第41話 配信隊 ~揃いの五色で、チームMSFは完成形~
隣の鏡華が小声で「ねえねえ」と脇をつついてきた。
「ん?」
「特権使ったら? ランボの得意技の」
「特権?」
「リクルートしちゃったらってこと。ハリーが加わってくれたら、ちょー心強いじゃん」
針井氏は装束を整え、動き出す準備に入っている。
俺と鏡華のやりとりを窺っていたツルタ氏は、顔を上げて針井氏に向き合った。
「針井くんは、このあとどうされるのですか?」
リュックのベルトを締め直す手を止めて、針井氏が応じる。
「いつもの通り、奥を目指します。補給も十分ですので、今回は第六層に降りられるはずですから」
第六層?! まだ下があるのかよ。
「針井くん、きみはいったいなんのために迷宮を突き進むんですか」
ツルタ氏の問いかけに小首を傾げたは針井氏は、面白がるような調子でこう答えた。
「なんのためでしょう。僕にももうわからなくなってしまいました。強い敵と出会うため、まだ誰も踏み入れたことのない場所に足跡をつけるため。そういうのは確かにありますが、いまの僕は、この剣が先に進みたがってるから、としか答えようがないですね」
針井氏は腰元に目を落とし、剣の束をぽんぽんと叩いた。それからゆっくりと顔を上げ、次の言葉を重ねる。
「マロリーも言ったじゃないですか。『そこに山があるから』って」
すべてを悟ったような慈愛の深い笑顔を浮かべていた。
⌚
下へと続く洞穴に消えていく針井氏を見送った俺たちは、ミノタウロスとマンティスの死体を横に避けてDASの設置作業を再開した。
「ありゃあダメだね、誘ったとしても」
俺の手元にライトを当てる鏡華がつぶやいた。俺も無言でうなずく。
「なんかさ、あたしもひさびさに背筋が伸びたって感じがしたよ。爺さまたちにしごかれてたときみたいに。こんな享楽的な暮らしでおちゃらけた配信とかしててもいいのかな、ってさ」
言うほど享楽的な暮らしぶりとは思えないが、本人がそう感じてるのだからきっとそうなんだろう。てか、どれほど禁欲的だったんだよ、実家暮らし。
「駄目だよおねえちゃん、そんな簡単に感化されちゃ。私たちはまだまだ稼いでかなきゃいけないんだよ。ランボさんの借金はまだまだぜんぜん返せてないんだから」
壁にステッカーを貼っていた水面が割って入ってきた。
俺個人の借財を我がことに感じてくれてる水面の心根には、いつもながら涙がちょちょ切れるよ。
「彼は本物の求道者なんですよ」
工具を仕舞ってくれているツルタ氏が言葉を挟む。彼がこうやって話に加わってくるのは珍しいかもしれない。やはり自身の知り合いだからだろうか。
「本当の意味で剣の道を究めることのできる世界は、もはや現実には存在しない。でも迷宮にはある。彼がダンジョンに留まり続ける理由はそこにしかありません。だからダンジョンをネットとひと続きにする自分たちの仕事は、彼の求めるものとは真逆以外の何物でもないんです」
ツルタ氏の理解は腑に落ちる。だから彼は、通信の届いていないナマのダンジョンに向かう。いや、向かうしかないんだ。
「これは想像に過ぎませんが、あの剣は、斬撃というあの武具本来の存在意義を拡張しているんじゃないでしょうか。それを保持する者にダイレクトに伝え、使用者の闘争心に同期する。そんな効果を持っているのかもしれない」
ツルタ氏の見立てに慄き、俺は思わずつぶやいた。
「魔剣じゃないスか」
「でもさ、でもさ」と横から絡むのは鏡華。
「あの剣、ミスリル、めちゃめちゃ切れ味あったよね。ほら、装甲みたいなこの殻を一刀両断だよ」
端に寄せたマンティスの緑色の皮膚表面を拳で叩きながら、鏡華は話を続けた。
「アレを見つけたのが第四層ってことは、あたしたちにもまだまだ見つけられるかも、ってことだよね」
「どゆこと?」
首をひねる水面に、鏡華が胸を張って答える。
「ダンディにも持たせたいな、ってさ。だってダンディの警棒、もうぼろぼろじゃん」
たしかにツルタ氏の特殊警棒はこのところの激しい戦いで損耗し、すでに伸縮が効かなくなっていた。
「そっか。おねえちゃん、いいこと言うね。あの瞬殺ハリーと五分だったツルタさんなら、道具さえ揃えば無敵になっちゃう」
「これからは、オリハルコンの剣を探すぞぉっ!!」
洞窟に反響する鏡華の鬨に合わせ、水面も「おう!」と右手を突き上げた。
⌚
十月も第二週。地上は朝晩の寒暖差に悩まされる時期だが、ここ迷宮ではそんな心配はこれっぽっちもない。なにしろ朝晩どころか、二十四時間三百六十五日ほぼ変わらない気温なのだから。
このところの俺とツルタ氏は、平日五日間をずっとBCセカンドに寝泊まりで過ごしている。自宅から0号経由でトヴォトリエまで通うと、片道三時間以上かかるのだ。東京に住んで大阪の仕事場に通うようなもんだ。とてもじゃないがやってられない。
そんなワケで、週末に買い出しも兼ねて地上の自宅に帰り、月曜朝に一週間分の食材と補充品を持ってダンジョンに戻るのを繰り返している。
第三層に資材置き場を確保したから毎日の荷物持ちも要らなくなったので、警備員三名は月曜のみの出勤にしてもらった。不要もあるが、それよりも足手まといという理由の方が大きい。モンスターが強力になったので他人を守ってる余裕がなくなってきた、というのが正直なところ。
「それでは今日も行くとしますか」
俺の号令で、揃いのコンバットスーツを纏った四人と一匹が第三層連絡口に足を向ける。鏡華の赤、水面のスカイブルー、ツルタ氏のホワイト。リュウにもライトグリーンの絶縁ポンチョが着せられている。そんな中、なぜか俺はイエローだ。しかも俺のだけ、背中にクソネットのロゴが入ってるし。
なんというか、制作者の悪意すら感じる。
「黄色って、なんかビミョーじゃね?」
「わっかるー。戦隊でもなんかみそっかすっぽいよね。小太りの大食い担当とか」
実際、視聴者の感想もそんな感じだ。戦力的に五番めで、リュウよりも下位のお荷物扱い。てか、いつの間にか「カレー大好き」キャラに決めつけられてるし。
ひとの好物を勝手に決めんじゃねえっての。俺はカレーより麺類派なのっ!
とは言え、末席扱いはある意味止むを得ない。なにしろ、俺以外の三人と一匹はみな特異能力を発現してるのだから。
「おかしいですよね。ランボさんだって迷宮滞在はもう千時間近くいってるはずなのに」
「ホント不思議。もしかしてランボ、どっか足りないとこがあんじゃないの? アタマとか」
ほっといてくれ。
そもそも俺は通信作業員で、間違っても戦闘要員なんかじゃねえんだから。
好き勝手なことを言いつつ前を行くサスケシスターズの後姿を苦い顔で見つめながら、俺は頭の中だけで悪態を吐いた。




