第5話 酒場街 ~仕事のあとの一杯って文化には実は慣れてない~
担当の荏原宛に日報を送り、詰め所を締める。俺たちが向かうのはダンジョン城下町の酒場街だ。
屋台やコンテナハウスが立ち並ぶ簡易アスファルトの広場を、人波を縫って歩く。真夏の夜らしく、派手な色合いの軽装があふれていた。俺はビースティのロゴ入りTシャツ、ツルタ氏は立ち襟の涼し気なシャツに、それぞれ着替えている。すれ違うやつらの年齢層はたいてい若く、十代に見える連中も少なくない。たぶん、実際に迷宮に入っている探索者よりも怖いもの見たさの物見遊山や客引き目当てでうろついてる連中の方が多いのだろう。
スプレーで描かれた意味不明の落書きが目立つ緑色のコンテナの前で足を止める。入口には『迷宮酒家』と読めるネオンサインが掛かっていた。断熱ビニール越しに中を覗くと、店内は縦長のカウンターバーっぽい。が、イーゼルに立てかけたボードには何種類かの包子の写真と『珍味! オーク肉入荷』の札が貼ってあるから、腹に溜めるメニューもありそうだ。中程度の混み具合だが手前には並びの空席も見つけた。
「ここでいいスかね」
うなずくツルタ氏を確認し、俺はビニールの合わせ目を持ち上げた。
⌚
「ビースティ……ですか。残念ながら、寡聞にして……」
ツルタ氏の眉が寄っている。
まあそうだよな。アイドルでもない、未だにメジャーデビューもしてない無名のロックバンドなんて、フツーの人は知るはずはない。ましてや叩き上げ警備員の推定還暦おっさんが「ああ、そのバンドね」とか答えたら、そっちの方が百万倍びっくりだよ。
「最近の音楽とは接点がないもので。以前と違い、テレビの音楽番組も見かけなくなりましたから」
「ですよね。今どきの新曲なんてタイアップでなきゃオモテで聴くことないし。それ以外の接点っつったら、配信とかライブとかで自分から取りに行くしかないっスもんね」
本当は他にも『友だちとカラオケに行く』とか『友だちに奨められる』みたいな選択肢だってあるのだが、俺と同じくツルタ氏もぼっち臭が強いから除外した。これでこの話は終わり。早々に黙り込んだ俺たちは二杯目を注文して食い物に手を伸ばした。
乾杯のあとの会話に詰まった俺を見かねてツルタ氏が振ってくれた話題が、俺が着てるTシャツの柄だったのだが、そんなもので話を広げられるほど俺は器用じゃない。きっとツルタ氏だって同じだろう。職場以外に共通点の無いおっさん同士の飲みなんてこんなもんだ。
豚まんを飲み込みながら、早くも俺は後悔しはじめていた。
いやいやいや、それじゃマズイだろ。仮にもチームリーダーがナンバー2誘っての席だぜ。このまま黙り込んでひと言も交わさずにお開き、なんてのじゃ、明日からの現場にも影響するよ。
やむなく俺は、最後用にとっておいた話題を投げ込んだ。
「先日の会議のとき、王塚綺羅星が現れたんスよ」
「王塚スタア……って、CEOの?」
伸ばしていた箸を止め、ツルタ氏は俺の顔を覗き見る。
そ。とうなずき、俺はジョッキをあおった。
「なにか訓示でもされたんですか?」
「いや、そういうのはあんまなかったんだけど、期限は切られましたよ。一年、って」
「一年」
ツルタ氏は腕を組む。
だよな。現場からすりゃ、その日程は難色示すよな。だってまだぜんぜん底が見えてないんだから。
「あと、権限もちょい追加されて」
眉を上げるツルタ氏。
「ほら、そっちの二人は補充されたけど、俺の助手は空っぽのまんまでしょ。まあ今んとこはそっちの新人が運搬をカバーしてくれてっからとくに不便はないんだけど。で、その空席分を、俺が勝手に決めてもいいって。向こうの人事とかすっ飛ばして」
ツルタ氏の目が丸くなった。
「それって凄い権限移譲じゃないですか」
「やっぱそうッスよね」
「で、当てはあるんですか? ランボさんの知り合いで」
「んにゃ、ぜんぜん」
大仰に肩をすくめてみせた。
マジで当てなどない。今までの現場も、ほぼほぼひとりでやってきたようなもんだし、そもそもこの仕事は何人もでおこなわなきゃいけないもんでもない。
「俺らのチームを強化できるようにしてくれんのは有難いけど、それよかさっさと別チームつくってローテーションとか平行作業とかにしてもらった方が百倍助かる」
「ですね。期限の件もありますし。今のままの体制だと、ランボさんにかかる比重が大き過ぎます」
そりゃツルタ氏もだよ、と俺は思った。
「王塚社長には謎が多いですよね。迷宮発現の最初期から関わっているし、特殊な遺構についての情報を独占しているという噂もある……」
俺は詰所の金庫に仕舞ってあるウエストバッグの中身を思い出した。ダンジョンにいる間は絶対に手放すなと厳命されている謎のオーパーツ、蓄電石。
「王塚社長と言えば」というツルタ氏の声で、あっちにいってた俺の意識が店のカウンターに戻ってきた。
「自分も一度だけお会いしましたが、気というか目力というか、とにかく異常に圧の高い人物という印象を強く受けました」
「え? ツルタ氏んとこにも来たの? 失礼だけど、そんな末端に?」
「ええ。お一人でふらっと事務所までいらして、自分から握手を求めてきました。日本の気概がどうとかともおっしゃられてましたっけ」
なんなんだよ、そのトップダウンの一本釣りは。
「他のメンバーにも?」
「いや、声をかけられたのは自分一人です」
うーん。人を選んでプレッシャーをかけてくるタイプ? そういえば、『御社を傘下に加えた甲斐があった』とも言ってたっけ。
はっ! まさかだけど、俺、会社ごと狙い撃ちされた?
俺は頭を振る。
んな馬鹿な話あるかっての。ひと一人雇い入れるのに会社丸ごと買い取るとか、酔狂にもほどがある。
思うところがあったのか、ツルタ氏も口をつぐんで思考に沈む貌となった。俺も黙り込む。でもこの沈黙は、さっきのとはだいぶ違う。少なくとも、この空気は嫌いじゃない。
⌚
二杯目が空になり、三杯目にいくか、それとも今宵はここでお開きにするか。そんなことを考えていた俺の耳に、極太明朝をイメージする甲高い声が飛び込んできた。
「ガキが嘗めてんじゃねぇよ!」
いきなり聞こえてきた外からの罵声に、俺たちは同時に顔を向けた。入口を覆うビニールの向こうで若い女が男を威嚇している。露出度の高い上半身に足のラインがわかる黒いボトム。肩を怒らせる女の後ろにはもうひとり、大柄な女が佇んでいる。対する男は三人組で、どいつも上背があった。肩におかしな模様の入れ墨を入れた金髪トリオだ。いかにも場慣れしたヤンキーといった風情。
「別にタダでまわそうってんじゃねえよ。いくらだ、って優しく聞いただけだろうが!」
「その発想が昭和の農協ジジイっつってんだよ。脳味噌タイムスリップしてんのかボケが!」
外のギャラリーは遠巻きにしている。このあたりでは日常的な荒事なのかもしれない。小柄な女を囲んだ男たちのひとりが女の肩に手を伸ばしてきた。とても『優しく』って感じではない。入り口側に座るツルタ氏が立ち上がりかける。俺も腰を浮かした。




