカルで、ツルタ氏と俺も釣られて笑ってしまった。
⌚
「悪いんだけど、今夜の払いはちょっと貸しにしといてもらえないかな」
お開きの段になったところで、ここまでとは打って変わってしおらしくなった姉が、おずおずと伝票カードを差し出してきた。
「持ってきた路銀がだいぶ乏しくなっちゃって、このままだとあと何日もいられなくって。早いとこ、お宝か配信のどっちかでひと山当てないとマズいレベルなんだよね。いやマジでクソネットさん、絵面のしょぼい第一階層なんてもういいから、さっさと深い方にエリアを広げてくんないかな」
エリア拡張!
ヤバいところを突かれた身としては、たかりの申し出にも断りを入れにくい。ツルタ氏も、上目遣いの姉妹と俺とを交互に見ている。
まあ、いいか。真偽は定かではないものの新情報ももらえたし、ここは接待費で落とさせてもらうとすっか。
「出世払いを期待しとくよ」
俺の返答に二人の顔がほころんだ。
なるほど。こりゃいいな。いいもの見せてもらった。女子に奢るってのはこういうことなのか。初めてだけど、こいつはたしかにクセになりそう。
「地味めのおっさん、ありがとう! あたしら、『みちのくサスケシスターズ』って名前で動画配信やってるんだ。少なくとももう一週間はなんとか粘って続けるからさ、あとでチャンネル登録しといてよ!」
楽しかったよ、じゃあね。と言い残し、姉妹は店をあとにした。
地味めのおっさん、かよ。ま、いいけどさ。
急激に体温の下がった俺は、ツルタ氏と並んで闇に消えていく凸凹コンビの後ろ姿を見送った。




